第30話 ご立腹

 俺、遠崎、武岡さん、込山さんは、鳴りを潜めた奴が動き出すのをジッと待っていた。


 カサッ、カサカサカサ。


 再び発したおぞましい音は、彩矢と早紀さんが寝ている方向からだった。


 「「キャァァァー!!!」」


 二人はその床を這いずりまわるような物音に悲鳴を上げると、飛び起きてお互いに抱き合う。


 「「野山君は!?」」


 そして、俺を探していた。

 二人は薄暗い部屋でキョロキョロと辺りを見回すと、俺たちに気付く。


 「一人で逃げて、ズルい!」

 「か弱い女の子を置き去りって、何考えてんのよ!」


 彩矢と早紀さんは俺への文句を叫びながら、こちらに駆け寄ってくる。


 「いや、二人は寝ていたから、起こさないようにしたんだよ」


 「「そして、置き去りにしたと」」


 俺は言い訳をするも、二人はご立腹だった。


 「いい加減、事情を話してくれるよね? こんなのサプライズでも何でもないわよ。ただの恐怖体験じゃない!」


 早紀さんの目は座っている。


 「えーと、野山君と彩矢ちゃんが、『妬みのG』をくらっているとのことで、今日は……今週末は、その検証です」


 今週末に言いかえた……。


 「妬みのGって……」


 座った目で込山さんを睨みつける早紀さん。

 とんでもないことに巻き込まれたことを知って、怒りを通り越しているようにも見える。


 「まあまあ、早紀。もう、巻き込まれちゃったんだから、覚悟を決めよう」


 武岡さんは二人の間に入って、早紀さんをなだめた。


 「沙友里も知ってたのよね?」


 「えーと、どうだったかしら?」


 適当に誤魔化そうとするが、武岡さんは、自ら渦中に飛び込んだのでは……。

 ジーと武岡さんを睨む早紀さん。


 「えーと、こっちには、この手のプロがいるのは早紀も知ってるでしょ。だから、大丈夫よ」


 「「「!!!」」」


 彼女の言葉に、俺、遠崎、込山さんは驚く。

 この手のプロって誰だ?

 二人の視線の先には、彩矢がいた。

 俺たちの視線も彩矢に向く。


 「えっ! 私? 私ってプロなの?」


 当の本人が驚いているし、自覚もないみたいなんですけど……。


 「「だって、巫女でしょ!」」


 「無理だよ。巫女にだって出来ることと、出来ないことはあるよ」


 「「じゃあ、何ができるの?」」


 「満面の愛想笑いで、販売促進!」


 「「「「「……」」」」」


 得意げに答える彩矢に、二人だけでなく、俺たちまでもが固まった。




 いつまでも固まっている場合じゃない。

 俺たちは気を取り直して、奴を警戒する。

 皆の態度に、彩矢は俺のTシャツの裾を掴み、頬を膨らませてご立腹だ。

 そして、とんでもないことに巻き込まれたことを知った早紀さんも、俺の裾を掴み、ご立腹だった。

 二人は、起きてから、ずっと怒っている気がする。

 いつ起爆するか分からない爆弾を抱えて、奴と対峙している気分だ。

 込山さんと武岡さんは、二人が俺に引っ付いていることで、どこかホッとしたような表情を浮かべている。

 俺に押し付けることが出来たとでも思っているかのように見えて、少しイラッとする。


 カサカサカサ。


 奴が再び動き出した。


 ビクッ。


 俺は驚いて、身体が跳ねると、彩矢と早紀さんが腰の辺りに身体を寄せてくる。

 う、動きづらい……。

 遠崎たちは、音のしたテレビのそばの棚の辺りを囲んでいた。


 「ちょっと、しおりん」


 「何ですか?」


 「カメラでどうするのよ。これも持って」


 武岡さんは余っていたスリッパを渡す。


 「こんなの持ってたら、激写が」


 愚痴を言いながらも受け取った込山さんは、片手でカメラを構えながら、もう一方の手でスリッパを構える。

 器用だ。

 遠崎は棚の後ろの隙間に、殺虫剤のノズルを差し入れる。


 プシュゥゥゥー。


 そして、噴射した。

 彼らは棚から少し離れると、手に持った武器を構えてジッと待つ。


 バササササ。


 奴は意表をついて、翼を広げた姿で棚をすり抜けてきた。


 「ヒィッ!」


 遠崎が悲鳴を上げて尻もちをつく。


 「キャァァァー!」

 「ギィヤァァァー!」


 その後に、彼よりも離れていた武岡さんと込山さんの悲鳴が上がる。

 そして、向かってくる奴をかわそうと、二人は屈んだ。


 「「イヤァァァー!!!」」


 ドン。


 二人の上空を通りすぎて、こちらへ向かってくる奴に、彩矢と早紀さんは悲鳴を上げ、俺を突き出した。

 嘘!?

 二人に突き飛ばされた俺は、向かってくる奴に、こちらも向かって行く。

 よ、避けきれない!

 俺は頭の前を両腕で覆って防ぐ。


 スー。


 両腕を奴の身体がすり抜けた。


 「ヒィー!」


 悲鳴を上げた俺の全身は、一瞬で鳥肌が立つ。

 そして、奴は俺の眉間に向かってくる。


 「……」


 奴の黒い目に反射する光が見える位置まで接近。


 スー。


 そのまま、奴は、俺の眉間に吸い込まれていく。


 「ウギャァァァー!」


 人生で一度も上げたことのないような悲鳴を上げた俺は、その場にへたり込んだ。


 「「キャァァァー!!!」」


 背後で、彩矢と早紀さんの悲鳴が消えたが、身体が恐怖で硬直していて、振り返ることも動くことも出来なかった。

 そして、頭の中が真っ白になったかのように何も考えることが出来ず、ただ怖いという思いしかなかった。




 「野山、大丈夫?」


 「野山君、身体に異変はない?」


 へたり込んだままの俺のところに、遠崎と武岡さんが駆け寄ってきた。


 「野山君、怪我してない?」


 「ねえ、だ、大丈夫なの?」


 涙目の彩矢と早紀さんも、恐怖に耐えながら、俺を心配していた。


 「何ともないけど。精神的にダメ」


 「「「「「まあ、仕方ないよね……」」」」」


 正直に答える俺に、哀れむ目を向けた皆が苦笑する。


 フラフラしながらも、俺は立ち上がった。

 すると、彩矢が肩を貸してくれる。


 「ありがとう」


 「いいよ。それよりも、御守りは身に着けてなかったの?」


 「あっ!」


 俺は彩矢に言われて、枕元に置きっ放しだった御守りを見た。


 「持ってなかったんだ……」


 彼女は眉間に皺を寄せる。


 「ごめん」


 布団に向かうと、枕元の御守りを手に取った。


 ドタドタドタ。


 皆は、それぞれが寝ていた布団の枕元に駆けだす。

 そして、御守りを手に取ると、ホッとした表情を浮かべた。

 そんな皆を見た彩矢は、怪訝そうな顔をする。


 「えーと、信じていなかったわけじゃないよ。忘れていただけだから」


 武岡さんが言い訳をすると、皆も頷く。

 だが、彩矢の表情が変わることはなかった。


 御守りを持ったことで勇気づけられた俺たちは、一ヶ所に固まる。

 そして、輪になると、全方向を警戒した。


 「これなら、どこから現れても、誰かが対処できますね」


 込山さんは、自信満々だ。


 バサバサバサ。


 ゾクゾクゾク。


 背後から聞こえた羽音に全身の毛が逆立ち、俺が飛び退くと、皆も同じように飛び退いていた。

 彩矢と早紀さんは、すぐに俺の背中へとしがみついてくる。


 「野山君。とっさに動かないでよ」


 「そうよ。また、置き去りにしようとしないでよ」


 二人は唇を尖らせて、ご立腹だった。

 なんか、怒られてばかりだ……。


 「背を向け合って固まっていたのに、その中心から来るとは、からかわれているようでムカつきますね」


 「本当に。誰かの妬みが形になっているだけあって、悪質ね」


 込山さんが苛立ちを見せると、武岡さんもムッとしていた。


 「犯人が分かれば、直にそいつを殴りに行けるのに……」


 早紀さんも悔しそうに、物騒なことを言いだす。


 再び、俺たちは固まる。

 今度は、なるべく隙間を作らないように背中を合わせていた。


 カサカカサ、バサササササ。


 俺たちの周りで這いずる音がすると、すぐに羽音へと変わる。


 「そこか!」


 込山さんが叫ぶ。


 パシャ、パシャパシャ。


 突然、閃光が室内を照らした。


 「「「「「ま、眩しっ!!!」」」」」


 俺たちは叫ぶ。

 眩しさで、一時的に目を瞑ったが、すぐに周りを警戒する。

 急な光を浴びて、目が暗闇になれるのに、少し時間が掛かった。


 「しおりん。フラッシュは禁止!」


 武岡さんが注意をすると、皆も頷く。


 「ごめんなさい。次からは露出をあげた夜景モードで撮るので、フラッシュはたかないので大丈夫です」


 込山さんは、頭を掻きながら謝った。


 バサバサバサ、バサササササ。


 俺たちを嘲笑うかのように、奴は姿を現したまま、固まっている俺たちの周りを周回し始める。


 「これ、絶対にからかわれてますよね」


 写真に収めようとする込山さんは、カメラを構えながら苛立つ。


 「本当、たちが悪いわね」


 武岡さんは、彼女に同意した。




 しばらく俺たちの周りを回っていた奴は、突然方向を変えると、武岡さんに向かって行く。


 「キャッ!」


 可愛い悲鳴が聞こえる。


 ピシッ。


 青白い光が放たれ、奴は武岡さんに近付いたところで弾かれた。

 御守りの効果だ。


 「なるほど、なるほど」


 込山さんが頷きながら、一人で納得している。


 「何か分かったの?」


 俺が尋ねると、彼女はドヤ顔を見せた。


 「聞きたいですか?」


 「「さっさと話せ!」」


 もったいぶる彼女に、武岡さんと早紀さんが怒鳴った。


 「この御守りのおかげで、結界が張られているようです」


 「「「「「それで……」」」」」


 「鈍いですね。この御守りを持って固まっていれば、奴は近付けないんですよ」


 「「「「「なるほど」」」」」


 俺たちは込山さんに感心する。って、この御守りを用意した彩矢も、何故、一緒になって感心しているんだ……。

 俺は頬をひくつかせながらも、そんな彩矢のどこか憎めないところも可愛いと思ってしまうのだった。

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