Chapter6. Baby, Tell Me You Love Me
久しぶりのゲームデーは大いに盛り上がった。元気を取り戻した美良の勝率は八割を超え、輪をかけて上機嫌になりソファの上で心地よい笑い声を響かせている。そして何を思ったのか途中で「今ならしりとりでも負ける気がしない」と言い張った。意気揚々と始めたものの、連続で「き終わり」の単語を繰り出すと四ターン程度で音を上げ、あまりのあっけなさにお互い笑いが止まらなくなった。
「あ、輝台さん。テレビ見ていいですか? 今ハマってるバラエティがあるんですよ」
「ほら、リモコンここ」
普段見るものといえばニュースがほとんどだったから、バラエティが流れている光景が新鮮だった。美良のおすすめ通り、適度に笑えて後味を残さない気軽さがちょうどいい番組で、共通の話題を持てるようこれから毎週見ようと思った。
画面に向かってコメントしたり気ままに笑う美良。だが職場で見ている限り独り言はしないタイプだから、自分の部屋では静かに過ごしているのだろう。一人で牛丼を食べ、一人でゲームし、一人で笑って。
俺は一人暮らし歴が長いので慣れたものだが、一人暮らし初心者の彼はどうなのだろう。この半年間で蓄積された情報から分析するに、孤独感への耐性は低めであることが想像に難くない。
『ここでするゲームが一番いいです』
いつでも行ける場所に、いつでも会える人がいる。その安心感から発せられた言葉だと思った。
気づけば日付を跨ぎ零時四十分。前例のない長居だが、誘われた当初から美良が帰りたいと言うまで付き合うつもりだった。バラエティ番組がニュースに切り替わり、画面に登場した時刻を見て驚く彼。
「あれ、いつの間にかすごい時間ですね。ごめんなさい」
「いいよ。気が済むまでゆっくりしていけば」
「そうですか? じゃあ最後にもう一戦だけやって帰ります」
「よし。今度こそ負けねえからな」
ゲーム画面に切り替え、美良が手際良く準備を進めるその横で、俺は潔く負けることを決めた。彼にはこの一日を気持ちよく終えてほしい。
「では輝台さん。この対戦で負けた方はどんな質問も答える権利のおまけ付きです」
「はあ?! ちょ、あ、待って!」
謎の宣言に手元が狂い、想定外のハンデを負ってしまった。数秒前に勝利を譲ると決めたものの大人気なく悔しさがこみ上げる。
「ずっこいぞ、スタート直前に言うなよな」
「え、それ方言ですか?」
「知らねえよ!」
ただでさえゲームが苦手な俺に挽回の余地はなく、あっという間に勝敗が決まった。
「美良ぃ。正々堂々と戦ってくれー」
「正々堂々戦略勝ちしましたっ」
「ハハッそれもそうか。で? 負けた方はなんだって?」
「どんな質問も答える権利が付与されました。おめでとうございます!」
「それどちらかと言うと罰ゲームだな。別にいいけど。じゃあほら、何聞きたいの?」
「えっと、自分のことどう思いますか?」
「質問がだいぶ曖昧なんだが。それは部下として? それともゲーム仲間として?」
「いえ、あの、自分のことです。自分が馴れ馴れしいとか、距離を置きたいとか、何かないですか? 一緒にいて楽しいかとか、友達みたいとか」
適当に返答しておけ、そう訴える理性とは裏腹に速まる鼓動が俺を急かす。ありのままの気持ちを届けろとはやし立てる。
「急にどうしたんだよ。そんなこと聞かなくてもわかってるだろ」
「はい、でも、教えて欲しいんです。自分のこと、どう思うのかを」
考えなくても答えなんか決まりきってる。
好きだよ。たまらなく愛しいと思ってる。けれど素直に伝えてしまっては、上司としての務めも、プライベートの姿も、これまでの全てが下心に支えられたまやかしだったと思われそうで怖くて震えが止まらなくなる。
それに同性の俺から好意を寄せられていると知ったら、周囲の男性の優しささえ疑心暗鬼の種になりかねない。
この想いは届いてはいけない。
その笑顔を守れるなら、俺は上司のままがいい。
「美良は優秀な相棒だよ。上司として誇りに思う」
「そう、ですか……」
彼は軽く下唇を噛み視線を泳がせた。かける言葉が見つからず、気の利いたフォローもできずに気まずい空気だけが重くのしかかる。いつもの調子で解散したいのに、そのいつもの調子のやり方がわからなくなっていた。
「あの輝台さん。そしたら、たまにでいいので、気が向いたらでいいので、輝台さんの土日を自分にくれませんか?」
「ごめん、どういう意味?」
「はい、あの、金曜のゲームデーだけじゃなくて、おやすみの日も、自分にくれませんか。お買い物も、アート鑑賞も、食べ歩きも、一緒にやってくれませんか?」
「あのなあ。そういうのは友達や恋人と一緒にやるものだぞ。会社の人間とでは息抜きにならないだろう。厳しいことを言うようだが、俺はなんでも屋じゃない。一人が寂しいのはわかるが、そこはしっかり線引きしてくれ」
「違いますっ!」
食い気味に差し込まれた言葉にはもどかしさが立ち込めていた。彼が何に困惑しているのか、なぜ眉尻を落としているのか、理解が追いつかずにいる。
「寂しいからじゃないです。自分はもう、金曜だけじゃ足りないんです!」
「遊び足りないって話?」
「それも違います! なんでそんなに自分を拒むんですか? 自分がそばにいちゃダメですか?」
「そばにって……美良……」
「毎日会ってますけど、会社にいる輝台さんは上司の輝台さんなんです。でも、上司じゃなくて輝台誠さんに会えるのはここだけなんです。だからもっと誠さんに会わせてください。部下の自分ではなく、美良環と会ってください。美良環と、付き合ってください!」
付き合ってください。その美しい旋律が心の隅々まで広がり、全身を喜びで満たした。
「わかった。そこまで言うなら、上司ではなく輝台誠としてはっきり答えるから」
緊張が走る美良の頬に手を伸ばし、そっと包み込む。
本当は、ずっと前から触れたかったんだ。
「両想いみたいだな、俺達」
「……っ……聞こえませんでしたのでもう一度お願いします」
「嘘つけ。全部聞こえてたって顔してるぞ」
「いやですもう一度がいいです」
「なんだそれ」
二人の笑い声が部屋を満たした。
不意に抱きついてきた彼から漂うお揃いのシャンプーの香り。この上ない幸福感に包まれて、このまま二人してソファで眠ってしまいたい。
「輝台さん。明日、というか今日土曜はお家にいますよね?」
「だからなんでいつも断定形なんだよ。まあいるけど」
「よかった。じゃあ、記念すべき初のお家デートデーです。一緒にゴロゴロしましょうね」
「りょーかい」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。……なあ、ひとつ聞いていいか?」
「はい?」
「もしかして、前から俺の気持ちバレてたりする?」
「自分は察しのいい方だと思います」
「なるほど……それ、気持ち悪くなかったの?」
透き通った瞳がこちらを捉える。
「どうしてですか?」
「俺が、男だから」
すると美良は俺の両頬を
「いひゃい」
「性別は重要じゃないですよ。それに一目惚れだったので、輝台さんの気持ちが見えたときはむしろ嬉しかったです」
「なるほど。お互いずっと同じ方向を向いていたんだな。それなのに俺は
気づけず逃げ腰で、優柔不断で、挙句美良の気持ちを否定して……本当にごめん」
「いいんですよ。輝台さんとなら、絶対一緒に笑いあえるって信じてましたから」
「そうか。ありがとう」
目の前で広がる満面の笑み。これまで出逢った笑顔の中で一番綺麗だと思った。
「それに、これまでの我慢料として『一日一愛してる』してくれるんですよね?」
「いやなんで罰ゲームみたいになってんの。まあたしかに我慢させたかもしれな」
「一日一愛してるは今日から適応です。では、はりきって初回をどうぞ!」
いつかの夜のようにエアマイクが向けられ笑いがこみ上げる。
「わかったよ。やるけど、それ何?」
「輝台さんの気持ちを、輝台さんの言葉で、自分に教えてください」
「さっき言った」
「あれはノーカウントです。一言でいいので、今日のぶんをくださいね」
なあ。この気持ちを一言でまとめきれると思うのか。
彼の後頭部に手を滑らせて引き寄せ、耳元に唇を添えた。
「環に逢えてよかった。俺は世界一の幸せ者だと思う」
「……誠さんのそういうとこ、ずるいですよね」
「ハハハ。褒め言葉として受け取るな」
繋がった、二人の心。重なる、二つの唇。ここから始まる、新しい
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