第37話 最強の助っ人

 皆の自己紹介と挨拶は、彩矢を残すのみとなった。


 「えーと、千秋さん、美夏さん。野山君……いえ、浩太君とお付き合いをさせて頂いている矢神 彩矢です。今後もよろしくお願いします」


 顔を真っ赤にしながら、彩矢は頭を深く下げる。


 「「……」」


 そして、姉貴と美夏は、固まるように呆けていた。


 「おい、彩矢が挨拶をしたのに、何を固まってるんだよ!」


 俺の言葉で、二人はハッと我に返る。


 「すまん。あまりの衝撃に……」


 「そうだよ。お兄ちゃんを選ぶ人がいるなんて……」


 「お、おまえらな……」


 俺は顔を引きつらせた。


 「えーと、彩矢さん。何をとち狂って、いや、そうじゃなくて、どうして、間違えて浩太なんかと……。あれ? 私は何を言っているんだ?」


 動揺して、おかしくなった姉貴を始めて見た。


 「あっ、お姉ちゃん。カツ丼とデスクライトを用意してくるね」


 美夏は、スクッと立ち上がる。


 「美夏! 彩矢を尋問する気か!?」


 こっちもか! そして、家族の俺を何だと思っているんだ……。


 「すまん、彩矢さん。動揺とは恐ろしいものだな」


 姉貴の横では、美夏がコクコクと頷いている。

 こいつらは……。


 「とにかく、彩矢さん。浩太を選んだ理由を教えてくれ」


 「そうだよ。その辺りのところを詳しく教えてもらわないと……。えーと、家族として、お兄ちゃんの犯罪行為は見逃すわけにはいかないから」


 美夏は、まだ動揺しているのか!?


 「えーと……」


 彩矢は、オロオロと困惑していた。


 「なんか、面白い展開になってきましたね」


 込山さんの潜めた声が聞こえてくる。

 彼女だけには聞かせたくはないが、どうにもできない。

 彩矢が話し出すと、姉貴と美夏は前のめりになり、食い入るように彼女の話しに耳を傾ける。

 そして、顔を真っ赤にして話す彩矢の隣で、俺も顔を真っ赤にして、その話しに耳を傾けた。

 彼女の口から、教室で残された小犬のように寂しそうにしている姿を見て気になっていたことや、絡まれたところを助けてもらった時に抱いた好意などが話されると、俺は恥ずかしさで身悶えそうになるのをグッと堪える。

 そんな俺を、武岡さんたちは、面白そうに見つめていた。




 彩矢が話し終えると、姉貴と美夏はウンウンと頷く。

 そして、二人は彩矢の手を取る。


 「彩矢さん。これからは、実の姉だと思って慕ってくれ」


 「彩矢お姉ちゃん。野山家の一員にようこそ」


 「結婚したわけじゃない!」


 俺は、先走る二人に釘を刺した。


 「バカかお前は? 彩矢さん以外にお前を選ぶ女性がいると思っているのか!」


 「そうだよ。彩矢お姉ちゃんを逃したら、一生、一人で寂しく、エロ本とかの卑猥な物に囲まれて生きて行くことになるんだよ。そんな家族、こっちには大迷惑なんだけど」


 酷い言われようだ……。

 そして、皆からは、堪える笑いがクスクスと漏れ出ていた。

 視線を向けると、皆は顔を逸らす。


 「……」


 姉貴と美夏に彩矢が迎え入れられたことは、とても嬉しかったのだが、何故か素直には喜べなかった。




 女性陣を中心として、話しは個々のことからファッションまでと様々な話題へと移っていく。

 そして、俺の大学生活の近況にまでたどり着いてしまった。

 俺が嫌そうな顔をしていると、込山さんが意を決したように手を挙げる。

 何を言い出すつもりだと、警戒するように彼女へ視線を向けた。

 すると、彼女が姉貴と美夏に話し出したのは、『妬みのG』のことだった。

 話しが進むにつれて、二人の顔が険しくなっていく。

 俺たちは、あのおぞましい恐怖体験を思い出し、誰もが顔を強張らせていた。

 込山さんが話し終えると、姉貴と美夏が俺を睨みつける。


 「浩太! 変な物をこの家に持ち込むな!」


 バンとテーブルを叩いた姉貴に怒鳴られた。


 「そうだよ。それどころか、彩矢お姉ちゃんも巻き込んで、何をしてんの!?」


 美夏も俺を責めてくる。

 いや待て、なんで俺が責められるんだ?


 「あー、クソッ! 面倒くさそうなことを持ち込みやがって。愚弟のしでかしたこととあっては、見て見ぬ振りも出来ないじゃないか」


 姉貴はイラつきながら、嫌そうな顔で俺を睨む。


 「彩矢お姉ちゃんは彼女さんだから、百歩譲って仕方ないとしても、早紀ちゃんたちまで巻き込むことないじゃない! なんで、よそ様に迷惑をかけるのよ」


 美夏もイラつき、俺に呆れた視線を送る。

 だから、なんで俺が悪くなっているんだ。そもそも、早紀さんを巻き込んだのは、込山さんだ。


 「……」


 どうせ、こちらの話しは聞いてくれないと思った俺は、口答えを我慢する。

 そして、込山さんに視線を向ける。

 彼女は二人に同意するように、ウンウンと頷いていた。

 今まで生きてきて、女性をこれほど憎らしいと思えたのは初めてだ。

 俺の心情を察してか、込山さん以外の皆は気まずそうにしている。

 特に彩矢は、俺だけが責められていることを心配しているようで、悲し気な表情を浮かべていた。

 どんな時でも、俺のことを心配して、味方になってくれる人がいることに励まされた俺は、姉貴と美夏に言われたことなど気にも留めずに、満足する。


 「何を満足そうな顔をしてるんだ!」


 ガコッ。


 「痛っ!」

 

 姉貴のげんこつが飛んできた。


 「彼女が出来たからって、調子に乗るな!」


 ゲシッ。


 続いて、わざわざ立ちあがった美夏が、俺の額にまわし蹴りをくらわせてきた。


 「ぐはっ!」


 バタン。


 俺は、その場で伸びてしまった。




 「彩矢さん、皆も、浩太が関わっている以上、『妬みのG』をやっつけるのに、私と美夏も協力しよう」


 「「「「「ありがとうございます」」」」」


 うっすらと意識が戻って来ると、姉貴と皆の声が聞こえた。


 「御守りが効くなら、うちには祭事に使う御神刀があるから、それで斬れば、やっつけられるんじゃない」


 「そうだな。美夏、用意しておいてくれ」


 「うん、分かった」


 姉貴と美夏が協力してくれるなら、心強い。


 「「「「「ありがとうございます」」」」」


 皆が二人に感謝を述べている。

 その後も、『妬みのG』を退治する会話が聞こえていたが、俺は目を覚ますことも起き上がることも出来ず、ただ脳天と額に少しの痛みを感じることだけは出来ていた。

 そして、そんな夢見心地のまま、再び俺の意識は遠のいていった。




 「もう、こんな時間か。佐々木たちも、そろそろ到着する頃だろう」


 再び、うっすらと意識が戻って来ると、姉貴の声が聞こえた。

 すぐには起き上がれそうにないが、今度は、さっきよりもハッキリとした感覚もあった。


 「ここが初めての人が多いらしいから、結構、時間が掛かってるね」


 美夏の声も聞こえてくる。


 「これは、鍛えがいがありそうだな」


 姉貴が嬉しそうだ。


 「でも、今日は、もう動けないと思うよ」


 「まあ、初日くらいは、ゆっくりさせてやろう」


 「お姉ちゃん、やさしー!」


 美夏よ。それは優しさとは言わん。


 「まあ、粋がった挙句、浩太に負けたような奴もいるんだ。仕方ないさ」


 「お兄ちゃん、弱くなったね。ってことは、負けた奴って、どれくらい弱いのかな?」


 「その人なら、この沙友里ちゃんよりも弱いらしいです」


 込山さんの声も混じってきた。


 「ダメダメだな」


 「ダメダメだね」


 「ダメダメです」


 なんか、言いたい放題だな。笹島、すまん。


 「それにしても、こいつはいつまで伸びてるんだ」


 俺のことか? そろそろ起き上がってもいいんだが、後頭部の柔らかい感触が捨てがたくて、起きる気になれん。


 「彩矢お姉ちゃんの膝の上で、幸せそうにしている顔がムカつくんだけど」


 彩矢に膝枕をしてもらっているのか。これは起きるわけにはいかん。


 ピンポーン。


 「おっ、佐々木たちが着いたようだ」


 「お姉ちゃん。合宿所の浴場の用意は出来てるから、先に入ってもらっちゃってよ。その間に、夕飯を並べておくから、上がったら食堂に来てもらって」


 「分かった。私は出迎えに行くが、美夏、そこの愚弟を起こしておいてくれ」


 「分かった。やり方は?」


 「美夏に任せる」


 「一発で飛び上がらせてみせるよ」


 なんか、物騒な話しになってきたような……。

 姉貴が去って行く音が聞こえる。


 「さてと、彩矢お姉ちゃん、お兄ちゃんの頭を強く押さえつけてくれる」


 「美夏ちゃん? 何をするの?」


 「お兄ちゃんの鼻の穴に、これを突っ込むんだよ」


 「嘘!? それって……」


 彩矢が絶句しているようなのだが……。


 「チューブタイプだから、鼻の奥まで届くし、一発で飛び起きるのは間違いなし!」


 美夏が嬉しそうだ。っていうか、何をする気だ?


 「さあ、お兄ちゃーん。生わさびを召し上がれー。特選だから、おいちいでちゅよー」


 「やめんか!」


 そんな物を鼻に突っ込まれてたまるか!

 俺は飛び起きた。


 ボムッ。


 大きな弾力のある塊にぶつかり、膝へと弾き返された。

 何だ?

 良く確かめると、彩矢の胸だった。

 彼女が赤らんだ顔で覗き込んでくると、俺の顔も紅潮していくのを感じる。

 恥ずかしそうに、お互いを見つめ合う。


 「チッ、起きやがった」


 しかし、甘ずっぱっくなりそうな雰囲気は、美夏の舌打ちで台無しとなった。


 「何をイチャラブしてるんですか! 奴が出てきたらどうするんですか!?」


 込山さんが嫌なことを思い出させる。

 俺と彩矢は、すぐに離れるのだった。


 「でもこれって、彩矢ちゃんと野山君のどちらかを気絶させて、一緒に寝た時は出てこないってことじゃない?」


 美紀先輩が物騒なことを言いだす。


 「「「「「なるほど」」」」」


 なんで、皆も納得してるんだ。


 「これは、もう一度、野山君を気絶させて検証するべきですね」


 「よしきた!」


 込山さんの提案に喜ぶ美夏。


 「やめんか!」


 俺は、即座に美夏との距離を取るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る