第38話 武術研究会の合宿 前編

 美夏も武術研究会の皆が到着したことで、彼らの夕飯の準備で、食堂へと向かった。

 俺たちは、リビングでくつろいだままだ。


 「野山君は、手伝わなくていいんですか?」


 込山さんが痛いところを突いてくる。


 「俺が行っても邪魔になるだけだから」


 「「「「「確かに」」」」」


 誤魔化したつもりが皆に納得をされると、切なくなってしまう。

 少ししょんぼりしていると、彩矢が俺の背中をポンポンと励ますように優しく叩く。

 たったそれだけのことでも、元気が出てきた。


 復活した俺は皆を見る。


 「女の子から、先にお風呂に入るといいよ」


 俺は立ち上がると、女の子たちを浴室まで案内をした。

 お湯がはられているかを確認してから、皆を呼ぶ。


 「「ひろっ!」」


 武岡さんと込山さんは、声を揃えた。

 うちのお風呂は、大人が一度に三~四人は入れる広さがある。

 正月やお盆に親戚が集まると渋滞するので、広く造ったらしい。


 「うちは本家だから、親戚が集まると大変なんだよ」


 「「「「「なるほど」」」」」


 彼女たちは納得した。


 「ちなみに、野山君の友達は、千秋さんと美夏ちゃんの入浴時に間違えたふりをして、入ろうとしていたりして」


 ふざける込山さんが事実を言い当てると、俺は目を泳がせてしまう。


 「「「「「……」」」」」


 嫌がるように眉間に皺を寄せた、彼女たちの視線が痛い。


 「まあ、皆、思春期だったから……」


 「思春期でも、犯罪は犯罪よ」


 美紀先輩が俺の顔を覗き込む。


 「……」


 返す言葉もない。




 女性陣がお風呂に入っている間、俺と遠崎はリビングでテレビを見ていた。

 そこへ、姉貴と美夏が戻ってきた。


 「浩太、皆は?」


 「お風呂」


 「そうか。バスタオルとかを用意しておいたが、ちゃんと教えたか?」


 「あっ!」


 そこまで気が回らなかった……。

 姉貴と美夏は、呆れるように俺を見た。


 「私が教えてくるよ。ついでに入ってきちゃうね」


 美夏は俺に向かって、嫌味のように大きな溜息を吐くと、リビングを出て行った。


 姉貴が座ると、三人で話し出す。


 「浩太、遠崎君。武術研究会と合流するのは、明日からでいいか?」


 「はい」


 遠崎は素直に返事をしてしまう。


 「えっ? 合流するってことは、俺たちもやらされるの?」


 だが、俺は反抗する。


 「当然だ。何しに帰ってきたんだ?」


 「何故か、強制的に帰郷することになってた」


 「なら、参加しろ」


 「……」


 俺は嫌そうな顔をするが、遠崎は諦めたようだった。


 「どちらにしろ、『妬みのG』に対抗するには、人数がいたほうが、なんとかなるかも知れんぞ」


 姉貴は俺を見てから、遠崎にも視線を向ける。


 「確かにそうかもしれないけど……」


 俺は渋ったが、遠崎は頷く。


 「それに、御神刀もだが、他にも使えそうな物は集めておいてやる。武器を扱える複数人で対峙したほうが勝率も上がるだろう」


 「そうなんだけど……」


 「何が嫌なんだ?」


 「稽古」


 「何しに来たんだ!?」


 「だから、ただの里帰りだって!」


 「「……」」


 俺と姉貴は、黙ったまま睨み合う。

 遠崎は、姉弟喧嘩に発展しそうな俺たちを見て、困惑していた。




 睨み合う俺と姉貴、俺の隣でオロオロする遠崎。

 そんな気まずい雰囲気のリビングに、風呂から上がった女性陣が戻って来ると、遠崎はホッとした表情を浮かべた。

 姉貴と喧嘩になれば負けるのが分かっていても、友達の前でカッコつけて、引っ込みがつかなくなっていた俺もホッとする。


 「フン。浩太、命拾いしたな」


 姉貴が立ちあがると、彼女たちは首を傾げた。


 「美夏、こっちの食事の用意も。私は風呂に入ってくる」


 「うん」


 姉貴を見送ると、美夏は俺を呆れるように見る。


 「お兄ちゃん。お姉ちゃんには勝てないのが分かってるのに、カッコつけて逆らったんでしょ」


 「……」


 妹に見透かされた恥ずかしさで、俺は目を泳がせ、スーと顔を逸らした。


 「相変わらず、お兄ちゃんはバカなんだから」


 「バカですね」


 何故、込山さんまで入ってくる。


 「「バカだ」」


 武岡さんと早紀さんまで……。


 美夏が食事を用意しにリビングを離れると、女性陣も手伝いを買って出て、妹について行く。

 彼女たちを見送ると、遠崎が俺を励ますように、肩をポンポンと叩く。


 「野山。僕も男だから、人前では女兄妹より強くありたいという気持ちは、良く分かるよ」


 その言葉に、俺は遠崎の手を取ると、ブンブンと振って感激するのだった。


 姉貴が風呂から上がってくると、俺と遠崎が風呂へ向かおうとする。


 「浩太。女性が入ったお湯だからって、飲むなよ」


 「そんな変態なこと、するか!」


 すれ違い様の姉貴の言葉に俺が答えると、遠崎は口を押えて笑いだす。


 「フッ」


 鼻で笑う姉貴に苛立ちながらも、遠崎を連れて風呂へと向かった。


 「野山。お姉さんのほうが何枚も上手そうだね」


 「うっ……」


 言葉を詰まらせる俺に、彼は再び笑い出した。

 く、悔しい……。




 風呂から出てくると、食事の用がされ、皆は俺と遠崎が来るのを待っていた。

 そして、俺たちが席に着くと「「「「「いただきます」」」」」と食事を始めた。


 「そう言えば、美夏。他の皆は?」


 家族のことを姉貴に聞きづらかっった俺は、美夏に聞く。


 「お爺ちゃんとお婆ちゃんは旅行。お母さんはお父さんのところ」


 「美夏ちゃん。お父さんは単身赴任なの?」


 彩矢が尋ねる。


 「うん、そうなの。早く地元の警察署に転属されれば楽なんだけどね」


 「そうなんだ」


 「お兄ちゃんが彼女を連れてくるらしいとは伝えたんだけど、どうせ二次元か妄想の彼女だろうって、誰も信じずに、お兄ちゃんが帰ってくるならちょうどいいって、家を空ける予定を組んじゃったんだよね」


 その言葉に皆は笑いだし、彩矢は苦笑した。

 俺の家族って……。




 にぎやかに食事が進む中、姉貴は箸を置く。


 「皆、食べながら聞いてくれ」


 皆は箸を休めて注目するが、美夏と込山さんだけは、おかずを口に運びながら注目する。


 「武術研究会の連中は、案の定というか想定以上に披露していたので、風呂と食事を終えたら、部屋で休ませることにした」


 皆が頷く中、早紀さんと美紀先輩だけが顔を引きつらせた。


 「今日、その『妬みのG』に出られると困るので、遠崎君は浩太の部屋に、女の子たちは客室に泊ってくれ。念のため、私と美夏も客室に泊ることにする」


 その言葉に、何故か女性陣は嬉しそうだった。


 「そして、明日の夜は、武術研究会の連中の状態にもよるが、大丈夫そうなら、道場に全員で寝ることにする」


 皆の顔が引き締まる。


 「私は奴らへの稽古の手を緩める気はないので、奴ら次第では、『妬みのG』との対峙は数日先になるかもしれんが、了承してくれ」


 皆は納得し、大きく頷いた。


 「ありがとう。この合宿は一〇日間もあるから、後半になれば使える者も出てくると思う。最終日までには『妬みのG』を、皆で成敗してやろう」


 姉貴は拳を握り、掲げる。


 「「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」


 美夏と込山さんを中心に、皆は声を上げた。

 皆はやる気に満ちていたが、二人だけが面白がっている様にも見えたのは、俺の気のせいだろうか……?


 姉貴が話し終え、食事に戻ると、皆も食事を再開する。


 「ねえ、野山。僕たちも合宿に参加させられるんだよね?」


 隣にいた遠崎が小声で尋ねてきた。


 「成り行きで、そうなってしまった……」


 俺も小声で答える。


 「ついて行けるか、不安なんだけど……」


 「大丈夫。姉貴はついてこれない奴にも容赦しないから安心しろ」


 「安心できるか!」


 叫んでしまう遠崎。

 皆は不思議そうに彼を見つめるが、姉貴だけはきりっとした鋭い視線を向けていた。

 俺たちの話しを聞かれたか?

 彼女の視線にたじろぐ遠崎の横で、俺は動揺する。

 おかずだけを小皿によそい、食べ始める姉貴を見て、俺と遠崎はホッとした。


 グビグビグビ。


 そのまま俺が見つめる中、姉貴は淡い金色の泡立つもので、おかずを流し込んだ。


 「姉貴、それは?」


 「ビールだが、どうかしたか?」


 「なんで、飲んでるの?」


 「美味いからだ」


 「そうじゃない。武術研究会の合宿が始まって、教える立場の姉貴が、何故、ビールを飲んでんだよ!?」


 「固いことを言うな。ホレッ」


 姉貴は皆を指差す。

 視線を向けると、美夏以外の皆は、おかずとビールを楽しんでいた。

 そして、気まずそうにテレビのほうへ身体を向ける。

 だが、ビールが入ったグラスだけは手放さなかった。

 呆れるように見つめる俺の隣では、遠崎も顔を引きつらせていたのだった。

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