第40話 ギャザリング 前編

 稽古は少し早めに切り上げられた。

 すぐに、道場を皆で掃除すると、布団が持ち運ばれて敷かれていく。

 枕元には、竹刀や木刀など武器になる物が並べられる。

 佐々木さんや美紀先輩、それなりの心得のある人たちの枕元には、御神刀ごしんとうや真剣などが並べられていた。

 もちろん、姉貴と美夏、俺たちの枕元にも同じ物が用意されている。

 そして、あっという間に物騒な寝所が出来上がった。


 皆はお風呂と食事をするために、一度解散する。

 俺たちも準備を整えるために、母屋へと戻った。

 先に女性陣がお風呂を終えると、俺と遠崎が入る。

 その間に、女性陣が食事の用意を済ませていた。


 お風呂から上がった俺と遠崎が席に着くと、姉貴が「コホン」と咳ばらいを一つした。

 俺たちは姉貴に注目する。


 「皆、今日で片をつけたいが、無理はしなくていい」


 姉貴に向かって皆が頷く。


 「今日がダメなら、対策を練って、明日でも構わないんだ。まだ三日もあるのだから、焦らず確実に仕留めることを頭に置いておいてくれ」


 「「「「「はい!!!」」」」」


 皆は気合が入っているのか、その声が勇ましい。

 姉貴は、その返事に満足したのか、大きく頷く。


 「うむ。では、いただこう」


 「「「「「いただきます!」」」」」


 食事が始まると、さっきまでの勇ましさはなくなり、皆は和やかな空気で食べ始める。


 カシュッ。


 缶を開ける音が、姉貴のほうから聞こえた。


 「姉貴? 今日も飲むの?」


 「決戦前だから、今日はビールではない。御神酒おみきだ」


 「御神酒って、缶酎ハイじゃないか!」


 決戦前とか言っておきながら、アルコール度数を増やしてどうするんだ……。


 「毎日飲んでるんだから、今日くらいは飲まないほうがいいんじゃないの? それに、姉貴に酔われると困るんだけど」


 「これから訳の分からんものと戦うんだ。多少、酔っていないとやってられん」


 「……」


 言うだけ無駄のようだ。

 頭を抱えていると、美夏が台所から追加の料理を持ってきた。


 「はーい。とっておきを持ってきましたよ」


 上機嫌でテーブルの上に赤ワインのボトルを数本置く。


 「美夏? 何故、ワイン?」


 姉貴とお酒のことで言い争ったばかりだというのに……。


 「えっ、だって、最後の晩餐と言ったらこれじゃないの?」


 「「「「「……」」」」」


 ワインのボトルを指差す美夏に、皆の顔が引きつった。


 「縁起でもないことを言うな!」


 「じゃあ、下げるね」


 「「「「「飲むー!」」」」」


 美夏がワインのボトルを回収しようとすると、女性陣から声が上がった。


 「美夏、私にも頼む」


 姉貴は、まだ飲むのか……。




 食事を終えた俺たちは、道場へと向かった。


 「ちょっと待ってて下さい。お花を摘みに行ってきます」


 込山さんが柄にもないことを言いだす。


 「トイレなら、こっちの廊下の突き当りが一番近いよ」


 俺が親切心で分岐する廊下の先を指差すと、彼女はムッとした表情を浮かべた。


 「トイレじゃなくて、お花を摘みに行くんです」


 同じ意味なのに、何故こだわる……。


 「私も行こう」


 姉貴も同行しようと声を上げると、彩矢たちも「私も」と同行した。

 残された俺と遠崎、美夏は彼女たちを見送る。


 「お酒なんて飲むから……」


 俺が愚痴ると、遠崎と美夏は苦笑していた。


 しばらくして、彼女たちが戻って来ると、再び道場へと向かう。


 「あっ、ちょっと待って。大事な物を忘れた!」


 今度は美夏だった。


 「美夏もトイレか?」


 「お兄ちゃん、さいてー」


 美夏はムッとする。


 「お塩を持ってくるのを忘れたんだよ」


 確かに、忘れちゃいけないものだ。


 「じゃあ、取ってくるから待っててね。遠崎さん、手伝って」


 「うん、いいよ」


 美夏は遠崎に声を掛けると、二人で廊下を戻って行った。

 しばらくすると、廊下の奥からガラガラと車輪の転がる音が聞こえてくる。

 そして、荷台を押す遠崎と、その隣を歩く美夏が現れた。

 荷台を見ると、二五キロの紙袋に入った塩が二つも載せられている。


 「美夏? どんだけ塩を使う気だ?」


 「人数も多いんだし、多いに越したことはないでしょ」


 「た、確かに、そうかもしれないが……」


 「お兄ちゃん。そんなに細かいと、彩矢お姉ちゃんに嫌われるよ」


 なんで、そうなる……。




 俺たちが道場に到着すると、にぎやかだった空間が一瞬で静まり返る。

 そして、武術研究会の皆は、真剣な顔でこちらを見つめた。

 姉貴が皆の前に出る。


 「諸君、今夜は、寝かせてもらえない激しい夜を迎えることになるだろう」


 ゴクリ。


 皆の生唾を飲む音が聞こえてくる。


 「まだ持久力の足りない者もいるだろう。だが、夜明けまで、いや、体力の限界まで頑張り続けて欲しい」


 ゴクリ。


 再び、皆の生唾を飲む音が聞こえてくる。


 ツンツン。


 俺の後ろにいた込山さんが、背中を突いてきた。


 「何?」


 小声で振り返る。


 「なんか、これから夜明けまで乱交パーティーが始まるように聞こえるのは、私だけですか?」


 「……」


 俺よりも声をひそめた込山さんの話しが耳に入ると、俺だけでなく、いつものメンバーと近くにいた人たちも顔を赤らめた。

 確かに、姉貴の言い方が悪い。はたから見たら、誤解されてもおかしくはない言い方だ。


 「今夜が初めての者もいるだろう。だが、恐れることはない。環境や過程は違えど、誰しもがいずれは経験することだ」


 姉貴、その言い方では……。


 込山さんのせいで、姉貴の話しが、これから乱交パーティーを始めるようにしか聞こえなくなってしまった。

 いつものメンバーと近くにいた人たちは赤らめたまま、男性は顔を引きつらせ、女性は恥ずかしそうに顔を両手で覆ってしまう。


 「既に幾度と経験を積んだ強者も、この場にはいる。その者たちと共であれば怖いことはない。今夜、ここにいる仲間たちと経験できることを幸運だと思ってくれ」


 姉貴、もうやめてくれ……。


 「この人数だと、乱交というよりもギャザリングですね」


 「「「「「しおりん」」」」」


 小声の込山さんに、耳まで赤くなってしまった女性たちが小声で注意をする。


 「ということは、ギャザリングパーティー、いえ、乱ギャザパーティーですね」


 「美夏ちゃん、やっちゃって」


 真っ赤な顔の美紀先輩は、小声で指示を出した。


 「はい」


 ガシッ。


 顔を赤らめていた美夏は、彼女の背後から腕を回し、首を締める。

 顔を赤らめているということは、美夏も意味が分かっているということだ。

 兄として、複雑な思いにかられる。


 「グフッ。く、苦しい……。み、美夏ちゃん、ギ、ギブです」


 「しおりん、もう余計なことはいわない?」


 「は、はい。い、言いません……」


 美夏が放すと、彼女は首を押さえながら、「ゼェーハァー」と息切れをしていた。


 「敵は諸君が就寝しようと横になったことを見計らってから現れるだろう。諸君が気を緩めたところを狙ってくる卑怯な敵だ。各々、横になっても神経を研ぎ澄ませておくように」


 「「「「「はい!!!」」」」」

 「「「「「押忍!!!」」」」」


 姉貴は、勇ましい返事に満足そうに微笑んだ。

 やっと、終わった……。こっちは、込山さんのせいで、変に疲れてしまった。

 周りを見ると、皆もぐったりとしている。

 そして、誰もが顔を真っ赤にしたまま、恥ずかしそうだった。




 姉貴は俺たちの元へと来ると、自分の布団の上で胡坐をかく。

 男女共にジャージ姿とはいえ、さっきの姉貴の言い方が思い出されると、彼女を見ているだけで、こちらが恥ずかしくなってくる。


 「浩太、どうした? 美夏も皆も顔を赤くして、どうした?」


 皆に目を向けると、姉貴を見て恥ずかしそうにしていた。

 俺と同じように、思い出してしまったのだろう。


 「別に何でもないよ。人が多いから、ちょっと熱いかなと」


 「そうそう。お兄ちゃんの言う通りだよ」


 珍しく、美夏が味方についてくれた。

 そして、皆も頷くと、「少し蒸してるのかな?」や「エアコンが入っていても、人数が多いと効きが悪いわね」と誤魔化す。


 「そんなに熱いか?」


 皆はコクコクと頷く。


 「では、もう少し下げてこよう」


 姉貴はエアコンの温度を下げに行った。


 彼女が居ない間に、皆は込山さんにクレームを訴えまくる。


 「そんなことを言われても、そう聞こえたしまったんですし、皆もそう聞こえたから、恥ずかしがってたんですよね?」


 「「「「「……」」」」」


 正論を返されると、誰も言い返せなくなってしまった。


 姉貴が戻って来ると、皆、無い事もなかったように自分の布団に入る。

 しばらくは、おしゃべりをして過ごしていたが、「消灯します。皆さん、準備をお願いします」との掛け声で照明が消されると、眠ったように息を潜め、いつでも戦闘に入れる態勢を取るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る