第6話 オークション 3
幸人は不健康そうな細く華奢な足を生まれたばかりの小鹿のように震わせた。
絶対的強者だったレイクが容易くやられた。スカーレットの御付きに阻まれ、触れることさえ敵わずに。
そうして幸人は先ほどまでの圧迫面接を思い出す。社会経験のない幸人は就活どころか受験の面接さえ今までしてきたことがない。
「…君の名前は?」
幸人の背が引くかったせいか、スカーレットは屈んで訊ねた。
「お、奥寺幸人です」
名前は前世の記憶のまま。孤児院の子供にはまともな名前がない。
だからせめて両親から付けられたと太鼓判を押せる名前を今でも名乗ることにしている。他にも容姿がさして変わらないことなど、そんな諸々があって幸人は前世を引きずっていた。
「…変わった名前ね。生まれはリンジャじゃなさそうだけど」
「う、生まれ故郷はわかりません!気づいたらここに…!」
だから殺さないで。幸人は神様か、それとも目の前の精霊か、もう誰に縋ればいいかわからず一心に願った。
「幸人。貴方が好きなことを教えてくれるかしら?」
「と、得意なこと…え、えと」
やや会話に齟齬が生まれているのを横で見ていたマイアンは感じとっていた。
幸人は前の人と同じような圧迫面接だと思ってたどたどしく言葉を紡ぐ。
だが、一方のスカーレットは先ほどとは打って変わって優しい。
「げ、言語ならかなり…あの、古代語以外なら日常会話レベルを読み取ることはできます」
幸人の能力は客観的にみて大したものであった。世界の言語は大まかに六十種ほど。細分化すれば数千から数万に及ぶだろう。
そしてその能力はおそらく虚偽ではない。魔力を持たぬが故に魔力に頼らずにコミュニケーションを取ることが身に染みている。環境が幸人にたった一つのギフトを与えたのだ。
しかし…それは、
「意味がないな。魔力を使えば済む話だ」
傍に控えるユビレアが指摘したとおり、会話を読み取るレベルなら魔力を介すれば一発だ。言語能力というのは書物に記された文章を書けて読めねばならない。それに加えて言語学者というのは簡単な古代語を読み解けて当然の水準だ。幸人のそれは魔力がない人間の生きる知恵でしかなかった。一般民衆にすら受け入れられることはない。
「良いんじゃないかしら?魔力が傍受されずに会話を聞ける人材は貴重ね」
「でも…日常会話くらいで軍用語とか暗号は…」
「いいのよ。誰だって最初はそんなもの。少しづつ伸ばしていけばいいの」
(こいつさっきまでと全然違えな)
口には出さないが、マイアンは心の中で強く思った。
「確かに戦場では有益かもしれません」
「でも弱い」
双子が揃って口を合わせた。そう幸人が奇跡的にニッチ産業とも捉えられる能力を有していたとしても、肝心の幸人がダメなのである。
「…あ、」
そのことに遅れながらも幸人は気が付いた。
この世界では持って生まれた瞬間、間引きされるほどのハンディキャップ。『病弱』だ。
「僕、あの病弱らしくて…でも、」
病弱だったせいで前世では外を一人で歩くことすら敵わなかった。冒険記を書くという夢すら見られないまま命を落とした。
―また繰り返すのか?
神様が幸人に問いかける。たった一度だけ与えられたチャンス。
この機会を失えば幸人はまた過去を辿るだろう。
―嫌だ。
「お役に立ちます!」
幸人は藁にも縋る思いで叫んだ。
「僕は十年で何千もの言語を齧る程度ですが憶えました!」
簡単に言うが、種族によって特殊な発音をする言語を聞き取れるだけでもありえない。
前世で例えるならば犬語や猫語を理解できると言っているようなもの。マイアンは今まで何の価値もないと割り切っていた我が子の成長を感じて驚く。
「軍用語や暗号も全部は無理ですが、国を絞れば一か月で習得して見せます!」
可能だろう。スカーレットと利害が一致しない国家や反精霊思想を掲げる集団など、仮想敵国を作れば幸人は本当に成し遂げられる。
(…だが、ありえるのか?幸人は人間だ。種族階級は最下層。そんなものが最高位の精霊の元で大成するのか?)
マイアンは不安と、僅かな希望を幸人に見出していた。
「頑張ってね。期待してるわ」
元々は下層出身のマイアンはこうして孤児を貴族に売る中でコンプレックスを抱いていた。
彼らは優秀であるから孤児を欲しがるのではない。壊しても咎められない玩具を探しているだけだ。むしろ無能で顔がいいだけの商品が好まれる傾向にある。
…が、幸人は最下層の人間ながら最上位層の人間が真似できない長所を提示した。
前代未聞だった。
(思えば、あの子にはここは窮屈だったね)
マイアンは初めて人を送り出す喜びを噛み締める。
「幸人。頑張るんだよ」
マイアンは幸人の背中を叩く。熊の手は大きく威力も十分で、そのまま幸人を張り倒したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます