第5話 オークション 2
使用人に運ばせた豪華絢爛な椅子―ではなく、礼拝堂の古びた椅子に腰を下ろしたスカーレットは退屈げに灼熱のような赤い髪を弄る。
「―姉御。目星のつく奴はいましたか?」
公の場ではないので、普段の砕けた口調でユビレアはスカーレットに訊ねた。
羊人種が持つ感覚器官である角は赤く魔力が胎動している。
「孤児だけあって、魔力量が低いのばかりね。ああ…でも」
「竜人種ですね」
ユビレアは一人魔力が濃い竜人種の孤児を思い出していた。
スカーレットは「ああ、いたわね、そんなの」と興味なさげな返事をする。
「おい、デルソン。奴の年齢は?」
「は。ここに集まりし商品は皆十歳になります」
「十歳か。蜥蜴人種だと十分に成人年齢だが、竜人種だとまだ赤子じゃないか?」
「精神は熟し腕も立ちまする。兵役と魔術の授業では他の追随を見せないほどで…」
「こんな大したことない孤児院で誇られてもね。そんなの大聖堂院を出てからじゃない?」
スカーレットは嘆息しながら、熱っぽく商品価値を力説するマイアンに水を差した。
「いや…しかし、お言葉ですが、レイク以上となると…」
「あーあーわかってるわよ。そいつの内定は決まってるから」
途端に焦り出すマイアン。スカーレットは面倒になったのか、窓の外に視線を落とす。
「ちょっと虐めたくなっただけ。ユビレア、アンタも欲しいでしょ?」
「ああ、是非とも我が隊で育てたい。あの強靭な鱗と筋肉。それに竜人種特有の高い体内生成魔力。今は大したことありませんが、磨けば光る素質はあります」
竜人種は生まれながらにして高い身体能力を持つ。また魔力保有量も最上位種族の末端を汚すだけあってか、それなりにある。軍に属せば大隊を任せられるし、冒険者になれば最高位の『勇者』に名を連ねられるかもしれない。そうでなくとも『勇者』を要する冒険者ギルドに誘われたりして名を挙げる可能性もある。
ユビレアが管轄する『火燕』にはリーダーのユビレア以外に『勇者』は三人しかいない。普通のパーティーなら過剰戦力だろうが、『火燕』は旅団だ。有名どころの旅団には平均して五から十人程度の『勇者』がいる。『火燕』は火の大精霊の庇護という箔があるのに、やや個の戦力が劣るのだ。
「さてと、まあ有望株が一人でもいるだけ良いわ。ブレア。商品をここに呼んでちょうだい」
スカーレットは赤熱した髪をなびかせてそう言った。
ブレアは気品溢れる所作で一礼すると、礼拝堂の入り口を出る。
「…連れてきました」
ほどなくして服を脱がされた青年、少女たちがやってきた。
大半が犬か猫の獣亜人種。…他は、
「一番。名乗り出なさい」
ブレアが静かに厳しい、裁判で罪人容疑をかけられた者を呼び出すかのような声色で一番の名札を下げた雑種の犬人種を見た。
「は、はぃぃぃ」
その犬人種は孤児院では素行の悪い問題児だった。
しかし、スカーレットの前ではきゅんきゅんと恐怖に媚びる鳴き声を出して身を強張らせるだけ。
「一番。アンタの強みは?無いなら無いでいいわ」
たったそれだけのぶっきらぼうな問い。それだけでその犬人種は竦んでしまう。
「あ、あ、え…えと」
「次。二番」
呂律が回らなくなった犬人種の青年に「もうアンタはいい」とだけ告げると、次ぎの狐人種に目を向けた。
「二番。アンタの強みは?」
「あ、頭の良さです!」
狐人種の青年は恐怖を感じながらもしっかりと答えた。
「具体的には?」
「この孤児院の筆記の成績は全体で三番目を記録したことがあります!商業の科目に絞ればここにいる誰よりも優れていると自覚しています!」
「ふーん。筆記の成績ねえ」
スカーレットは二番の情報が記載された書を眺める。
「全体評価三番目って第一回だけじゃない。それに商業科の授業に関してだけれど…」
分かりやすく備考の欄を指さして見せた。
「リンジャの王都で職業体験があったそうね。で、アンタ、その時に働いていた大衆食堂から金貨五枚をくすねてると記されてるのだけど」
「あ―」
「バレてないと思った?そこの店主は気づいてわざと黙ってたみたいよ?」
絶望する狐人種の青年。商業は信用が全てだ。なまじ悪知恵が働くだけの人材は誰も欲しない。
「次―」
こうしてスカーレットの圧迫面接は続いた。
「体力?走るなら馬で十分よ。丸一日走れない癖に。しかも細かい作業が苦手なんですってね、ただの体力バカじゃない。体力すら評価に値しないからバカね」
「魔術理論で先生から評価された?じゃあアンタの論文見せて貰える?私、一応、大聖堂の名誉教諭だから」
「兵役志願者?魔力も凡で木の棒を振り回す対人訓練だけで得意げな顔してるけど、ただの自殺志願者よ」
スカーレットの詰問にことごとく脱落していく孤児院の子供たち。
残ったのは…
「二十八番。次はアンタよ」
一際、大きな体躯を持つ緑の鱗を鎧のように纏う竜人種、レイクが呼ばれた。
「強みは種族だ。アンタ以外ならこの場にいる全員を殺せる自信がある」
散々同輩がなじられる様を見て鬱憤が溜まっていたのか、それとも外からやってきた強者の刺激に当てられたのか、殺意を込めた鋭い目でスカーレットを正面から見据える。
「種族ねえ。それってつまり与えられたものだけで、自分は大して凄くないですよってことかしら?」
スカーレットに煽られたレイクはピキピキと額に青筋を立てる。
「あ?」
まずい。レイクがキレた。
その場にいた孤児たちはレイクの怒りを察知した。絶対的強者のレイクが怒ることは極めて稀だ。しかし一度怒りに達するともう手がつけられない。
「下手に出てりゃいい気になってんじゃねーか。嗜虐姫」
レイクは傍にあった何人も座れるチャーチベンチを片手で持ち上げる。
「そんなに知りたきゃ教えてやんよ!」
「やめな!レイク!」
「婆さんは黙ってろ!」
レイクはチャーチベンチを粉々に砕き、鋭利な木先を作るとスカーレットに突撃する。
「―ったく、誰の御前かわきまえてんのか?」
「―っ!」
―が、その切先がスカーレットに届くことはなかった。
武のユビレア。彼女が片足でレイクを固い石畳みの地面に埋め込んだのだ。
ぴくりとも動かないレイク。あの巨体が、あの竜人種が、半分ほどの背丈の獣亜人種に抑えられている。
「力任せの素人が」
レイクを倒したユビレアは片手でその巨体の首を摘まみ上げ、部屋の外の放り出す。
「あ…あ…」
あのレイクが、孤児院どころか軍の兵士が束になっても倒せなかったレイクがあっさりと…
信じられない事実に幸人は足をがくがくと震わせる。
―最後に残ったのは幸人だけだった。
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