第29話 蘇る恐怖心

 夜も更けてきた。

 女性陣が入浴を終えると、入れ替わりに俺と遠崎も入る。

 そして、上がってくると、女性陣は、男性二人、女性四人の状況に、どこで寝るかを話し合っていた。

 俺と遠崎も、その輪の中に入る。


 「野山君と彩矢ちゃんはセットにしておかないと、あれが起きるかが分からないので、決まりとして、早紀ちゃんは二人と一緒にしておいたほうが面白そうなので、これも決まりですね」


 「あれが起きるって何? それに、なんで、私が面白そうと言う理由で、二人と一緒なのよ? なんか、気まずいじゃない」


 「残りの私たち三人は、どうしますかね」


 早紀さんは、勝手に仕切る込山さんに訴えるが、無視された。


 「私はあれを検証したいので、二人とおまけをいつでも観察できる場所にいたいんですけど、沙友里ちゃんと遠崎君は、やっぱり、ヤリ部屋にこもりたいですよね」


 「うちにヤリ部屋なんてないよ!」


 遠崎は顔を真っ赤にして反論する。


 「またまたー。二つもあるじゃないですか」


 「あれは、僕の寝室と客間だよ」


 「それを世間では、ヤリ部屋と言うんです」


 大きく頷いて、勝手に納得する込山さん。


 「言わないよ!」

 「言わないわよ!」


 遠崎と武岡さんが叫ぶ。


 「「「……」」」


 その光景を、俺たちは呆然と眺めていた。


 「ちょっと、しおりん。さっきから検証とか何を言ってるの? それに私がおまけって、どういうことよ?」


 我に返った早紀さんは、思い出したように込山さんを追求する。


 「早紀ちゃん、世の中には知らないほうが良いこともあります。だから、あまり深く考えないで下さい」


 込山さんが誤魔化すと、俺と彩矢だけでなく、武岡さんと遠崎までもがコクコクと大きく頷く。


 「ちょっと、あんたたちまで……。もしかして、私は何かに巻き込まれようとしているんじゃないの?」


 俺たち五人は、フルフルと大きく首を横に振った。


 「ハァー」


 早紀さんは、大きな溜息を吐いて、うなだれる。

 察しがいい。だが、ここまで隠していたら、今さら真実を言えない……。




 「今日は金曜日ですから、明日の夜も検証できます」


 込山さんの発言に、遠崎は嫌な顔をする。


 「今日は野山君と彩矢ちゃんを一緒にして、明日は、男子と女子、別々の部屋で寝ることにしましょう」


 結局、リビングに皆で寝ることになった。


 「金曜日の夜のグループでのお泊りって、ホラー映画の定番っぽいね」


 布団を引き終えると、彩矢がフラグをたてるようなことを言いだす。


 「「「「「……」」」」」


 誰も返事をしない。

 それどころか、込山さんですら、顔を引くつかせていた。


 「彩矢。そういうことを言うのは、シャレにならないから、やめようね」


 俺は優しく諭す。


 「そうだ。皆に渡す物があったんだ」


 話しを聞いてくれ……。

 彩矢は、一人ずつ、何かを手渡していく。

 そして、最後に、俺にも渡す。

 それは、御守りだった。


 「「「「……」」」」


 俺は効果を実感しているので、ありがたいと思ったが、皆は手に取った御守りを眺めながら、顔を引きつらせている。


 「なんで、御守りが必要なの?」


 早紀さんが怪しむ。


 「金曜日の夜だから」


 ケロッとした表情で答える彩矢。


 「彩矢ちゃんじゃダメだわ。沙友里、どういうこと?」


 「金曜日の夜だから?」


 「お前もかー!」


 早紀さんは叫ぶと、俺、遠崎、込山さんの順に視線を向けてくる。

 俺たちは、スーと顔を背けることしかできなかった。


 「何か、私にサプライズでもあるの?」


 確かにサプライズといえなくもない気がする。だが、言えない。

 俺たちは困惑する。


 「もう、何よ。……ハァー。分かったわよ。これ以上、追及しないわよ」


 早紀さんは、俺たちが困っていることを察して、諦めてくれた。

 いい子だ。そして、こんなにもいい子を巻き込むことになると思うと、良心がとがめてしまう。




 皆が布団に入る。

 早紀さん、俺、彩矢が川の字になって並び、足合を向け合った向かい側に、武岡さん、遠崎、込山さんで、川の字に並んでいた。

 なぜ、男が真ん中なのかは分からんが、誰も文句を言わないからいいのだろう。いや、良くない。

 彩矢が俺の布団に潜り込んで、腕にしがみついてくると、反対側でも、早紀さんが同じ行動をしていた。


 「さ、早紀さん? 何してるの?」


 「ホラー映画みたいとか言って御守りを渡されたら、さすがに、ちょっと怖いのよ」


 「早紀ちゃん、今日だけだからね」


 「分かってるわよ」


 これから起きるかもしれないことを知らない早紀さんを労わってだろうか、彩矢は寛容だった。


 「野山君は、早紀ちゃんに興奮しちゃダメだからね!」


 「しないよ!」


 「それって、私に失礼じゃない!」


 「俺に、どうしろと……」


 俺が困っていると、向かい側で寝ている三人から、クスクスと笑う声が聞こえてくる。

 他人事だと思って……。

 いじけた俺は目を瞑って、さっさと寝ることにした。

 瞼の裏が明るくて、眠れない。

 頭の中で色々と考えだすと、武器が何もないことに気付いた。

 他人の家では、何がどこにあるかも分からない。


 「遠崎。何か武器になる物はある?」


 俺は起き上がり、遠崎に聞いた。


 「はあ? 武器?」


 俺の隣で、早紀さんが困惑する。


 「確かに、効かないと分かっていても、無いよりはあったほうがましですね」


 込山さんが俺に同意すると、遠崎は立ち上がって、戸棚へと向かった。


 「ねえ、どういうこと? なんで、武器が必要なの?」


 「早紀ちゃん、サプライズだから」


 彩矢が誤魔化す。


 「武器が必要なサプライズって、何よ!? もう、知らない!」


 早紀さんはそう言ってから、枕に顔をうずめてしまった。


 「……」


 彼女を可哀相だと思うが、掛ける言葉が見つからない。


 遠崎は、雑誌や殺虫剤、蠅叩き、スリッパなど持って戻って来る。


 「武器って……それ……。この部屋、虫が出るの?」


 早紀さんは青ざめる。


 「虫だけど虫じゃにというか、出るか出ないかも分からないし、念のため」


 「何を言ってるの? もう、いやー!」


 彼女は、枕を俺の枕の真横に並べてうずくまる。


 「早紀ちゃん、ズルい!」


 彩矢も彼女と同じように、枕を真横に置き寝た。

 何を張り合ってるんだ……。


 俺は遠崎から雑誌とスリッパを受け取ると、枕元に置いた。

 そして、横になる。

 両側からいい匂いがすると、温もりまでもが伝わってきて落ち着かない。


 「電気は消す?」


 遠崎が尋ねてくる。


 「野山君と彩矢ちゃんが、くんずほぐれつの最中に起きたことですから、消したほうがいいですね」


 「「言い方!」」


 俺と彩矢は、込山さんに向かって叫んだ。


 「では、何をしていたんですか?」


 「「……」」


 彼女の質問に、俺と彩矢は何も答えられなかった。


 「ねえ、私はいったい、何に巻き込まれてるの?」


 不思議そうな顔で、俺と彩矢を見る早紀さん。


 「「……」」


 彼女にも、何も答えられなかった。




 遠崎がリモコンで電気を消すと、カーテンの隙間から淡い光が差し込む。

 街灯が眩しくて、ガッツリとカーテンを閉め切っている俺の部屋とは真逆だ。

 そんなことを思いながらも、しばらくするとウトウトしてきた。


 「「スースー」」


 両側からは寝息が聞こえる。

 二人とも寝てしまったようだ。

 出そうな気配はないし、奴もこれだけ人数がいれば出ないのだろう。俺も寝てしまおう。

 警戒心が取れると、睡魔が襲ってくる。

 俺は身を任せるように、眠りに落ちていく。


 カサッ、カサカサ。


 ビクッ。


 落ちきる寸前で、おぞましい音に身体が反応すると、目が冴えてくる。

 俺は、彩矢と早紀さんを交互に見て、寝ていることを確認すると、二人を起こさないように、ゆっくりと上半身だけを起こす。

 向かい側を見ると、遠崎も上半身だけを起こして、周りを警戒していた。


 カサカサカサ。


 再び物音がする。

 その音はキッチン側のほうから聞こえた。

 武岡さんと込山さんも上半身を起こして、キッチンのほうを警戒する。

 二人は起きていたのだろうか? それともおぞましい音に起こされたのだろうか?

 そんなことを思っていると、込山さんが枕元から何かを取り、首から下げた。

 カーテン越しの明かりに黒くて大きな影が浮かび上がる。

 ……なんで、一眼レフ? いつの間に……っていうか、奴の姿を撮る気なのか?

 俺は困惑した。


 殺虫剤を手に、遠崎がゆっくりと立ちあがると、蠅叩きを持った武岡さんとカメラを構える込山さんも彼に続く。

 そして、三人は、少しずつキッチンへと歩を進める。


 カサッ、カサカサカサ。


 ビクッ。


 三人の身体が跳ね上がると、すぐに背後を振り向いた。

 物音は、反対側のカーテンのかかる窓側からしたのだ。

 俺も窓のほう視線を向けるが、それらしい黒い影は見つけられなかった。

 蘇る恐怖心を堪えながら、俺も立ち上がると、まだ気付かずにに寝ている彩矢と早紀さんに布団を掛ける。

 そして、遠崎たちのそばに行き、合流した。


 カサカサカサ。


 今度は、テレビのほうから音がする。


 「二人には申し訳ないけど、これだと、らちがあかないから、電気をつけるね」


 遠崎に、俺たち三人は大きく頷く。


 パッ。


 照明は一瞬点くと、すぐに消えてしまった。

 遠崎は何度もリモコンのボタンを押す。

 だが、照明は点くことなく、彼は首を横に振る。


 「昨日と同じだ」


 「「「ゴクリ」」」


 俺の言葉に、三人は生唾を飲んだ。

 バサバサバサ。

 突然の羽音に、俺たちは驚き、身を屈める。


 「クゥー。ちょこざいな」


 愚痴を言う込山さんを、頼もしく感じた。

 彼女のおかげで、蘇る恐怖心に強張っていた身体が和らいでいく。

 彼女だけでなく、遠崎と武岡さんもいることがとても心強い。

 俺たちは立ちあがると、周りを警戒するのだった。

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