第32話 検証二日目

 どのくらい経ったのだろうか?

 ふと、目を覚ました俺は、まだ怠さの残る身体を起こすと、周りを見た。

 皆は、まだ寝ている。

 そして、時計を見ると午後の一時だった。

 恐怖で身も心も疲れ果てていたせいで、昼過ぎまで寝てしまっていたようだ。


 のそのそとゾンビが這いあがるように、皆が起き上がってきた。

 そして、やつれた顔の目にはクマも出来ていた。

 そうとう疲労が溜まっているようだ。まあ、無理もない。


 「おはよう」


 「おはよう」


 女性陣は挨拶をかわすが、その声はかすれている。

 あんなに悲鳴を上げていたのだから、のどがかれても仕方がない。


 「あー、まだ検証一日目が終わっただけなのに、二日酔いよりもしんどい」


 怠そうな込山さんのつぶやきに、俺は苦笑した。

 その後、女性陣はまとまって洗面所へと向かう。

 俺と遠崎は、女性陣が洗面所を使うのを待つ。


 「野山は、一昨日もあんな経験したんだよね?」


 待っている間に遠崎が声を掛けてきた。


 「ああ」


 「タフだね」


 「いや、正直、ヘトヘトだよ」


 「僕は昨夜だけで、もう限界だよ」


 「込山さんは「検証一日目」と言っていたから、今夜も何か検証するみたいだけど」


 「……」


 遠崎は頬を引くつかせて、黙り込んでしまった。


 女性陣が戻って来る。

 やつれた顔も目の下のクマも奇麗に消えていた。

 化粧って凄い。

 そんなことを思いながら立ちあがると、遠崎と共に洗面所へと向かう。

 洗面台や棚に並ぶ女性物の化粧品などに目が向く。


 「ほーう。武岡さんとは、しっかりとやることは済ませてますって感じだな」


 「そんなことを言うなら、今度は野山の部屋を細かくチェックしないとね」


 遠崎をからかったら、反撃された。


 「ごめんなさい」


 俺が素直に謝ると遠崎は笑いだし、俺も笑う。

 そして、二人で和やかに支度を済ませるのだった。




 俺たちが戻って来ると、女性陣は朝食……、すでに昼食の時間すら過ぎていたが、食事に準備を始めていた。

 何を作っているのかと覗いてみる。

 込山さんはサラダを作り、早紀さんは食パンを用意して、耳を切り落とす。

 そして、彩矢と武岡さんは昨日のカレーに小麦粉を加えて煮込み、硬めのルーにすると、そのルーを早紀さんが用意した食パンで包んでいく。

 カレーサンド?

 不思議そうに俺が見つめていると、サラダを作り終えた込山さんがボウルに入った卵を溶き始め、早紀さんが油を温めだす。

 すると、早紀さんはカレーを包んだパンを込山さんに渡し、彼女は溶き卵に浸すと、パン粉を敷いたバットに並べて行く。

 それを、彩矢がパン粉で包んでいくと、早紀さんに渡す。


 シュワー。


 早紀さんは、油の温度をこまめに確かめながら、丁寧に揚げていく。

 そして、こんがりとした茶色に揚がったパンがフライ敷紙の敷かれた大皿に並べられた。


 「フライ……パン?」


 「「「「ブハッ!」」」」


 俺がつぶやくと、彼女たちは吹き出す。


 「なんで、フライパンになるのよ」


 「ダジャレを利かせた料理かと……」


 早紀さんは、呆れるように俺を見つめる。


 「違うわよ。いったい、何を見てたの? どう見たってカレーパンでしょ、カ、レ、エ、パ、ン」


 言われてみれば、そうでした……。

 俺は、まだ疲れているらしい。


 テーブルにカレーパンとサラダ、飲み物が並べ、俺たちは席に着いた。


 「「「「「いただきます」」」」」


 俺は、さっそくカレーパンを食べる。

 揚げたてのカレーパンは、外はカリカリ、中はしっとりとしていて、既成のカレーパンとは違った食感で美味しかった。


 「これ、美味い!」


 俺が喜んで、二つ目を手に取ると、女性陣は得意げな表情を浮かべる。

 そして、彼女たちも手に取り、口に運ぶと、「揚げる温度が低かったかな?」「厚めの食パンのほうが良かったかな?」と反省会を始めていた。

 十分に美味しいと思うが、彼女たちにとっては満点ではなかったようだ。




 「「「「「ご馳走さま」」」」」


 食事を終えると、片付けを始めた。

 俺と遠崎が食器を洗っていると、込山さんがそばに来る。


 「今夜なんですけど、女性陣と男どもは別々の部屋で寝ましょう。もし、何かあったら合流すということでいいですか?」


 「それも検証?」


 「はい」


 「俺はいいけど、遠崎は?」


 「僕もいいよ。っていうか、今日も泊まるんだ……」


 遠崎は少し嫌そうな顔をした。


 「沙友里ちゃんとイチャラブしたい気持ちは分かりますけど、これも『妬みのG』を解明するためです。一肌脱いで下さい。でも、服を脱いで、始めないで下さいよ」


 「何を言ってるんだよ!」


 込山さんは遠崎に怒鳴られると、俺の陰に隠れ、そのまま逃げてしまった。


 「「ハァー」」


 俺と遠崎は、そんな彼女の後姿を目で追い、大きな溜息を吐くのだった。




 勉強を始めると、昨夜の疲労と満腹感で眠気が襲ってくる。

 しかし、テストを落とすわけにはいかない。

 俺は眠気と戦い、必死になって勉強をする。

 周りを見ると、皆も眠そうだった。


 「クカークカー。スピースピー」


 込山さんだけが、ソファーで大の字になって寝ている。

 この子は勉強をしないで大丈夫なのだろうか?

 そんなことを思いながら彼女を見つめていると、女の子ではなく、おやじに見えてくる。

 俺は苦笑すると、再び勉強に打ち込むのだった。


 分からない問題にぶつかると、誰かが教えてくれる。

 今まで一人黙々と勉強するだけだった俺は、皆と勉強していることが嬉しくてたまらない。

 花園と寄居の二人と一緒だった時は、「俺らはテスト対策で忙しくなるから、一緒に行動できなくなるけど、お前も頑張れよ」で済まされていたことを思い出す。

 そして、あいつらが二人でテスト対策をしていたのだろうということを、今になって気付くと、少しイラッとする。


 「野山君? さっきから百面相をしてるけど、どうしたの?」


 彩矢が俺の顔を覗き込んできた。

 俺は皆と勉強をしていることが嬉しいことと、花園と寄居のことを思い出して、ムカついてきたことを話す。


 ナデナデ。


 彩矢は哀れむように頭をなでてくる。

 そして、皆は暗い表情で俺を見つめていた。


 「大変だったね」


 彩矢が悲しそうな表情を浮かべる。


 「大変だったというよりも、いいように陥れられたって感じね」


 武岡さんが眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔をした。

 すると、早紀さんと遠崎も彼女と同じ表情で大きく頷いた。

 同情されたことで、嬉しいやら恥ずかしいやらと困ってしまうが、友達ってこういうものだったよなと、高校時代までを思い返すように実感するのだった。


 その後も雑談を交えながら、勉強を進めていく。

 皆と一緒に勉強をしていると、時間が過ぎるのが早い。

 あっという間に、窓から差し込む日差しが赤らんでいた。


 「うわっ。もう、こんな時間。帰らなくちゃ」


 早紀さんが立ちあがる。


 ガシッ。


 彼女に抱き着く込山さん。


 「しおりん? 何をしてるのかな?」


 「帰しませんよ。まだ検証は終わってません」


 さっきまで寝ていたからだろうか? 込山さんは物凄く生き生きとしていた。


 「嫌よ。私は勉強会に来ただけで、あんな恐怖体験をしに来たんじゃないわよ」


 「それも青春です」


 「「「「「そんな青春があるか!!!」」」」」


 早紀さんと声を揃えて、俺たちまでもが叫んでしまった。


 「今日の検証で、奴が出てこない条件が分かるかもしれないんです。早紀ちゃん、お願いします」


 「わ、分かったわよ」


 ウルウルとした瞳で見つめられた早紀さんは、折れてしまう。


 「しおりん、本音は?」


 安堵したように笑みを浮かべた込山さんに、彩矢が声を掛けた。


 「こんな、いつ発情してもおかしくないようなバカップル二組の中に置き去りにされたら、気まずくて仕方がないですからね」


 「「「「「……」」」」」


 俺たちは怒りを通り越して、呆然としてしまうのだった。




 夕飯はカレーうどんだった。

 遠崎の家に来てから、カレーしか食ってない。

 どんだけカレーが好きなんだ? というよりもカレーを作りすぎたんじゃないかと疑念を抱いてしまう。

 しかし、あえて触れることはしない。何故なら、美味しかったからと、わざわざ女性陣の怒りを買いにいくほど、俺の心臓は強くないからだ。


 夕飯もお風呂も終え、就寝時間が近付いてくると、込山さんが皆の前に立つ。


 「客間には女性陣が寝て、遠崎君の連れ込み部屋には、野山君が連れ込まれます」


 「「何を言ってるんだ!」」


 おかしな疑惑を立てようとする込山さんに、俺と遠崎は叫んだ。


 「冗談ですって。しかし、男二人きりですから、っちに目覚めてしまったら、是非、私に報告を!」


 「「目覚めるか!」」


 彼女はケラケラと笑いながら、女性陣を引き連れて客間へと向かう。

 本当に、あの子の頭の中はどうなっているんだ……。


 「「ハァー」」


 俺と遠崎は、女性陣の後姿を見つめながら大きな溜息を吐いた。


 俺たちも遠崎の部屋へ向かい、入ろうとすると、女性陣たちが客間の扉から顔を出す。


 「「「「おやすみなさい」」」」


 「「おやすみ」」


 彼女たちが部屋に入ると、俺たちも部屋に入った。




 遠崎の部屋はリビングとは違い、殺風景な感じのするごく普通の男の部屋だった。

 ただ、デスクトップパソコンの置かれている机の隣にある棚には、漫画や模型と一緒に遠崎と武岡さんのツーショット写真が、おしゃれな写真立てに飾られていた。


 「野山、ベッドを使う?」


 「いや、さすがに武岡さんと遠崎が愛し合ったところでは眠れん!」


 「のーやーまー」


 ボフッ。


 怒った遠崎が投げた枕が、俺の顔面にヒットする。

 俺も近くにあったクッションを投げて応戦した。

 しばらく続いた戦闘は、お互いに疲れ切ったところで終戦を迎えた。

 そして、ベッドに遠崎が、床に敷かれた布団に俺が横になる。


 「今日は、何も起こらなければいいね」


 「ああ」


 遠崎が電気を消すと、俺はすぐに眠りへと落ちるのだった。




 陽の温かさと明るさで、目が覚める。

 棚に置かれた時計を見ると、午前八時を示していた。

 もう、朝か……ん? 朝!?


 バサッ。


 俺は飛び起きた。

 そして、辺りを確かめるように見る。

 本当に朝だ。奴は出なかったのか? それとも、奴が出たことに気付かなかったのか?

 悩みながら、ベッドに視線を向けると、遠崎はまだ寝ていた。


 「遠崎、遠崎。起きてくれ!」


 「ん? あー、野山、おはよう」


 「おはよう。そうじゃなくて、俺は気付かなかったんだが、奴は出なかったのか?」


 「ん? 奴?」


 バサッ。


 遠崎も飛び起きた。


 「あれ? もう朝だ」


 彼は不思議そうな顔を、俺に向ける。


 「僕も奴に気付かなかったというか、出なかったと思う」


 俺と遠崎は、出なかった事実にどこか安心感を抱いた。


 コンコン。


 扉がノックされる。


 バタン。


 そして、返事をする前に勢いよく開け放たれると、女性陣がなだれ込んできた。


 「「「「こっちは出なかった!」」」」


 「「こっちも出なかった!」」


 彼女たちの報告に俺たちも報告を返すと、皆で喜んだ。


 「今回の検証で、男女別々なら出ないことが分かりました。ただ、問題が一つ」


 俺たちは、検証結果を発表する込山さんに視線を向けた。


 「野山君と彩矢ちゃんが一緒に一夜を過ごすと出るようです」


 「「えっ!?」」


 俺と彩矢は驚く。


 「ですから、二人は別れて下さい。それと、念のために、遠崎君と沙友里ちゃんも分かれた方がいいでしょう」


 「「「「えぇぇぇー!!!」」」」


 俺、彩矢、遠崎、武岡さんは声を上げると、そのまま頭を抱えるのだった。

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