Chapter5. The Perfect Balance

 暑さが落ち着きようやく秋風が吹き始めたころ。またも突発的に部長の仕事丸投げフェスが実施され、俺だけでなく部内全体で多忙な日々を過ごしていた。業務を溜め込む癖も、それを部下に丸投げする癖も、本当にどうにかして欲しい。ただ、尊敬できる部分も併せ持つだけに部内から反旗を翻す者は出ていない。今のところは。

 そんな中、常時朗らかな美良にも色々と溜まってきたようで、突如ゲームデーが開かれることに。本当は別の予定があったのだが「輝台さんの牛丼が食べたいです」の一言で「おいで」以外の選択肢が消滅した。約一ヶ月ぶりの開催だった。


集合時間の夜八時。美良はゲーム機と着替えとお菓子の袋を抱え込み、しかめっ面で現れた。

「大丈夫か?」

「大丈夫もなにもないですよ輝台さんっ! もおおー輝台さーん!!」

「うん、わかった。じっくり聞くからまずはシャワー浴びてスッキリしよう。な?」

 いつも隣にいたのに、こんなにも蓄積したストレスに気づけなかったなんて。美良にしては珍しい「眉間のシワ」を目にした瞬間、猛烈な罪悪感が襲来。今宵はお取り寄せ牛肉をありったけ投入した特盛牛丼を奉納しようと決めた。


 テーブルに特盛牛丼、味噌汁とおかず、そして彼お気に入りのプリンを並べて準備は完了。シャワー後もいまだ表情の晴れない美良と共にいただきますをした。

「美良、ごめんな。そこまで追い込ませたのは上司の俺の手落ちだ。このところ任せる業務を増やしてたけど、もしや多すぎたか?」

「全然大丈夫です。むしろまだ追加してもらっても大丈夫です」

「そうか。メキメキと仕事の腕上げてるもんな。頼もしい限りだよ。じゃあ、反りが合わない同僚がいるとか?」

「いえ。むしろ皆さん優しくしてくださるので居心地いいです」

「それは何より。じゃあ、給料の話?」

「そこでもないです。自分は輝台さんにばかり業務を振る部長が嫌いです」

 サラダが喉につかえ咳が止まらなくなった。美良自身のことでなく、まさか俺の状況が眉間のシワの根源だったとは。予想だにしない言葉への返答がうまくまとまらず、空咳を数回付け足した。

「失礼。これはまただいぶストレートに打ち明けたな」

「だって……。たしかに輝台さんはお仕事できるし求められるもの以上の結果を出しますけど、それでも限度ってものがあるじゃないですか。ずっと残業続きだし。前回定時で帰れたの、いつか覚えてます?」

「あー……いつだったかな」

「ほら。おかげで全然ゲームデーできないんですもん」

「え、そこ?」

「そこです。自分にとってこれは単なるお遊びじゃないんです。いわばワークライフバランスを最適化させるキーなんです」

「そうだったのか」

 しっかり相槌を打ったものの、具体的にそれが何を意味しているかは正直分かりかねた。大好きな牛丼を目の前にしながら、美良の箸の進みが鈍くなる。

「友達とのゲームも楽しいですけど、ここでするゲームが一番いいです」

 不服そうに紡がれる言葉と、寂しげに陰る目元。恋人だったら迷わず抱きしめていただろう。けれど代わりに、俯く美良の顔をそっと上向かせ、顎に取り残された米粒を取り去った。

「今日は思う存分楽しんでいけよ。バランス、取り戻すんだろ?」

「……はいっ!」

 その笑顔に会えるなら、俺は「上司」のままで構わない。


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