第36話 実家

 道場の来客用駐車場に停まっているバスの横に、美紀先輩は車を停めた。


 「つ、着いた……」


 込山さんの運転とは違う意味で怖かった美紀先輩の運転から解放された俺は、つぶやく。


 「皆、お疲れ様」


 運転席から後ろを振り向く美紀先輩は、やり切った感と満足した表情を浮かべている。


 「「「「「お、お疲れ……様、です……」」」」」


 皆はゲッソリした顔で答えた。


 「フゥー。久々に疲れたわ。でも、暗くならないうちに着けて良かった」


 そう言って車を降りる美紀先輩は、外に出ると、ストレッチを始める。

 俺たちも車を降りるが、助手席の早紀さんだけは降りてこない。


 「早紀、どうしたのかしら?」


 武岡さんは、早紀さんを迎えに行った。


 「えっ! ちょっと早紀、大丈夫!?」


 助手席のドアを開けて、早紀さんを揺すっている武岡さんのもとに、俺たちも向かう。

 助手席を覗くと、白目をむいた早紀さんが伸びていた。

 読モのように可愛い早紀さんのアホ面。これはレアなのではと、俺は失礼なことを思ってしまう。


 カシャ、カシャ。


 「こんなレアな顔は、記録に残さねば!」


 一眼レフで写真を撮りまくる込山さん。

 俺よりも失礼な人がいた……。


 武岡さんが早紀さんの身体を揺すっていると、彼女は目を覚ます。


 「こ、ここは……?」


 早紀さんはキョロキョロとする。


 「天国です」


 「「「「「ちがーう!!!」」」」」


 俺たちは、込山さんに向かって怒鳴った。


 「しおりん。それはどういう意味かしら」


 美紀先輩は、込山さんの肩に手を掛ける。


 「いえ、別に大した意味は……」


 「ちょっと、向こうで話し合ったほうがいいわね」


 「ヒィッ!」


 駐車場の端のほうへと引きずられていく込山さんを、俺たちは見送った。




 「じゃあ、俺は裏門を開けてくるから」


 早紀さんのことを皆に任せて、駐車場の少し先にある私道の入り口に向かった。

 鍵を束ねているキーホルダーを出して、裏門のカギを見つけながら歩いていると、彩矢が追いかけてきて、俺の隣を歩き出す。


 「どうしたの?」


 「面白そうだから」


 「裏門を開けるだけだよ」


 「それでもいいの」


 そう言って、彼女は俺の隣を並んで歩く。


 二メートルくらいの幅の私道の前に着いた。


 ギィィィー。


 鍵を外し、観音開きの門扉を開く。


 「私道の看板を立ててるのに、門もあるんだ」


 彩矢は、そばにある立て看板を指差した。


 「観光客とかが、山菜やキノコを取ろうと勝手に入ってくるから」


 「迷惑だね」


 「門がなかった頃なんて、「ここは私有地だから」って注意すると、逆ギレされて大変だったんだ」


 「そ、そうなんだ……」


 彩矢は苦笑した。


 俺は遠崎に電話を掛けて、車をこちらにまわしてもらう。

 遠崎が運転する車が敷地内に入ると、再び門扉を閉め、鍵もかけた。


 「砂利道で凸凹しているところがあるし、幅が狭いところもあるから気を付けて」


 俺は車に乗り込みながら、注意をした。

 そして、俺と彩矢が席に着いたのを確認してから、遠崎は車を出す。


 夕方とはいえ、まだ陽は高いというのに、道路を包み込むように木々が生い茂り、薄暗く感じる。


 「陽が出てるから、まだ大丈夫よね?」


 助手席に座る美紀先輩が振り返り、質問をしてきた。

 そう言えば、暗くならないことを気にしていたな。


 「えーと、何がですか?」


 俺が答えると、彼女は眉間に皺を寄せる。


 「だって、『妬みのG』は暗くなると出るんでしょ。運転中に出たら事故るわよ」


 「「「「「!!!」」」」」


 俺たちも気付き、驚く。


 「たぶん、大丈夫かと……」


 曖昧な返事をした俺は振り返り、込山さんを見る。


 「私の集めた情報によると、暗くなるのが条件ではなく、就寝しようとすることが条件のようなので、おそらく大丈夫かと……」


 スマホを見ながら答える込山さん。


 「はっきりとは分かっていないのよね」


 美紀先輩は不安そうに尋ねた。


 「まあ、最悪、出てきたら、男どもを降ろして、私たち女性だけで居れば大丈夫です」


 「そうなんだ」


 どこかホッとする美紀先輩。

 だが、出てきたら、俺と遠崎は車を降ろされてしまう。

 俺は、「出てくるな」と、祈るように願うのだった。




 悪路を走ってきた車は、開けた場所へとたどり着いた。

 目の前には母屋、道場と兼用の離れ、そして、納屋とガレージがある。


 「遠崎。ガレージの脇のスペースが来客用だから」


 「分かった」


 彼が車を駐車させると、俺たちは荷物を持って、車から降りた。

 道場のほうを見るが、大勢の人が訪れた気配はない。

 武術研究会の皆は、まだ着いていないのか。


 「先に上がって待っていよう」


 俺が母屋に向かうと、彩矢を先頭に、俺の後ろをついてくる。


 「ただいまー!」


 玄関に入ると、ドタバタと階段を駆け降りてくる音がした。


 「はーい! どちら様ですか?」


 妹の美夏が姿を現す。


 「ただいまって、言っただろ!」


 「なーんだ、お兄ちゃんか。じゃ」


 俺を見た途端、軽く手を挙げ、立ち去ろうとする美夏。


 「待て待て、「じゃ」じゃないだろ。お客さんも居るのに失礼だろ」


 「お客さんって、お兄ちゃんの友達でしょ」


 「そうだけど」


 「どうせ、お姉ちゃん目当てのバカどもでしょ」


 「良く見ろ! あの連中とは違う」


 「「「「「こ、こんにちは……」」」」」


 皆は困惑しながら、挨拶をする。


 「美夏ちゃん。お久しぶり」


 早紀さんが美夏に手を振った。


 「ん? んん? ……あっ! 早紀ちゃん? 早紀ちゃんなの?」


 「う、うん。早紀です」


 「うわー。久しぶりだね」


 美夏は俺を押しのけて、早紀さんに飛びついた。


 「なんか、雑誌に載ってる人みたいになっちゃって、すごーい!」


 「えーと、ありがとう。美夏ちゃんも奇麗になったね」


 「エヘ、エヘヘヘヘ」


 俺の時とは、態度が違いすぎる。そして、気持ち悪い……。


 「こちら、私の友達と先輩」


 「「「「こんにちは」」」」


 早紀さんが手で指すと、皆は再び挨拶をした。


 「こんにちは。どうぞ上がって下さい」


 美夏はスリッパを並べる。


 「「「「「お邪魔します」」」」」


 「お兄ちゃん。私はお茶の用意をしてくるから、リビングにお通しして」


 「……」


 妹の豹変ぶりに、俺は呆然とする。


 「お兄ちゃん、何してるの? テキパキ動く! 返事は?」


 「は、はい」


 俺が返事をすると、美夏は廊下の奥へと去って行く。

 そして、皆の何とも言えない視線が、俺に集中する。


 「野山君って、昔からろくでもない友達しかいなかったんですね。可哀相に……」


 込山さんは、嘆くように同情をしてくる。


 「余計なお世話だ!」


 俺が怒鳴ると、皆は声を潜めるように笑いした。

 は、恥ずかしい……。




 リビングに皆を案内し、適当に座ってもらう。

 すると、お茶とお茶菓子を載せたお盆を持った美夏が現れ、その後ろには、姉の千秋もいた。


 「「「「「お邪魔しています」」」」」


 「そこのバカの姉の千秋です。ようこそ、おいで下さいました。こちらに滞在の期間は、我が家だと思って、おくつろぎ下さい」


 「そこのクズの妹の美夏です。困ったことがあったら、なんでも言って下さい」


 ん? なんで、バカやクズ呼ばわりされているんだ……。


 「「「「「……よ、よろしくお願いします」」」」」


 皆は困惑しながら、頭を下げていた。


 真ん中にある大きなテーブルを囲うように皆で座る。

 すると、美紀先輩から順に自己紹介と挨拶をしていく。

 遠崎の順番が来ると、姉貴と美夏は驚いたいた表情を浮かべる。


 「そんなイケメンなのに……、お兄ちゃんといたら格が下がるのに……、なんで、お兄ちゃんなんかの友達に?」


 「どういう意味だ!」


 「言葉のまんまよ!」


 俺と美夏が睨み合う中、遠崎は困惑していた。

 見かねた武岡さんが、姉貴と美夏に今までの経緯を、まだ自己紹介を終えていない彩矢と『妬みのG』のことを省いて話し出す。

 二人は面白がるように、彼女の話しに耳を傾けた。

 そして、彼女が話し終えると、二人は哀れむような目を俺に向ける。


 「何だよ」


 「お兄ちゃんって、大学に行ってもろくでもない友達しか出来なかったんだね」


 「浩太。お前の場合は、良く相手を吟味してから友達を作れと、いつも言っているだろう」


 「花園と寄居はともかく、高校時代までの友達を悪く言うな!」


 俺が反論すると、二人は眉間に皺を寄せる。


 「だが、お前が連れてきた友達は、家の中をうろついて、私と美夏の部屋を覗いていたんだぞ」


 姉貴の話しを聞いて、女性陣が嫌そうな表情を浮かべた。


 「それは、高校は男子校だったし、中学も俺の代には女の子がいなかったから」


 「でも、洗濯かごを漁ってたり、庭に干していた下着を眺めて、ジュースを飲みながら楽しそうに団欒していた連中だよ」


 今度は美夏の話しを聞いて、顔を引きつらせる女性陣。


 「ギルティー!」


 込山さんが叫ぶと、皆は大きく頷く。


 「野山。さすがにそれは、友達を選んだほうがいいと僕も思うよ。野山の周りにはまともな奴はいなかったの?」


 そして、遠崎までもが困り顔を浮かべた。


 「そんなことをしない礼儀正しい子もいたんだが、そういう子に限って、引っ越してしまったり、部活などで浩太との関係が希薄になっていってしまうんだ」


 姉貴が残念そうに言うと、皆も残念そうにうつむく。

 なんか、場の空気が重いというか気まずくなる。

 そして、しばらくの間、沈黙の時間が続くのだった。

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