星が瞬くのは

西しまこ

第1話

 吐く息が白い。

 暗い夜に星が瞬いている。

 星が瞬くのは地球に大気があるからだと教えてくれたのは、あのひとだ。

 ずっと、星自身が震えながら光を放っていて、その光の波動で星自身が何かを伝えようとしているのだと思っていた。


「ねえ、ママ。お星さまがきれいだね」

「うん、きれいだね」

「お星さま、お話しているよ。なんて言っているんだろう? さむいさむいって言っているのかな」

「りゅうくん、寒い中、サッカー頑張ってるねー って言っているのかもよ」

「そうかなあ」

「そうだよ」

 つないだ手に力が込められた。なんて、愛おしい。

「今日、りゅうくん、ゴールしたんだよ!」

「うん、見てたよ。すごかったね」

「うん、りゅうくん、すごかった!」

 にっこりと笑う幼い息子。


 あのひとと別れたときは、こんな幸せが来るとはまるで思えなかった。世界が終わったように思っていた。

 だけど。

 目をきらきらさせて、星を見ながら歩く幼子を見つめる。

 大気があるから星が瞬いて見える。

 そういう知識を教えてくれるあのひとのことが、好きだった。とても。でも。

 星がお話しているという我が子の瞳。透き通っていて、何もかもをまっすぐに見つめている。「お星さま、お話しているよ」なんて、涙が出てしまいそうだ。


「きょうのごはん、なにかなあ? りゅうくん、ハンバーグがいいなあ」

「あー、りゅうくん、よく知ってるね! ハンバーグだよ!」

「やったあ!」

「今日はパパもいっしょだよ。おうちでお仕事の日だから」

「わーい!」

 笑顔が過去の物思いも全て消し去ってしまう、一瞬で。

 一生忘れることはないと思っていたあのひともあのころの恋心も、きれいに消えてゆく。強い思いだとあのころは思っていたけれど、なんて儚いのだろう。


 いまではもう、ほとんど思い出すことはない。過去の様々な想い出といっしょに、砂時計の下の段に落ちて、他の想い出の砂の粒と同化してひっそりとしている。この砂時計がひっくり返されることはないだろう。

 あたたかい光が満ちた空間のドアを開ける。「ただいま!」





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