第24話 給与

 奴隷のように扱われる嗜虐姫の使用人でも給与はしっかりと支払われる。

 それは名目上の雇用主である火燕が各使用人と契約するという形の雇用形態であるからだ。旅団の財政支出には冒険者の他斥候などを担当する傭兵などの人件費(歩合制)があるが、それにはスカーレットが保有する人材に対する費用も含まれる。


 ―金食い虫を飼うと揶揄されるほど経営が難しい旅団経営にとって、スカーレットの負担は大きいものなのだが、そもそもスカーレットあっての火燕なので文句は言えない。


「呼ばれた者から前へ」


 休日の朝。急な招集に幸人ら新しく入った使用人が怯えるのと反対に、長年勤めている者はにまにまと喜びを噛み締めたような表情を浮かべる。

 会議室の最奥には羊角をちょこんと額からはみ出させ、さらさらとした白髪ショートカットを揺らすメイドーブレアが立っていた。その横には大きな麻袋が。


「給与を払います」


 それを聞いた古株の使用人達から「ひゃっほう!」という叫び声が。

 普段の作法はどこへやら野生に帰ったかのように、本能のまま雄たけびを上げたのだ。


「お、おお…そうだよな。給与、あるよな」


 遅れて新人の使用人が反応する。

 真面目に成果を上げてきたフィス、オーの二人が互いにこれまでの頑張りを称え合いながら、頭の片隅から抜け落ちていた金銭に胸を躍らせる。


「さぁーて、いくら貰えるかな?」

「歩合制だろうから貰えない奴とかもいんじゃねーのか?」


 一方、下を蹴落とす側となり、幸人の妨害工作なんかをしてきたジールとエンがそう言った。

 事実、幸人の仕事量は他の使用人と比べて極端に少ない。体はここに来てから以前ほど柔ではなくなったものの、魔術を使えない不利が大きすぎた。

 それを憐れんでか、今ではブレアと同じ供回りとしてスカーレットのサポート(お茶を入れたり、膝に座って撫でられたり、抱き枕になったりと幸人からすればあまり名誉とは言えない役回りもあったが)として、唯一、他の使用人よりも優れた観察眼や言語理解力という武器を活かしてそれなりの成果をあげている最中だ。


「―イン」

「は」


 最初に供回りと呼ばれる精鋭中の精鋭が金貨二十五枚から十枚程度の給与を貰ったその次に名前を呼ばれたのが、イン。

 幸人らが目標とする一般使用人の筆頭が、大きい麻袋から金貨五枚を小さな麻袋に入れ替えて受け取った。


「ありがとうございます」


 インはピンと一色に染まった毛を逆立たせて感謝に打ち震える。

 

「金貨五枚か。安い家なら一括で買えるな」

「下手な貴族の四男坊より金持ってんじゃないか?」


 ジールとエンは無粋なまでに他人の給与について駄弁っていた。

 彼らだけではない、この二人だけではなく他の使用人からも同様に色めき立つ声があがる。

 自分らのリーダー的存在の給与がわかれば、自ずと平均値がわかってくる。

 古株から順に給与が与えられていく。彼らは金貨一枚に銀貨十五枚とこれまた通常の使用人よりかは多い給与を与えられていた。


「フィス、オー、前に」


 新人として最初にフイスとオーが呼ばれた。

 じゃらじゃらと金属音が鳴る、少し膨らんだ麻袋の中には―

 

「銀貨三十枚か」

「初任給としては全然良いな」


 銀貨三十枚が入っていたようだ。

 使用人の初任給は貰えて銀貨一枚や質の悪い銅貨が数十枚。なんなら貰えないことすらある。

 それを鑑みれば彼らは十分な報酬を得たと言える。


「次に幸人」


 幸人の名前が呼ばれた。

 これには全員の注目がいく。なにせ周囲からの評価が低い幸人に給与が与えられるのだ。

 額が低くとも不満が行く。


「な、なんで…あいつが」

「俺らより」


 特に心中穏やかでないのは幸人よりも後に呼ばれることが確定したジールとエンだった。

 二人は驚きと怒りが入り混じった低い声で呻る。


「ブレアさん?」

「お姉ちゃん、ですよ」


 ブレアはにこにこと幸人にすり寄る。

 人間っぽい見た目だが、仕草は完全に動物の愛情表現だった。


「お給料は無いってことですか?」


 他の使用人が与えられた小分けの麻袋がない。あるのはまだ膨らみを見せる大きな麻袋のみ。

 幸人の問いにブレアは「いいえ」と答え、


「これです」


 ずいと大きな麻袋を前に出す。


「はああああああああああああああああ!?」


 幸人を含むその場にいた全員が驚愕に叫んだ。

 大きな麻袋の中には、金貨が一枚、二枚、…数えるのが面倒なほどぎっしり詰まっていた。


「なんでこいつにそんな給与が!?」


 ジールがブレアに抗議する。それはここにいる全ての使用人の代弁でもあった。


「私の給与とスカーレット様からのお小遣いも含まれます」

「それでもこの額はおかしいだろ!」


 ジールの非難に幸人も同意する。

 

(こんな額、使おうとしても使いきれないよ…ってまさか!)


 幸人は以前にスカーレットから服を貰った時に言われた「幸人のお給料なら何百枚でも買えるという言葉を思い出す」


(あれって服が易いんじゃなくて、僕の給与が高いってこと!?)


 クローゼットに仕舞っているあの寝間着の価値が暴騰した。


「ま、待て。待ってください。じゃあ、呼ばれなかった俺の給与は―?」

「貴方たちの給与はマイナスです。器物損壊の件で引いておきました」


 ―あれ、バレてたのかよ。


 蔵を荒らした張本人である二人は給与どころか、これから支払わなければいけない借金に頭を抱えたのだった。

 

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