第39話 武術研究会の合宿 後編
俺たちも武術研究会の合宿に合流すると、美紀先輩と早紀さんだけが「裏切り者」と皆から責められていた。
美紀先輩は素直に謝るが、早紀さんは「私は正式な部員じゃない」と言い逃れをする。
すると、早紀さんのお兄さんである会長の佐々木さんが、彼女と会員との間で板挟みになり、どこか微笑ましかった。
そんな和んだ空気も、稽古が始まると、自分のことだけで精一杯で、他人のことを考える余裕などなくなってしまう。
もちろん、俺たちも他人事ではなかった。
まあ、俺はともかく、彩矢と武岡さんも姉貴のしごきに平気でついてくるのは意外だった。
一方で、遠崎と込山さんは、始まって三〇分も経っていないのに、もうバテている。
これが普通だろう。
まだまだ余裕そうな彩矢と武岡さんの姿に感心していると、遠崎たちと一緒になってバテている早紀さんに目が向く。
「「「なんで、バテてるの?」」」
俺と彩矢、武岡さんの声が揃う。
「し、仕方ないでしょ。ハァ、ハァ。あ、あんたたちと、一緒にしないでよ」
息切れしながら答える早紀さんに、俺たちは苦笑する。
「早紀。あんた、サボり過ぎよ」
「早紀ちゃん。経験者で、それは……」
武岡さんと彩矢が呆れると、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「周りに運動するタイプの人が居なくなると、数年でこうなっちゃうのよ。というよりも、初っ端から、こんな急斜面を何度もダッシュで昇るなんて、ありえないわよ」
何故か、早紀さんの言い訳に大きく頷く遠崎と込山さん。
「僕も高校までは運動部だったけど、こんな足場が泥で滑る急斜面を昇るなんてことはしたことがなかったから、さすがにキツイよ」
「彩矢と武岡さんは平気そうだけど」
遠崎は、俺の言葉で二人を見る。
「「「……」」」
親指を立てて得意げな二人に、遠崎たち三人は固まった。
「これくらい出来ないと、ここでは暮らせないぞ」
「「「暮らすかー!!!」」」
励ますつもりで言ったのだが、三人から怒鳴られてしまう。
しょんぼりとする俺のそばに、彩矢と武岡さんが来る。
「野山君。さすがに、ここで暮らす基準がおかしな気がする」
「そうよ。彩矢の言う通りよ。普通は、そこまでしないとなら、ここで暮らしたいと思わないわよ」
「えっ……」
俺がショックを受けると、皆は苦笑していた。
その後もハードな稽古が続くと、さすがに彩矢と武岡さんも苦しさが見え隠れし始めた。
武術研究会のほうは、どうなんだろうと目を向ける。
佐々木さん、美紀先輩を中心とした先輩たちは、まだ余裕がありそうだったが、笹島たちはバテまくっていた。
これは、『妬みのG』どころではない日々が続きそうだ……。
◇◇◇◇◇
合宿が始まって四日目。
俺の予想通り、一日が終わると、疲労で動けない者が多くを占めていた。というよりも上級生で動けなくなる者がいるということは、増えてないか?
俺は姉貴を見る。
そして、ここ数日の稽古メニューを思い出す。
……。
姉貴の奴、一日ごとに稽古の量と難易度を微妙に上げていっている。『妬みのG』のことを忘れてやいないだろうな?
「姉貴」
「なんだ?」
「毎日、基礎稽古ばかりで、しごきまくってるけど、『妬みのG』のことを忘れてないよね」
「……あ、ああ、だ、大丈夫だ。分かってる。あまりにも持久力が無いから、仕方なく基礎稽古に時間を使っているだけだ」
「それならいいんだけど」
姉貴の奴、しごくことに夢中になって、忘れてたな……。まあ、今、釘を刺したから、明日からは、道場での本格的な稽古に移ることだろう。
翌日からは、午前を基礎稽古、午後を実戦的な稽古といったメニューに移った。
武術研究会の皆には、どこかホッとした表情も見られる。
合宿にまで来たというのに、体力作りの基礎稽古ばかりをやらされていたのだから、無理もない。
遠崎と込山さんは武術初心者の人たちと一緒に、道場の端っこで佐々木さんに教えてもらっている。
そして、経験者の人たちは、姉貴が見ていた。
彩矢と武岡さん、早紀さんは、美夏と俺で見る。
主に、俺が武岡さんと早紀さんの組手の相手をし、弓道出身の彩矢には、美夏が弓を持ちながら使える体術などを教えていた。
姉貴が忘れていたことが原因だから仕方ないが、五日目でやっとといった感じで大丈夫なのだろうか?
俺は息を切らせている武岡さんと早紀さんに休憩を取らせると、不安な面持ちで辺りを見回す。
「「化け物……」」
なんか、二人から心外な言葉が掛けられる。
「えっ?」
「なんで、息切れ一つしてないのよ」
武岡さんが不服そうな顔を向けてきた。
「そんなことを言われても……」
「野山君は両手両足を使わないくらいのハンデをつけてよ!」
返答に困る俺に、早紀さんが無茶ぶりを言ってくる。
「それって、ただのサンドバックじゃないか!」
「「それがいい!」」
こ、こいつらは……。
「それは、さすがにお兄ちゃんが可哀そうだから」
美夏が彩矢と共に現れ、フォローをしてくれる。
「なので、はい」
美夏は、二人に日本刀を手渡す。
「美夏! ちょっと待て」
「何?」
「それは何だ?」
「見て分かんない? 『妬みのG』と対峙するために用意した御神刀だよ」
「「だよ」じゃない。それ、本物だろ。そんな物騒な物を渡すな!」
「もしかしたら、今日明日には使うことになるかもしれないんだから、今のうちに慣れておかないと」
「アホかー! 俺が危ないだろ!」
「彩矢お姉ちゃんは、これね」
俺を無視して、美夏は弓を持つ彩矢に矢を渡した。
「おい。それ、本物の矢だよな?」
「そうだよ。といっても近くの神社で訳を言って、祈祷してもらった破魔矢だけどね」
「待て待て。なんで、その破魔矢なら大丈夫みたいな口調なんだ?」
「破魔矢だから?」
「破魔矢といっても、本物の矢だろ?」
「そりゃそうだよ。お兄ちゃん、バカなの?」
「バカはお前だ!」
「酷い! 彩矢お姉ちゃん、なんか言ってやってよ」
「えーと、そんなことを言われても……」
彩矢は動揺する。
「彩矢お姉ちゃん。ここはガツンと言ってやって!」
「えーと、野山君。避けてね」
「あやー!」
俺は裏切られた気分だった。
すると、武岡さんと早紀さんがケラケラと笑い出す。
そして、美夏もお腹を抱えて笑いだした。
クソー。兄をバカにしやがって!
四人を前にして、俺は悔しさで悶えるのだった。
◇◇◇◇◇
六日目の朝。
姉貴は、道場に皆を集めた。
「おはよう!」
「「「「「おはようございます!!!」」」」」
正座をして座る皆が、姉貴に頭を下げる。
「今日は、稽古が終わった後に、諸君には試練を与えたいと思う」
「「「「「えっ?」」」」」
「「「「「は?」」」」」
突然のことに、皆は狐につままれたような顔をしていた。
当然だ。昨日の今日で言われるようなことではない。
姉貴が自分のミスを無かったことにするため、無理矢理スケジュールを早めようとしているのがバレバレだ。
「驚くのも無理はない。しかし、急激に成長するためには実戦が必要だ」
「「「「「えっ?」」」」」
「「「「「は?」」」」」
再び、皆は狐につままれたような顔をしていた。
試練が二言目には実戦に変わってしまったのだから、無理もない。っていうか、姉貴は何を考えているんだ……。
「と言うことで、今夜、諸君には、『妬みのG』と戦ってもらう」
「「「「「えっ?」」」」」
「「「「「は?」」」」」
狐につままれたような顔をしたまま、解放されない皆。
おそらく、何も事情を説明せずに無茶ぶりを言い放つ姉貴に、皆の思考が追いつけていない。
「姉貴。せめて事情を説明しないと、『妬みのG』のことが初耳の人は、チンプンカンプンだよ」
「えっ!? 知らないのか?」
姉貴は、俺を見て驚く。
何故、皆が知っていると思っていた。こっちが驚きだよ……。
「知っているのは、早紀さんから話しを聞いた一部の人たちだけだよ」
俺の言葉に、佐々木さんと美紀先輩、その周辺の人たちが頷き、他にもまばらに頷く人たちがいるだけだった。
「ほとんどの者が知らないじゃないか!?」
再び驚く姉貴。
「だから、そう言ってるだろ!」
「浩太のくせに生意気な!」
「なんで、そうなる? 俺は関係ないだろ!」
理不尽な姉貴に、俺は苛立つ。
「そうだ! お兄ちゃんのくせに生意気な!」
何故、美夏は姉貴のフォローに回ろうとしているんだ?
「そうだ! 野山君のくせにちょこざいな!」
端のほうから、込山さんの声も聞こえてくる。
「なんで、込山さんも入ってくるんだ!? ややこしくなるだろ!」
彼女のいるほうへ向かって俺が叫ぶと、皆から笑い声が漏れ出す。
なんで、俺が辱められているんだ……。
俺がうつむくと、さらに笑い声が広がった。
もう、好きにしてくれ……。
佐々木さんと美紀先輩は、場を収集しようと姉貴の隣に座る。
姉貴も二人に軽く頷いてみせ、任せることにしたようだ。
そして、美紀先輩に込山さんも呼ばれると、彼女も前に出てくる。
彼女は美紀先輩の隣に座った。
最初に、美紀先輩が俺たちの今までの経緯を話す。
次に、込山さんが、『妬みのG』についての説明と検証結果を話した。
最後に、佐々木さんが俺たちを助けたいことを話し、皆をまとめる。
その結果、皆は納得してくれた。
この人数が味方になってくれる。
俺が皆の心強さに、肩の荷が下りたような安堵を感じると、彩矢たちも同じだったようで、彼女たちはホッとした表情を浮かべていた。
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