第34話 車中

 合宿先となる俺の実家に向かうべく、武術研究会の会員が集まる大学の駐車場に、俺、彩矢、武岡さん、遠崎、込山さん、早紀さんも集まる。

 早紀さんのお兄さんである会長の佐々木さんと美紀先輩に挨拶を済ませると、遠崎が実家から借りてきたミニバンに向かった。


 「早紀さんは、向こうなのでは?」


 俺は武術研究会が乗り込んでいる中型のバスを指差した。


 「私は幽霊会員みたいなものだから、こっちでいいのよ」


 彼女は、遠崎のミニバンを指差す。


 「それに、お兄ちゃんと長時間一緒にいるのは、ちょっと……」


 「なるほど。俺も人のいる前で姉貴や妹と長時間一緒にいるのは、気まずくて苦手だから、良く分かる」


 俺と早紀さんは、握手をして頷き合った。


 「あっ、浮気だ」


 「「ちがーう!」」


 二人で込山さんを睨むと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、逃げるようにミニバンへ乗り込んだ。


 「ジー」


 彩矢はオノマトペを口に出しながら、俺たちを疑うような目で見る。


 「彩矢、違うから。兄弟あるあるで共感しただけだから」


 「そうそう」


 「本当に?」


 まだ疑いの目を向けてくる。


 「「本当に!」」


 二人で声を大きくして断言した。


 「なら、いいんだけど」


 彩矢は納得してくれたようだ。

 ホッとした俺と早紀さんは、ミニバンの窓を開けてこちらの様子を楽しんでいた込山さんを睨みつける。

 すると、彼女は窓を閉めてしまい、ズモークガラスに反射した俺たちの姿が映るだけとなった。




 俺たちがミニバンに乗り込んで少し待っていると、武術研究会の皆を乗せたバスが動き出す。


 「じゃあ、出すよ」


 そう言って、遠崎は前方のバスを追いかけるように、ミニバンを走らせた。

 大学の駐車場を出ると、高速道路に向かって行く。

 助手席に座る武岡さんは、運転する遠崎と話しながら、ナビの画面に登録された俺の実家までの道順を確かめている。

 俺の隣では、彩矢がコンビニのビニール袋をゴソゴソと漁り、飲み物を取り出すと、皆に配っていく。


 「ありがとう」


 彩矢からお茶を渡された俺がお礼を言うと、彼女はニコッと微笑んだ。

 可愛い。


 「なんか、この車がピンク色の雰囲気に包まれつつあるんですけど、早紀ちゃん、なんとかして下さい」


 「私に振るな。別にいいじゃない」


 「本当にいいんですか? このままではバカップル二組のドライブデートを永遠と見せつけられるんですよ」


 「私は、永遠としおりんの相手をさせられるほうが辛いわ」


 「そんなことを言って、本当は私の相手が出来て嬉しいくせに、このツンデレさん」


 「サービスエリアに着いたら、向こうのバスに移ったほうが良さそうね」


 「ごめんなさい。こんな破廉恥な車内に、私だけを残さないで下さい」


 後方では、込山さんの愚痴と、それに対応する早紀さんの会話が聞こえてくる。


 「そういうことなんで、この車は車内恋愛禁止とします。車だけに」


 俺と彩矢の座席の間から、何故か得意げな込山さんが顔を出す。


 「「「「「……」」」」」


 俺たちは、呆れて何も言えなかった。




 高速道路に入ってしばらくすると、休憩をとるためにサービスエリアへと入って行く。 

 武術研究会のバスの近くに駐車する。

 武術研究会の皆はバスを降りて、売店や食堂が入っている建物のほうへと向かっていた。

 俺たちも彼らを追うように、その建物へ向かった。

 建物のそばに来ると、屋台のようなお店が並んでおり、香ばしい匂いが漂ってくる。


 「美味しそうな物がいっぱいだね」


 俺と腕を組んでいた彩矢が、物欲しそうに建ち並ぶ屋台を見つめている。


 「何か食べようか」


 「そうだね。少しお店を見てみよう」


 俺と彩矢は、建物の中には向かわず、屋台のほうへと足を向けた。


 「ちょっと、まだ食べるの?」


 背後から、武岡さんの声がする。

 俺たちは振り返った。


 「彩矢。さっき、車でお菓子を食べまくってたじゃない」


 「えーと、育ち盛りだから……」


 彩矢は、はにかみながら答える。


 「それ、まだ育つんですか?」


 込山さんの一言で、皆の視線が彩矢の胸に向かった。


 「違うよ。まだ育ってるけど、そうじゃないの」


 ズーン。


 彩矢の言葉で、重く沈んだ空気が漂う。

 そして、武岡さん、込山さん、早紀さんが胸を押さえて落ち込んだ。


 「「……」」


 俺と遠崎は無言のままお互いに頷き合い、三猿を決め込むと、周りに広がる自然豊かな景色に目を向けるのだった。


 結局、屋台では何も買わずに建物の中に入る。

 そして、武術研究会の皆とは、フードコーナーで合流した。


 「野山君、早紀ちゃんから話しを聞いたよ」


 俺たちが空いている席に着くと、美紀先輩が話しかけてくる。


 「なんか、『妬みのG』とか言う怪奇現象にとりつかれてるんだって」


 とりつかれてるって……。


 「ええ、まあ」


 俺は返答に困った。


 「合宿の時に何か起きたら、すぐに言うのよ。これだけの人数がいるんだから、なんとかなるわよ」


 彼女が武術研究会の皆を手で指すと、彼らはこちらに向かって、任せろと言わんばかりに親指を立てた。

 心強い。そして、とても嬉しい。


 「美紀先輩、それくらいにしておかないと、野山君が感動で泣いちゃいますよ」


 込山さんがからかってくる。


 「やかましいわ!」


 ウルッとした目で俺が怒鳴ると、皆は笑い出すのだった。




 バスがサービスエリアを出発すると、俺を乗せたミニバンも出発する。

 彩矢と武岡さん、早紀さんが最後尾の席に三人で座り、その前の席には、込山さんと運転を交代した遠崎と俺が座る。

 助手席には、こちらの車に移ってきた美紀先輩が座った。

 込山さんの運転には少し不安を感じるが、美紀先輩が隣に座っているのだから大丈夫だろう。

 まあ、免許を持っているのが、遠崎と込山さん、美紀先輩しかいないので、三人で交代して運転するしかない。

 それに、込山さんに運転をさせておいたほうが大人しくて済みそうだ。


 「しおりん、もっと車間を空けて!」


 「でも、バスとの間に割り込まれちゃいますよ」


 「一番左の車線なんだから、割り込まれても大丈夫だから、もっと車間を空けなさい。この速度でバスが急ブレーキをかけたら、こっちが突っ込んじゃうわよ!」


 込山さんと美紀先輩の会話を聞いた俺たちは、アシストグリップを掴む。


 ……。

 …………。

 ………………。


 込山さんの運転になってからは、車内は沈黙に包まれていた。

 話す暇などないほどに、安全に走っているかを、常に窓から確認していないと気が気ではなかったからだ。


 「なんか、右に寄って行っているような……」


 彩矢の言葉に、皆で確認する。

 確かに、車線との隙間が狭くなっていた。


 「込山さん、中央に寄って行ってるよ」


 俺は注意をする。


 「えっ、そうですか?」


 「確かに寄って行ってるわよ」


 美紀さんにも注意をされた込山さんは、ハンドルを少し傾けた。


 ヴィィィーン。


 「しおりん、今度は左に寄せすぎ。白線を踏んでるわよ」


 白線を踏んだタイヤが、車内に振動とその音を響き渡らせる。

 車内には緊張感が漂った。

 そのタイミングで、前を走るバスが中央車線に車線変更をした。

 込山さんは右ウインカーを出すと、バスに続いて中央車線へと移ろうとする。


 「あっ、車が来てるわよ!」


 後方を見ていた早紀さんが注意をした。


 「強引に割り込めば、大丈夫です」


 「「「「「ダメー!!!」」」」」


 とんでもないことを言いだす込山さんに、皆で叫んだ。

 込山さんが渋々と走行車線を戻すとすぐに、後ろから来たスポーツセダンが、勢いよく抜き去って行き、前のバスをも追い越し車線に移動して抜き去って行く。 


 ヴィィィーン。


 飛ばしている車に目を奪われていた俺たちは、込山さんが車を戻しすぎて、再び白線を踏んだことで青ざめ、彼女に視線を向ける。


 「あっ! 車線減少の看板が出てるよ」


 遠崎がオレンジ色の立て看板を見つめ、忠告した。

 走行車線を塞ぐカラーコーンが迫ってくる。


 「早く車線変更しないと」


 「分かってますよ。焦らせないで下さい」


 込山さんは、チラチラとドアミラーを見ながら運転し、車線変更のタイミングを計っていた。

 その間も、カラーコーンは迫り続ける。

 『妬みのG』とは異なる恐怖が、俺たちを襲う。

 焦りながら後方を見る。

 後続の車が右ウインカーを出しては、中央車線に移動し、俺たちを抜いて行く。

 運転をする込山さんに視線を戻した俺は、あることに気付いた。


 「込山さん。ウインカーが出てない!」


 「あっ! 忘れてました」


 「「「「「……」」」」」


 カチカチカチ――。


 沈黙する車内にウインカーの音だけが響く。

 先方では、左側の路肩に複数のカラーコーンと看板が見え始める。

 焦りと緊張と恐怖で胃が痛くなりそうだ。

 俺たちの横を、後続の車たちがひっきりなしに追い抜いて行くようになった。

 車線減少の看板に表記された数値が減るにつれて、車線変更のタイミングも減っていく。


 「早く移らないと」


 「分かってますよ。焦らせないで下さい」


 込山さんは、ドアミラーとバックミラーを確認しまくる。


 ウィーン。


 彩矢が窓を開けた。

 車内に巻き込んだ風が入ってくる。

 彼女は手を出すと、後方から来る車に向かって手を振った。

 すると、その車は俺たちの車の速度に合わせるように速度を落とすと、パッシングを数回行う。


 「しおりん、譲ってくれるって、早く入って!」


 美紀先輩の言葉を合図に、込山さんは勢いよく中央車線に移動した。


 「「「「「ヒィー!!!」」」」」


 皆で悲鳴を上げる。


 「なんで、そんなに勢いよく車線変更するのよ!」


 美紀先輩は、声を荒げた。


 「急いでいたもので……」


 「譲ってくれてるんだから、普通に車線変更すればいいのよ!」


 気まずそうに頬を掻く込山さんを、美紀先輩は睨みつけるのだった。

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