第26話 人間の町

 ごうんごうんと炉の薪が燃える音。―ここは上空何千mの空だった。


◇◇◇


 森林を抜けた先にある軍事工場には何人かの作業服を着た男衆が働いていた。

 田舎に住む民が暮らすリンジャ辺境の地にして亡きフィーエルが残した古き町のすぐそばに灰色の煙を吐き出す煙突が見える。

 幸人がこの世界で見た中では間違いなく先鋭的な技術が終結した軍事施設だった。


「お嬢様!」


 工場内へ近づくと、煤を被った髭もじゃの人間の男が顔を出した。

 スカーレットとは知り合いのようで、大半の人間が彼女を見ると恐怖にすくみ上るのに対して、彼は満面の笑みを浮かべて彼女に手を振った。


「おいお前ら!お嬢様がお帰りになられたぞ!」

「おお!お久しぶりです!」

「ご壮健でなにより」


 工場で作業をしていた作業員の他にもリンジャ正規軍の軍服に袖を通した軍人や役人のような偉い地位にある人までもが次々とスカーレットの元に集結する。今気づいたが、この軍事施設はこの町の生命線らしく、どうやら工場で生産した兵器を外国に売っているものとみられる。

 幸人を驚かせたのはそれだけではない。ここで働く者すべてが人間種ヒュマだったことだ。リンジャでは特に人間に対する風当たりが強い中、異常なことだ。


「シャフィス、元気だったかしら?」

 

 スカーレットも物腰の柔らかい態度でシャフィスー髭もじゃの男に挨拶をする。

 その優雅で親しみやすい姿を見た幸人は、今更ながらにスカーレットがこの地を治めていたフィーエル卿の義理娘、令嬢なのだということを感じた。

 

「ええ!そちらの子供は…もしや世継ぎ殿で?」

「精霊は子供を産めないって何度も言ったでしょう。この子は孤児院から拾ってきた子。幸人よ」

 

 三十代くらいのおじさんに親し気な、距離の近い応対を受けた幸人は気恥ずかしさというか、緊張で固まってしまう。

 それも仕方のないことだ。なにせ幸人は前世は病院生活、ここでは人間と一度も接したことがない、コミュ力ゼロの子供なのだ。この反応は年相応と言える。


「そうですかい、なら養子にでも!」

「こらシャフィス!姫さんは独身だ。独身で子持ちは結婚する時に重いだろーが!」

「あ、そうでした。まずは夫探しからですね」


 シャフィスの頭を叩いたのは、これまた髭を蓄えた五十代くらいの老人。

 彼に指摘されたシャフィスは頭を下げる。―が、表情こそ変わらないものの、スカーレットの笑顔が怖い。独身、夫探し。これらのワードが効いているようだった。

 

「ゲン。貴方も大概失礼よ。ごめんなさいね、変な男衆ばかりで」


 そして彼らを嗜めるのは煤にくすんで色褪せた金色の髪を後ろで束ねた女性。

 同じく作業服を着ていることから、彼らの仕事仲間というのがわかる。


「あ、えと…」

「幸人君って言うの?よかったらうちで働かない?」


 活気があって温和で優しく、メリハリのあるその女性はしゃがんで幸人に目線を合わせると、スカーレットとはまた違った手つきで幸人の頭を撫でる。


「こら。ニニネ、幸人に色目を使わないの」

「いーじゃんケチ。だってここにはむさくて年上ばっかの男しかいないし」

「だからって子供に手を出すのもおかしいぜ。ニニネちゃん」

「うっせーな、黙ってろ髭親父ども!」


 なんだか不思議な空間だった。

 貴族、そして大精霊という格式ある立場なのに普段みたく傲慢に振舞わないスカーレットと、そんなスカーレットと親しく接する人々。


 まるで―家族のようだった。


「幸人、どうかしたの?」


 ぽかんと口を開けている幸人にスカーレットが訊ねた。


「あ、いや、あの…スカーレット様がいつもより怖くないというか…」


 幸人の言葉にどっとみんなが笑った。


「はっはははは!やっぱお嬢様、怖がられてんじゃないですか!」

「まー嗜虐姫っつーくらいだしな。気ぃつけろよ、坊主。スカーレット様は偶にお前みたいなお気に入りをみつけるが、大抵は一か月も持たないぜ」

「前回は色が珍しい獣亜人種の娘でしたっけ?」

「バカ。あの子は前々回よ。前回はあの―ほら足が速いっていう」

「ま、どっちも飽きて殺したから一緒さ」


 ここに居る作業員は嗜虐姫の残虐さを知って尚、彼女に心酔している。

 他人が見れば異常すぎる光景だろう。奴隷の生き死にを朗らかに話すなんて。だが、その抱擁力によってスカーレットは当主として受け入れられているのだ。


「坊主は何週間持つかな」

「幸人は殺さないわよ」

「それ、何回も聞きましたぜ」


 奴隷の立場にいる幸人にとって、今の話は全く笑えなかった。

 一時のお気に入りとして重宝されて、それで捨てられる前例が沢山あったということは…


「ちょっと!この子の前でそんな話しないでよ!怖がってるじゃない!」


 震える幸人を見かねたニニネがそう庇う。


「スカーレット。彼を殺したら流石に嫌だからね」

「わかってるわよ。本当に殺さないから。火の大精霊の名にて誓うわ」

「ほう、お嬢様にそこまで言わせるたあ、やるなあ、坊主!」

 

 同じ人間だからだろうか、コミュ力皆無の幸人も受け入れられているようで、「坊主、これやるよ」と作業員からお菓子を沢山貰った。完全に使用人じゃなくて子供扱いである。


「ま、相変わらず錆臭ェとこですが、ゆっくりしていってくだせえ!」

「悪いわね。今日は用事できたの。また今度、ゆっくりさせて貰うわ」


 作業員に出迎えられ、施設内の奥へと進む。その奥には飛空艇の停泊所があった。


「スカーレット様。機体の整備は完了してるとのことで、いつでも出発が出来ます」


 軍人はスカーレットにそう告げると、一歩下がり敬礼する。

 運転手なのだろう。飛空艇を操作できる資格は軍人にしか与えられない。他にも魔術師らしきローブを纏った人や他国へのパスポート代わりになる外交官などしっかりと搭乗員は揃っているようだ。


「お願いね。さ、幸人。行きましょう」


 こうして幸人は人生初の飛行機に搭乗することとなった。

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