第21話 再スタートと発見
誰かの部屋で朝を迎える二度目のことだった。
二週間ぶりとなる女性との同衾。初めては主様。二日目は上司。自分の不敬さに呆れかえる。
幸人は「くああ」と大きく口を開けて欠伸をすると、腕をんーと天井に向けて伸ばした。
久しぶりの睡眠で体の調子はたった一日ですこぶる回復した。前日までの自分がゾンビだったと自覚するほど、脳が冴えている。
脳が冴えると昨日の恥ずかしさがまたさらに込み上げてくる。
「起きましたか?」
朝の木漏れ日を享受していると、使用人服に着替えたブレアがやってきた。
幸人が起きるずっと前には目を覚まして身支度を整えていたようだ。
「は、はい」
幸人はブレアと見比べてだらしなさすぎる自分の格好を恥じて布団を羽織った。
それを見たブレアはハンガーに掛けてある幸人の使用人服を手に持って、布団の上に置いた。
「万歳してください」
「え、一人で着替えられますよ」
「お姉ちゃんの言うことは聞くものです」
すっと幸人の上体を持ち上げると、するすると寝間着を脱がしていく。
抵抗する暇さえなかった。「あ、」と声すらあげられぬままに幸人はブレアの手によって着替えさせられてしまった。
「今日からは中庭ではなく一階の荷物集積所で仕事をして貰います」
「仕事内容はどんなものなんですか?」
「『火燕』の斥候が討伐した魔獣の素材やあとは秘宝などの検品です」
聞く限りは力作業では無さそうだ。しかし幸人はここに来て魔術の利便性を嫌と言うほど思い知らさせれいる。
一斉に物を検品する魔術なんかがあっても不自然じゃない。
「魔術はそこまで利便性の高いものではありません」
幸人が何を言いたいのか察したブレアは先回りしてそう言う。
「組織として運用するにはムラがあるのですよ。個々の習熟度によって同じ魔術でも効果は雲泥の差ですし、魔術は触媒を使った呪いですから。裏を返せば対策なんて簡単なんです。失敗した時のリスクも大きい。だから掃除やお湯沸かしなんかでしか魔術は使いません。信頼が物を言う検品では特に魔術の使用を固く禁止しています」
ここで扱う魔術は言ってしまえばゲームのスキップ機能に近い。
掃除に関しても、エネルギーを消費する意味では魔術と手動に大差はない。魔術の場合は過程をすっ飛ばして結果だけを提示させられるようなもの。幸人はこの一面だけを見て魔術を絶対視しているようだが、ブレアからすればその考えは極めて危険なものだった。
魔術は過程を飛ばして結果を提示する。例えば火を起こす場合、木々を擦り合わせる工程を飛ばして何もない空間に炎を作り出す。―それ故に魔術は修正が利かない。炎を作り出したとして、それが家屋を焼き尽くし、自分を含めた人々を一酸化炭素中毒や火傷で殺そうとも、それを防ぐ手立てはない。
魔術は発動してしまえば終わりなのだ。良くも悪くも。
「ですので、幸人も十分について来られるかと」
それを聞いた幸人は一安心する。魔術が全てなら魔力がない幸人は無価値になってしまうからだ。
もしそうなれば今頃、スカーレットの膝で媚びるしかない存在になり果てていたのかも。
◇◇◇
「…で、この人間は役に立つのですか?」
荷物集積所で働くのは使用人の中でも信頼の置かれた『供回り』。
他の使用人とは一線を画すのはやはり出自だろうか。使い捨ての使用人とは違い、『供回り』は貴族階級の当主争いから外れた者が召し抱えられている。幼い頃から英才教育を受けている彼、彼女らは全員が大聖堂出身のエリートだ。
しかし彼らもあくまで国家内だけの序列上位。種族で言うなら大半は純潔の獣亜人種。
そのせいか、幸人に対しての風当たりは強かった。ただ雑種よりは心のゆとりがあってマシだろうが。
「はい。幸人は私の班と作業をするのでよろしくお願いします」
ブレアの班はブレアを除き三人。
小麦色の毛並みを持つ犬人種のガーウと艶のある黒いロールヘアのシー、そして幸人。
三人はそれぞれ梱包された箱を開いて中を確認する。
「…っと、今日のはクシュアド広原の探検隊から送られてきたものですね、ワン」
「54番迷宮の中継陣地を作る為、ですかニャー」
手馴れた手つきで梱包をはがすガーウとシー。木箱の中にはミナノ語で書かれた紙が入っており、
『送り主―第七探検隊。発送場所―クシュアド。内容―討伐した小鬼』とある。検品欄には未の文字が。勉強の成果か元々の知識か、幸人にもそれは理解できた。
「えっと、『火燕』は今、54番目の迷宮を攻略している最中なんですか?」
クシュアド広原の場所は知っている。幸人が持っている地図にも記されていた平野だ。温暖で緩やかな気候で作物が育てやすいことも予備知識としてある。
「そんなことも知らないのか?ワン」
「こいつは使えないニャー」
ガーウとシーは呆れたと言わんばかりに鼻を鳴らす。
実はただの使用人に知らされてないのが当然なのだが、これみよがしに二匹はマウントを取る。
純潔種も雑種も他者を侮るときの仕草は同じらしい。経験則から「この二匹は教えてくれない」と見切りをつけた幸人は、
「教えて。お姉ちゃん」
ブレアを頼ることにした。
するとブレアはシュッと幸人の傍にまでやってきて、
「お姉ちゃんが全て答えます。今現在、『火燕』の主要パーティーが54番迷宮の攻略に挑んでます。しかし54番迷宮は少々特殊な立地にあり、物資の補給が中継地を作らないと難しいのです。なので複数の探検隊、もとい冒険者パーティーが危険な魔獣を殺して安全な陣地の作成をおこなってるところで―」
「ちょ、ブレア様!それ言っちゃダメです!ワン!」
「そうですニャー!細かな作戦概要は内密にと仰ったのはブレア様ですニャー!」
ガーウとシーの二人は慌ててブレアを咎める。
「…と、そうでしたね。でも幸人は弟なので大丈夫です」
「身内を語る奴が一番危険です。ワン」
「というか、種が違いますニャー」
二人は珍しくポンコツなブレアにそうツッコんだのだった。
◇◇◇
「……あの、この小鬼って」
作業を開始してしばらくが経ったころ。何十にも積み重なった小鬼の耳や指なんかを品定めしていた幸人はあることに気が付いた。
「二種類いませんか?」
「ワン?」
「ニャー?」
幸人の指摘にガーウとシーは首を傾げた。
小鬼は小鬼。鬼を分類すると大鬼と小鬼にわけられるが、小鬼そのものには種類はない。小鬼は小鬼だ。
だから二人は揃って「なに言ってんだ、こいつ」と幸人を訝しむ。
「ほら、これとこれなんか」
幸人は二つの小鬼の耳を提示した。
「こっちの小鬼の耳は毛が生えていないのに、こっちの小鬼にはかなり濃い毛が生えてます。この二組以外にも毛アリと毛ナシに分けられるかと」
「た、確かに。ワン」
「言われてみればニャー」
二匹もそれぞれが担当した箱を漁る。幸人の指摘通り、小鬼には耳の毛が無いものと毛があるものの二種類に分けられる。
「でも、それがなんだっていうんだ。ワン」
「そうだニャー。たまたま毛が生えてただけニャー。うちの家でも父様は耳の穴にも毛がびっしり生えてたニャー。個性ニャー」
小鬼は小鬼。その固定観念に囚われている二匹はそれをただの個性だと切り捨てた。
―だが。
「いいえ。これは恐らく出自の違いでしょう」
小鬼の耳を深く注視したブレアがそう見解を述べた。
「出自ってなんだ。ワン」
「畑の違いってやつかニャー」
二匹は混乱している様子。だけど幸人だけは思考を止めなかった。
前世の記憶を思い出す。同じ動物でも地域によって亜種が生まれると―
「…寒冷地からの移民」
「正解です。幸人」
ブレアは「お手柄です」と言って幸人の頭を撫でた。
「この耳に毛が生えている小鬼は寒冷地に住んでいた村からクシュアド広原にやってきた移民でしょう。寒さから皮膚が薄い耳を守るために毛が生えたと考えられます。そして距離を考えてその寒冷地とはミシュナ山脈。小鬼は高山でも適応できる例がありますからほぼ間違いないかと」
「ミシュナ山脈って、まさか54番迷宮がある場所、ワン」
「でも、どうしてわざわざ適応したのにやってきたのかニャー」
ミシュナ山脈は高山が連なる峰々だ。一年を通して雪が積もっていて、気温も-が平均。まともに生物が暮らせる環境ではない。が、だからこそ縄張り争いを避けてこちらに移り住む小鬼が居たのだろう。
「考えられる可能性は二つです。生息圏の拡大か、はたまた元の生息圏を強者に奪われての南下か。生息圏を拡大できるほど小鬼は強い種ではありませんし、わざわざ最初から寒冷地に住むことを選択しているくらいです。それほど好戦的な村ではないでしょう。考えられるとするなら後者です」
ブレアは小鬼が住処を奪われての南下だと断定した。
小鬼の集団が尻尾を巻いて逃げるほどの強者。―大集団を襲う選択を取れるほど圧倒的な力を持つか、小鬼よりも大規模な群れか。場所を山脈に絞るなら…
「小鬼を追いやった存在は、龍種だと私は睨んでます。ミシュナ山脈は龍の産卵地として適していますから」
「わ、ワン」
「ニャー」
龍種。ドラゴン。最低でも難易度は五十を超える怪物だ。
討伐するなら旅団の全身全霊を以て当たらねばならない難敵。もし何もしらずにミシュナ山脈にある54番迷宮に挑んでいたら、その怪物と鉢合わせていた可能性が高い。そうなれば迷宮どころの話ではなかった。最悪そこで全滅することすら考えられた。
「すぐさま旅団に報告します。皆さんも今日の作業は中止してください」
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