第33話 テスト明け

 『妬みのG』の検証を終えてからの二週間。

 俺、彩矢、武岡さん、遠崎、込山さん、早紀さんの六人で集まり、テスト勉強することがほとんどだった。

 そして、泊まりになる時は、『妬みのG』対策のために、男女別々の部屋で寝ていた。

 男女が別々の部屋で寝るほうが当たり前なのだが、『妬みのG』のせいで、強制されている感覚に陥っていた俺たちは、思考がズレていた。

 さらに、込山さんの「別れたほうが良い」と言う検証結果が、余計に思考のズレを広げたいたのだった。


 そんな勉強会の日々も終わり、テスト期間が始まると、皆で遠崎の部屋に集まることは少なくなる。

 寂しくも感じるが、テストが終われば、また彩矢や皆と遊べる。

 そんなことを思いながら、俺はテストを乗り越えるのだった。




 約一週間のテスト期間が終わった。

 一人でいた去年とは違い、これから夏休みだと、俺は喜ぶ。

 しかし、『妬みのG』を何とかしないと、彩矢と二人で泊りがけの旅行にも行けない。

 今年は大学生らしい夏休みが過ごせるというのに、どこか憂鬱になる。


 俺は中庭のベンチに座り、彩矢と皆が合流するのを待つ。


 「あ、いたいた」


 彩矢がこちらに手を振り、向かってくる。

 その後ろには、遠崎と武岡さん。そして、そのさらに後ろからは、込山さんと早紀さんが、こちらへ向かって来ていた。


 立ちあがると、彩矢は嬉しそうに俺の腕にギュウとしがみついてくる。

 俺は、腕を挟み込んでくる弾力のある感触を満喫した。


 「「「スケベ」」」


 そんな俺を蔑む目で見る武岡さん、早紀さん、込山さん。

 否定はしない。だが、武岡さんと腕を組んでいる遠崎が何も言われないのは、ズルい。


 「なんで、遠崎は……」

 「テストはどうでしたか?」


 口を開く俺を遮るように、込山さんが皆に向かって質問をした。


 「ん? 野山君、何か言いいました?」


 「何でもない……」


 「それで、試験はどうでしたか?」


 質問を言い直す込山さん。


 「まあ、色々あったせいで、今回はなんとか及第点は取れたって感じかな」


 早紀さんが答える。


 「「私も」」

 「僕も」

 「俺も」


 そして、俺たちも答えた。


 「私はバッチシです!」


 「「「「「なんで!?」」」」」


 ドヤ顔の込山さんに向かって、叫んだ。


 「それは、どういう意味ですか?」


 彼女は不服そうな顔をする。


 「だって、寝てばっかだったじゃないか!」


 俺が答えると、皆は大きく頷いた。


 「勉強なんてものは量より質です。要領よくやれば、当然の結果が出るんです。それに、私、天才ですから。フッフッフ」


 ドヤ顔で笑みを浮かべる彼女の顔が、とても腹立たしい。


 「そう言えば、しおりんって、何故か、いつも成績がいいのよね」


 早紀さんの言葉に、俺たちは納得がいかないといった表情を浮かべた。


 「フッ。私、天才ですから」


 額に片手を添えてうつむき、カッコつける込山さん。


 「災いのほうのの間違いじゃ?」


 俺は皮肉った。


 「何とでも言って下さい。成績が発表される夏休み明けが楽しみですね。ハッハッハ」


 「「「「「……」」」」」


 俺たちの誰もが悔しいと思いながらも、返す言葉を見つけられなかった。




 ポン。


 突然、早紀さんが思い出したかのように手追叩いた。


 「そうだ。合宿のことを相談しないとだった」


 「何の合宿?」


 「「「「「……」」」」」


 俺が首を傾げると、皆は驚きとも呆れているとも思える表情を俺に向ける。


 「合宿のことを、笹島君から言われてたよ」


 彩矢は、困り顔で俺の顔を覗き込んだ。


 「あっ!」


 「「「「「……」」」」」


 黙ったままの皆の視線が痛い……。


 「ヤ、ヤバい。姉貴に連絡を入れていない……」


 青ざめる俺を見て、皆は不思議がる。


 「何を焦ってるの? すでに武術研究会の合宿は申し込んであるから大丈夫よ」


 早紀さんは、首を傾げた。


 「そうじゃなくて、「よろしく言っておいてくれ」と言われていたのに、連絡を入れてなかったから、姉貴に「礼儀がなっていない」と殺される……」


 「「「「「……」」」」」


 皆の顔が引きつった。

 そして、俺は恐怖と焦りでオロオロとする。


 「えーと、今、電話したら?」


 「そうだ! ありがとう」


 俺は助言をくれた武岡さんの手を握り、ブンブンと振った。


 「どんだけ、焦ってんのよ……」


 彼女が困り顔になると、皆も同じ表情を浮かべていた。




 さっそく電話を掛けた。

 呼び出し音はなっているが、なかなか出ない。

 誰もいないのかな?


 「はい、野山です」


 切ろうと思った瞬間に、女性の声が電話口に出た。


 「もしもし、オレオレ。オレだけど……」


 「プツン」


 「あっ、切られた……」


 俺が首を傾げると、皆は頭を抱えていた。


 「当たり前です。それでは、詐欺の電話みたいじゃないですか!」


 込山さんが呆れた表情で怒鳴ってくる。


 「そんなことを言われたも……」


 「もう一回、掛けなおして下さい。今度はスピーカーで」


 込山さんに言われ、俺は素直に従う。


 「プルルルル、プルルルル。はい、野山です」


 今度はすぐに出た。


 「もしもし、浩太だけど……」


 しまった! 何を言うかを考えていなかった。


 「もしもし? お兄ちゃん?」


 電話口に出たのは妹の美夏だった。


 「ああ、そうだよ。美夏か?」


 「そうだよ」


 声色が大人びて聞こえ、姉貴との区別がつきにくかった。


 「そんな経っていないのに声色が大人びてたから、姉貴かと思って、すぐには分からなかったよ」


 「まあ、成長期だから。それに、私もいっぱしの女性になったってことだよ」


 「それは無い」


 「プツン」


 「あっ、また切られた」


 「「「「「当たり前だ!!!」」」」」


 皆は俺に怒鳴り、頭を抱える。


 「年頃の女の子に、そんなことを言ったら、切られるに決まってるでしょ! 早く掛けなおしなさいよ!」


 オロオロとする俺を、早紀さんは急かすように怒鳴った。


 「わ、分かった」


 電話を掛けなおす。


 「出たら、すぐに謝るのよ」


 俺は、早紀さんに向かってコクコクと頷いた。


 「もしもし……」


 美夏の不機嫌な声がスマホから響く。


 「美夏、ごめん」


 「……は?」


 謝っただけでは、機嫌は直らなさそうだ。


 「妹さん、ごめんね。お兄さんには、後で私たちがしっかりと叱っておくから。本当にごめんね」


 早紀さんは、俺の持つスマホに向かってペコペコと頭を下げる。


 「えっ? 誰?」


 「妻の彩矢です」


 込山さんが声色を替えて、ふざけたことを言いだした。


 「えっ?」


 「「「「「ちがーう!」」」」」


 俺たちは、込山さんを睨みつけて叫んだ。

 これ以上、ややこしくしないでくれ……。


 「お姉ちゃーん! お兄ちゃんが、現地妻を作ったことを報告してきたよー!」


 「何を言ってるんだ! 変な報告をするな!」


 電話の向こうで叫ぶ美夏に怒鳴った。


 「おい、浩太。現地妻とはどういうことだ?」


 「ヒィー!」


 電話口に出た姉貴の声を聞いて、俺は悲鳴を上げる。


 「現地妻じゃない。彼女だよ。彼女」


 「ほーう。勉学に励むのではなく、女に励んでいたと」


 「そうじゃない。勉強はちゃんとしてるから」


 俺の額に嫌な汗がにじんでくる。


 「言い訳にしか聞こえん。それで、子供はいつ生まれるんだ?」


 「そんなことはしてないよ」


 「情けない。そっちに行っても、奥手のままか……。ヘタレ」


 「俺にどうしろと!」


 電話口の向こうで、美夏がケラケラと笑う声が聞こえてくる。


 「これ、からかわれてるわね」


 「うん、からかわれてるね」


 こちらでは、武岡さんと遠崎が苦笑していた。

 そして、込山さんと早紀さんはお腹を抱えて笑い、彩矢は顔を真っ赤にしてモジモジと照れていた。




 「冗談はさておき、浩太、何の用だ?」


 冗談って……もう嫌だ……。


 「うちの大学の武術研究会の合宿のことで、会長の佐々木さんから、よろしくって」


 俺は、げんなりとしながら答えた。


 「そうか。話しは聞いている。お前も友達と一緒に参加するとも聞いている」


 「えっ?」


 俺が早紀さんに目を向けると、皆も驚いた顔で彼女を見る。


 「だから、その話しをしようと……」


 早紀さんは気まずそうな顔をした。


 「まあ、浩太と友達は、私が直々に鍛えてやろう。ありがたく思え」


 全然、ありがたくない。と思いつつも口には出せない。


 「じゃあ、切るぞ」


 「う、うん」


 「お姉ちゃん。もしかして、お兄ちゃんって、仲良くしてくれた女の人を彼女だと思い込んでんじゃないの? プツン」


 美夏の置き土産を残して、電話が切れると、皆はお腹を抱えて笑いだすのだった。




 その後、早紀さんのお兄さんが、俺たちも合宿に参加する方向で、勝手に話しが進められていたことを、早紀さんから聞かされる。

 彼女はペコペコと何度も頭を下げていたが、皆は俺の実家に行けるのならと、少し嬉しそうに、彼女を許した。

 そして、合宿の日程が来週と知ると、俺たちは、少し焦るように準備のことや交通手段などを話し合うのだった。

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