第41話 ギャザリング 後編
外からの淡い星明りが差し込み、道場内は視界を奪われるほど暗くはない。
静まり返った室内には、エアコンの機械音だけが響く。
この静まった感じが、逆に緊張を
しばらくすると、いびきや寝息が聞こえてきた。
なかなか現れない『妬みのG』に、眠りに落ちてしまった者が現れている。
その後も現れない『妬みのG』に、人が多いと出ないのだろうか? 何か条件が合っていないのだろうか? などと憶測だけが頭の中に浮かんでは消えていく。
どれくらい経ったのだろうか?
壁に掲げられた時計を見る。
淡い緑色に光る夜光塗料が夜の一一時過ぎであることを差していた。
今日は現れないのでは? そんなことが脳裏に浮かぶと、眠気が襲ってくる。
カサカサ。
ウトウトした瞬間、聞きなれたおぞましい音が聞こえると、過去の恐怖心がトラウマのように蘇り、意識がはっきりとする。
半身を起こして周りを見ると、音に気付いて起き上がっている人たちが、まばらに見受けられた。
そして、すでに戦闘態勢で構えている者もいた。
カサッ、カサカサ。
「誰か、照明を!」
姉貴が叫んだ。
「押忍!」
照明スイッチの近くにいたがたいのいい先輩が返事をすると、駆け出した。
パチ、パチパチ。
彼は、全部のスイッチをオンにする。
パッ、パパパ。
道場の照明が一斉に点灯し、眩しさで目がくらむ。
寝ていた者たちも、突然明るくなったことで起き出す。
パッ、パッ、パパッ、パッ。
照明が点滅を始めた。
奴だ!
俺の身体中の毛が逆立ち、そして、強張る。
周りに視線を向けると、皆は枕元の武器を持ち、緊張の面持ちで点滅する照明を見つめていた。
不規則に点滅を続けていた照明が消えると、蛍光灯の箇所だけが、青白い光を残すように放つ。
そのうっすらとした光が不気味さを引き立てる。
「美夏、懐中電灯とLEDランタンを」
「うん」
姉貴に言われた美夏は、暗い中、足元にある段ボール箱を漁りだす。
彼女のそばにいた込山さんと早紀さんも手伝っている。
そして、三人は両手でいくつかの懐中電灯とLEDランタンを持つと、近くの人に手渡し、回していく。
俺のところには手動式のランタンが届いた。
スイッチを押しても点灯しない。
俺は、グルグルとハンドルを高速回転させ、充電を急ぐ。
充電くらいしておいて欲しかった。
心の中で愚痴りながら、必死にハンドルを回し続ける。
こんなものだろうか。
再びスイッチを押すと、ランタンは白い光を放った。
周りでも懐中電灯とLEDランタンが光りだす。
点々とする灯りに少しホッとする。
カサカサ。
奴の移動する音がすると、その方向へランタンをかざした。
しかし、その姿は見つけられない。
周辺も照らしてみるが、奴の姿は見つけられなかった。
皆も辺りを照らして探しているが、照らす光が右往左往と動き回るだけで、誰も奴の姿を捉えられない。
プツッ。
突然、俺の持つランタンの光が途絶えてしまう。
すると、皆のランタンや懐中電灯の光も消えてしまった。
ハンドルを回してみても、スイッチを入れなおしても点かない。
皆も俺と同じことを試み、懐中電灯を振っている者もいた。
カサッ、カサカサ。
こちらを嘲笑うかのように、奴の移動する音が聞こえだす。
バサッ、バサササササ。
「「「「「キャァァァー!!!」」」」」
その音が羽音に変わると、女の子たちの悲鳴が上がった。
「騒ぐな!」
「「「「「……」」」」」
姉貴の喝が入ると、道場内はすぐに静けさを取り戻し、羽音だけが響き渡る。
バサササササ。
「そこか!」
チャキ、シュン。
姉貴の掛け声と共に、刃が空を斬る音が聞こえた。
すると、羽音が止み、薄暗い中を飛んでいく二つの黒い塊が微かに見える。
ボトリ。
その塊の一方が、座ったままの女性会員の膝に落ちた。
「キャァァァー!」
彼女の悲鳴が上がる。
俺は退治できたのかと、彼女のそばに行く。
そして、奴の身体の左半分が、彼女の膝の上で足をばたつかせているのが見える。
「ヒィッ」
思わず悲鳴を上げてしまった。
近くにいた男性会員がティッシュで奴を摘まみ上げ、丸める。
解放された彼女が泣き出してしまうと、近くの女性会員たちが集まり、彼女を抱きしめて慰めていた。
もう一方の奴の半身は、別の男性会員がティッシュでくるんでいる。
「あれ? なんで実体があるんですかね?」
俺のそばに来た込山さんが、疑問を投げかけてきた。
「そう言えば……」
二人で、丸められたティッシュを見つめる。
奴がティッシュをすり抜けてくる様子はない。
「その中に、まだいますか?」
「ああ、まだ動いてるぞ」
「こっちも動いてるぞ」
込山さんの質問に、男性会員の二人が答える。
「……」
彼女は顔を引きつらせて、返答に困っていた。
すると、二人は床にティッシュを置く。
ブチッ。ブチッ。
そして、足で踏む付けた。
「これで大丈夫だろう」
「そうだな」
「「……」」
俺と込山さんは、呆気なく退治されたことに唖然とする。
いや、実体があるのがおかしい。
俺が頭を悩ませていると、隣では、込山さんも首を傾げていた。
カサカサ。
どこからか、再び奴の移動する音が聞こえ出す。
「一匹じゃないのか?」
踏んづけたティッシュを回収しながら、一人の男性会員が困り顔を浮かべた。
「一匹なんだけど……。おそらく、今のは本物のGだったみたいです」
「紛らわしいな。しかし、こんな山の中なら仕方ないか」
彼は俺の憶測を聞いて、残念そうな表情を浮かべる。
カサッ、カサカサ。
カサカサカサ。
二か所からおぞましい音が聞こえた。
ゾゾゾゾゾ。
俺の背筋に悪寒が走る。
なんで、二か所から?
バサササササ。
別の方角からは羽音までが聞こえてくる。
すると、込山さんが俺の腕にしがみつく。
「の、野山君。これって、ヤバくないですか?」
「俺もそんな気がする」
俺と込山さんは、急いで彩矢たちが集まっている所へ合流した。
おぞましい音は、三か所にとどまらず、次から次へと増え出す。
その音を警戒して、皆は近くの者と集まり、いくつかのグループが出来上がった。
俺は、彩矢、武岡さん、遠崎、込山さん、早紀さん、美紀先輩、姉貴、美夏と集まって、一グループとなっていた。
カサカサカサ。バサササササ。カサッ、カサカサ。
「「「「「キャァァァー!!!」」」」」
端のほうのグループから女の子たちの悲鳴が上がる。
「クソッ!」
「何匹いるんだ!?」
すると、愚痴を言いながらも武器を振り回して、撃退しようと試みる男性会員たちの姿が見える。
「浩太、何匹いるんだ?」
「今までは、一匹だけだったから、分からない」
姉貴に答えると、彼女の顔は難しい表情になる。
「こっちが人数を集めたから、向こうも数を揃えたんですかね?」
込山さんの推測に、皆が嫌そうな顔を彼女に向けた。
「なんで、私がそんな顔を向けられないといけないんですか!」
彼女は心外とも言わんばかりに、ふくれっ面を見せる。
バサッ、バサササササ。カサカサカサ。
「「「「「キャァァァー!!!」」」」」
他のグループの女の子たちの悲鳴も上がる。
「これならどうだ!」
プシュー。
そのグループの男性会員が叫び、殺虫剤を周辺に撒き散らす。
「良し、利いてるぞ。ガンバレ! そのまま噴射しまくれ!」
別の男性会員の応援する声も聞こえてくる。
「殺虫剤が効いているってことは、あっちは本物のGみたいですね」
俺は込山さんに向かって頷く。
だが、本物ってなんだ? 『妬みのG』と実在のGの区分けが分からなくなってくる。
カサカサカサ。カサッ、カサカサ。カササササ。
俺たちの周りでも、おぞましい音が聞こえだすと、皆は周りを警戒する。
クイクイと、誰かが服を強く引っ張ってくる。
振り向くと、早紀さんが青ざめた顔で、ある一点を指差していた。
「早紀さん、どうしたの?」
俺は、彼女の指差す方向に目を凝らす。
ゾクゾクゾク。
「ヒィッ!」
十数匹のGの黒い群れがうごめいている姿を見て、身体中に寒気が走ると、悲鳴を上げてしまった。
「「「いやぁぁぁー!!!」」」
彩矢と武岡さん、美紀先輩の悲鳴も上がる。
「何ですか、あれ? ギャザってるんですけど!」
込山さんだけは、まだ余裕がありそうだ。
「美夏、殺虫剤!」
「うん」
プシュー。
さすが山育ちの姉貴と美夏。って、俺も山育ちのはずだったのだが……。
二人はひるむことなく、適格な対応をする。
Gの群れは殺虫剤を浴びると、霧散してから動けなくなり、その場でピクピクと足を引きつらせたのだった。
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