第28話 勉強会

 リビングの大きなテーブルの周りに皆が座ると、遠崎と武岡さんが淹れたてのコーヒーを持ってくる。

 そして、皆に配って行く。

 武岡さんは込山さんにコーヒーを渡す。


 「沙友里ちゃんは、セレブ妻になったんだね」


 「……」


 コーヒーを受け取りながら皮肉を言う込山さんに、困惑する武岡さん。


 「あっ! あぁぁぁー!」


 ビクッ!


 突然、大きな叫び声をあげた早紀さんに驚いた俺たちは、一斉に彼女へ視線を向けた。


 「し、しおりん。このメンバーって……」


 早紀さんは俺と彩矢を見てから、遠崎と武岡さんを見る。

 すると、落ち込むように頭を抱え、うなだれてしまった。


 「早紀ちゃん? どうしたの?」


 「しおりんに謀られた」


 心配して声を掛けた彩矢に、早紀さんは、悔しそうに訴える。

 俺は『妬みのG』のことを黙っていたことがバレたのかと、ドキドキする。


 「このメンバーって、私としおりん以外は、恋人同士なのよ」


 「それが?」


 首を傾げる彩矢。

 彩矢って、結構、鈍いんだな……。まあ、そこも可愛い。

 早紀さんの言いたいことを察した俺は、そんなことを思いながらも勝手にのろける。


 「しおりんは、この中で一人だけ浮くのが嫌で、私を呼んだのよ」


 「失敬な。それだけじゃありません」


 「えっ? 他にも、まだ何かあるの?」


 早紀さんは、込山さんを疑念を抱く目で睨む。


 「えーと、ありません」


 「何か隠してるわね?」


 「隠すわけないじゃないですか。あっ、良い眺めですね」


 込山さんは誤魔化すと、窓へと向かって行く。


 「ちょっと、待ちなさい!」


 早紀さんは、彼女を追いかけて行った。




 「ねえ、早紀には『妬みのG』のことを教えてないの?」


 俺と彩矢は、武岡さんに向かってコクコクと大きく頷く。


 「「……ハァー」」


 武岡さんと遠崎は、窓辺で早紀さんに責められている込山さんを見て、大きな溜息を吐いた。


 二人が戻って来ると、俺と遠崎でテストの過去問や傾向と対策などがまとめられたノートのコピーを始める。

 遠崎の部屋には、プリンターではなく、コピー機そのものが置いてあることに、俺は呆然としてしまう。

 そんな俺を気遣うように、遠崎は一人でテキパキと作業を進めて行く。

 俺たちのところに武岡さんが来ると、コピー機の脇の棚にコーヒーを置いた。


 「ここに置いておくから、気を付けてね」


 「「うん、ありがとう」」


 俺と遠崎は返事をする。


 「ねえ、武岡さん」


 戻ろうとする武岡さんを、俺は引き留めた。


 「何?」


 「良い旦那を手に入れて良かったね」


 「なんで、野山君に上から目線で言われなきゃならないのよ!」


 プクーと膨れた彼女は、立ち去って行く。

 だが、その表情はどこか嬉しそうだった。


 コピー機は凄い。

 プリンターでチマチマとコピーしていた昨夜とは違い、六人分が次から次へとコピーされていく。

 昨夜、彩矢の前でマルチプリンターを持ていることを得意げにしていた自分が恥ずかしくなり、見悶えたくなるのをグッと堪える。

 そして、俺はコピーされた用紙を科目ごとにまては、テーブルに運ぶことを繰り返す。

 テーブルでは、彩矢たちが個々の選択している科目ごとに別ける。

 その様子を、ソファーにドカッと偉そうに座っている込山さんが満足そうに見つめていた。

 彼女は何しに来たんだ。そして、何様だ。

 俺はテーブルにコピーを終えた用紙を持って行っては、込山さんをチラ見し、呆れるのだった。




 コピーが終わると、テーブルを囲んで勉強会が始まる。

 俺だけは、昨夜の苦労は何だったのだろうかと、落ち込んでしまう。


 「まあ、野山が昨日もコピーしてくれていたから、早く終わったんだよ」


 遠崎がフォローしてくれる。


 「とは言っても、セレブが味方に付いたことはありがたいことです。野山君ではこうはいきません」


 俺は、込山さんに喧嘩を売られているのだろうか?


 「さっきまで、遠崎のことを爆ぜてしまえと言ってたよね?」


 「爆ぜて下さいと頼んだだけです。でも、それはそれ、これはこれです」


 「「「「「……」」」」」


 皆で込山さんに呆れる。

 そして、彼女に関わっていると無駄な時間が過ぎていくと気付いた皆は、自分の勉強に取り組み始めるのだった。


 皆で分からないところを教え合ったりしているうちに、外は薄暗くなり、街灯もつきだす。


 「そろそろ夕飯を作ったほうがいいわね」


 武岡さんが立ちあがると、女性陣は、皆、立ちあがった。


 「「えっ? 込山さんも作るの?」」

 「「「えっ? しおりん、作れるの?」」」


 俺と遠崎だけでなく、女性陣からも疑念を抱かれる込山さん。


 「皆して失礼な! 私だって、料理くらい出来ますよ」


 「それなら、得意料理は?」


 俺が質問をすると、皆は込山さんに興味を抱く。


 「醤油で味付けをしたロウエッグのライス添えです」


 「うっ、なんか凄そうな料理名が……」


 驚く俺の肩を眉間に皺を寄せた彩矢が優しく叩く。

 そして、大きく首を横に振った。


 「野山君、騙されちゃダメだよ。たいそうな名前を付けてるけど、卵かけご飯のことだから」


 「えっ……」


 確かにロウエッグは生卵のことだ。英語なんか混ぜるから騙された……。

 悔しそうに込山さんを見つめると、彼女は勝ち誇った顔を俺に向ける。


 「クソッ!」


 さらに悔しさが込み上げた。


 パンパン。


 「はいはい。しおりんは放っておいて、さっさと作るわよ」


 仕切り直すように、武岡さんは手を叩くと、キッチンへと向かう。


 すると、彩矢と早紀さんも後を追った。


 「ちょっとー、私も手伝いますよ」


 「しおりん。邪魔はしないでよ」


 込山さんは、武岡さんの言葉に頬を膨らませる。


 「さっきのは、野山君をからかうための冗談ですって。本当に、料理は出来るんですから」


 俺をからかうためって……。

 なんとか込山さんも輪の中に入れてもらうと、女の子たちは、仲良く料理を始めた。




 キッチンのほうから食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 カレーだ。


 「人数が多い時の定番でごめんね」


 武岡さんが鍋を抱えて、こちらに来る。

 すると、先回りした彩矢が鍋敷きをテーブルに広げた。

 鍋ごと持ってくるんだ……。


 「ご飯だけじゃなく、ナンもあるから、好きなほうで食べて。残りは明日の朝食ね」


 ニッコリと微笑む武岡さん。

 合理的だと感心してしまう。


 皆が席に着き、テーブルを囲む。


 「「「「「いただきます」」」」」


 俺は、彩矢によそってもらったご飯にルーを掛けて食べ始める。


 「美味い!」

 「うん、美味しい!」


 女性陣は、嬉しそうに食べる俺と遠崎を見て微笑んだ。

 若干一名、その微笑みが悪戯っぽく感じる。


 「野山君、野山君。カレーをナンで食べたことあります?」


 来たー。

 込山さんは、なんで、やたらと俺に絡んでくるんだ。


 「無いけど」


 「じゃあ、食べてみて下さい」


 俺は恐る恐るナンを取ると、カレーにつけて食べてみる。


 「あっ、美味い!」


 「そうでしょう、そうでしょう。ナンは私が作ったんですから」


 「凄い!」


 俺は感心した。


 「「「チンしただけだけどね」」」


 彩矢たちが声を揃える。


 「……」


 俺の感動を返せー!

 得意げな顔を見せる込山さんに向かって、俺は心の中で叫んだ。


 「ねえ、なんで、しおりんは野山君をやたらとかまうの?」


 突然の早紀さんの質問に、皆の食事の手が止まり、込山さんに視線が集まる。


 ギュウ。


 彩矢が「渡さないよ」とでも言いたげな顔で、俺の腕にしがみついてきた。

 彼女の独占欲と、大きな膨らみに挟まれたことが嬉しくてたまらない。


 「実は……」


 「「「実は? ゴクリ」」」


 早紀さん、武岡さん、遠崎が前のめりになる。


 「野山君って、女性にかまわれたり、からかわれると、オドオドするじゃないですか。それが面白くて、面白くて」


 「「「ああー。分かる」」」


 早紀さんと武岡さんだけでなく、彩矢までもが同意した。


 「例えるなら、飽きないおもちゃって感じですかね」


 「「「うんうん」」」


 再び三人が同意する。

 俺の扱いって……。

 そして、込山さんも含めた四人で、俺がどんな時にオドオドしていたかなどを楽しそうに話される。

 本人を目の前にして話される話題に、俺は恥ずかしさで悶絶した。

 そんな俺を、遠崎は哀れむ目で見つめるのだった。




 食事が終わると、テーブルの上は片付けられ、飲み物が運ばれる。

 そして、テレビがつけられた。

 皆は、バラエティー番組を見て笑っている。

 お腹も膨れ、勉強を再開する気にはなれないのだろう。

 俺も皆と一緒になってテレビを見ていると、何か大切なことを忘れているような気がした。

 そうだ! 『妬みのG』だ。

 辺りを警戒するが、すぐに何かが起きそうな雰囲気はない。

 昨夜の恐怖心がよみがえってくるが、皆もいるからだろうか、昨夜のような恐怖を感じる気が全くしない。

 それどころか、このメンバーでなら、なんとか出来そうな気すらしてくる。

 来るならいつでも来い!

 強気になった俺は、そんなことを思いながら、皆と今の時間を楽しむのだった。

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