第27話 ヨースガルド帝国での再会

 飛空艇に乗って十六時間。草原が広がる窓の外から近世から近代ほどの発展した都市が姿を現した。

 ヨースガルド帝国。元勇者パーティーの一人、賢者カンデル・フロイセンの血族が統治する世界で唯一の人間国家。

 外観は切り取った岩盤を石畳で舗装して、そこに建造物をくっつけたような——それほどまでに巨大な島群が、

 

「う、浮いている」

「管制塔の魔術高炉で浮かぶ空中都市国家よ」


 空に浮遊する街。大きく聳え立つ立橋の下を潜り抜けて、飛空艇は停泊所に入った。

 ヨースガルド帝国では移動手段がロープウェイか、飛空艇かに限るらしく、停泊所には多数の飛空艇が停泊している。中でも多いのが輸送船だった。


「手続きは外交官がするから、私たちはここで待っていましょう」

「外に降りないんですか?」

「帝都には入国手続きをするだけよ。幸人は何も心配することはないわ」


 相変わらずベッドの上でスカーレットに抱き枕代わりにされている幸人。外の景色を窓越しに見て感嘆するも、降りることはできないらしい。

 しばらくすると入国手続きを済ませた外交官が飛空艇に戻ってきた。


「今から向かうのはヨースガルド帝国領のスンナーよ。ミシュナ山脈の北東嶺はここからしか登れないの」

「登山にも国の許可がいるんですね」

「複数国家に跨る山は特に面倒ね。国と関係が悪化すれば、そこからは登れなくなるわ」


 飛空艇は再び動き出す。その際、ちらっと塔の中に人が居るのが見えた。


「今、誰か…?」

「護国軍の連中ね。現在の帝国が建国されてから百年の歴史を持つ誉れ高き兵士よ」

「へー」


 幸人は窓に顔を押し当てながら、子供らしく何にでも興味を見出していた。

 頼られるのが嬉しくてか、スカーレットの蘊蓄話は続く。


「実はね。それよりも長い歴史―何千年もの歴史を持つ執行機関。【灰色の血】と民間からは呼ばれている超法規組織があるの」

「執行機関?」

「ええ。危険思想を持つ者や政敵の暗殺を主な仕事としているわね。あとは麻薬組織や武装した宗教団体などの壊滅とかね。当然、正規軍より何倍も強いわよ」


 【灰色の血】とは人の血の通わぬ機械の如く淡々と任務をこなす執行部隊。

 その概要は秘匿されているが、退役した元執行部隊の隊員曰く、冒険者で言うところの『勇者』クラスがごろごろいて、上位になるとそれをも凌ぐらしい。


「現リーダーについては私も風の噂程度にしか知らないんだけど、二丁拳銃を扱う男らしいわ。なんでも元は凄腕の殺し屋だとか、戦場を渡り歩いた傭兵だとか、色々言われているわ」

「て、帝国って血の気が多いんですね」

「新気鋭の国、それも超軍事力を持つ国家なのだから敵は多いらしいわね」


 と、そんな話をしている間にどんどんと帝都から離れていく。

 そこから更に二時間ほど。今度は帝都よりかは昔っぽさのある、それでもリンジャよりはだいぶ発展した街並みが姿を現した。そこの港付近にある停泊所に着陸する。


「お手を…」

「ふふ。ありがとう」


 幸人は供回りらしくスカーレットの手を引こうとするも、代わりに抱っこされた。

 あまりの子供扱いに幸人は不貞腐れかけるが、どうやらそういう訳ではないらしいとすぐに気づいた。スカーレットは幸人が万が一にも落ちないように強く抱きしめると、


「幸人。ここからは空を飛んでいくから。しっかり掴まってて」


◇◇◇


「姉御。ご足労、感謝します」

 

 燃え盛る火を模した赤い紋章の旗が立ち並ぶ。 

 火燕の陣内では旅団の団員たちが敬礼をし、先頭に立つのは孤児院で一度会った白髪ロングで『先祖返り』『伏魔』二つの特異を持つ羊人種シープス。ブレアの姉だ。


「畏まらなくていいわ。それよりもミシュナ山脈に居付く龍の種はわかったの?」

「は。大地龍グランドドラゴンと断定。正式な難易度は81と冒険者組合から難易度の公布がされました」

「…面倒ね」


 大地龍グランドドラゴン飛龍ワイバーン目でありながら一日の大半を地上で生活する種だ。

 制空圏を捨てて地上で生活する分、その純粋な脚力や腕力などで他の龍を圧倒する。知性ある龍種ドラゴンが使う魔術、『龍言』は扱えないものの、防御殻と呼ばれる魔術の効果を無効、減衰、させる特殊な器官が備わってて魔術師としても戦いづらい相手だ。

 また大地龍グランドドラゴンは食物連鎖の強者のみを選り好みして襲う為に弱い魔獣や獣にとっては益獣とされる。だから大地龍グランドドラゴンを討伐する際は周囲の魔獣や獣が敵に回るので討伐難易度はかなり高い。


「…ところで、そっちに居る人間は…もしや」


 ユビレアはスカーレットの懐に抱きかかえられている幸人に目を移した。

 ついでに後ろに控える団員の視線も。歴戦の猛者だけあって、その視線だけで人を殺せそうなほど鋭利な眼光だった。


「前に買った奴隷よ」

「随分と気に入ってるんですね」


 ユビレアは幸人の頭をむぎゅっと鷲掴みすると、どんな握力をしているのかそのまま持ち上げた。


「わっ」

「おー軽いなー人間」


 ぐるぐると視界が一回転する。

 

「こら。幸人で遊ばないの」

「っと、悪い悪い」


 目を回して酔ったところで、スカーレットが止めに入った。

 背中を摩られて「うええ」と空吐きをする。


「それでユビレア、討伐作戦の概要は?」

運搬人ツェルトを雇い支援隊を組みます。物資は支援隊からその都度補給しながらの縦走。隊は運搬人ツェルトを護衛する部隊と、龍を討伐する冒険者を擁する本隊にわけるつもりです。作戦は約一か月後。今は天候が悪く、雪解けで雪崩や落石の心配がありますので」


 ユビレアが説明したような登攀方法は元居た世界だと「極地法」と呼ばれるものだった。

 「極地法」とはサポート隊に支援物資(食料など)を運んでもらいながら山登りをする手法で、軽量化された登山具がない時代では冬季登攀において長い距離を縦走する際に用いられた。


「龍はユビレアが狩るのかしら?」

「いいえ。今回は育成してみたい新人がおりまして」


 ユビレアの視線の先―そこには、


「レイク」


 孤児院で共に過ごした竜人種ドラゴノイドの姿があった。

 

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