第11話 精霊信仰
「スカーレット様。どうしてあの人間を気にかけるのですか?」
一日の執務を終えたブレアはスカーレットにそう訊ねた。
文官として身の回りの世話を任される『供回り衆』のまとめ役であるブレアと―彼女とは対になる武官の姉ユビレアくらいしか彼女に対してこの様に質問は出来ないだろう。
「…ブレア。大精霊に成るにはね、途方もない時間が掛かるの」
「スカーレット様が何千年もの時を経て大精霊に成られたとは伺っております。しかしあの人間を優遇するのにどんな関係があるのでしょう?」
自室で髪を梳かすスカーレットにブレアは再度訊ねた。
ブレアは別に幸人が無能だとは思っていない。体は弱く魔力も皆無だが、実直。最低限の仕事はこなしてくれるだろう。尤も使用人としてなら代用品は幾らでもいるだろうが。
「幸人は偉い子よ。他種族の言語をまがいなりにも理解して、更に読み書きができるなんて」
「その希少性は重々承知しております。が、書きに関してはリンジャ公用語のみと幅が狭まります」
『嗜虐姫』と恐れられ、買い取った奴隷は杜撰に扱うスカーレットにしては珍しく使用人を可愛がっている様子だった。まるで愛息子のような溺愛っぷり。
「いいのよ。幸人はまだ若いわ。貴方のように私の眷属にすれば大成するはずよ」
精霊は己の魔力の素―火なら火の因子を与えることによって、眷属にすることができる。
ブレアもスカーレットと契約し、普通の獣亜人種では考えられないような時を歩んでいる。思えばブレアも最初は凡庸な羊人種だった。…いや凡庸にすら値しない劣った忌子だった。
「話を戻すわ。今は大精霊と呼ばれている精霊は皆、人間の手を借りてここまで成長してこられたのよ」
「人間が…ですか?」
「今の人間ではなくて、旧世界のね。勇者とか魔王とかが居た何千年も昔の時代よ」
あの弱い人間種が?と露骨に顔に出すブレアにスカーレットはくすくす笑って答えた。
それを聞いてブレアは思い出す。遥か昔に…精霊を信仰する人間の国家があったことを。
「もしや精霊信仰の国ですか?」
「そうよ。そこで私は神として崇められ、その土地の信仰を集めていたの」
精霊などの霊的存在は信仰心など意志の影響を強く受ける。
だから旧世界の頃に誕生した―精霊信仰が厚かった時代に人間から恩恵を得た精霊は強く、今は絶対者として『勇者(ここで言う勇者は冒険者の最高位のことではなく旧世界の勇者のこと)』『大精霊』『始原の魔物』の三大傑物に名を連ねられているのだ。
スカーレットは旧世界で人間種から受けた恩をずっと忘れてはいなかった。だから人間種である幸人に対しては手厚く可愛がっているのだとブレアは悟った。
(スカーレット様、申し訳ありません。私は単純に異性的な好みで幸人を優遇してると思ってました)
幸人はこの世界では好まれる容姿をしていた。華奢で顔も中性的。年上のスカーレットからすれば好みの範囲だと思っていただけに、ブレアは自分の邪推を恥じた。
「もしや『先祖返り』の私を召し抱えたのも、人間への恩返しの一環だったのですか?」
ブレアは亜人種―人間の血が混ざった種族が稀に起こす『先祖返り(人間の血が色濃く表れる)』だった。
『先祖返り』は普通の亜人種より弱く、大抵は生まれた時に殺される。しかしブレアはスカーレットに拾われて命を助けられている。
「最初はそうだったわ。今ではもうすっかり欠かせない存在になったけどね」
少し拗ねた様子のブレア。スカーレットは言葉の末尾にブレアを褒めて宥めた。
「お世辞は不要です」
「あら、怒らせちゃったわね」
「知りません」
スカーレットは何十年ぶりかに見るブレアの反抗期を懐かしく、そして愛おしく感じた。
「―ブレア。幸人を呼んできてくれる?」
「御意に」
スカーレットの胸中を語られては断れるはずもない。
ブレアは逸らしていた視線をスカーレットに合わせ、一礼すると部屋を出て幸人を迎えに行った。
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