第27話 セレブ

 大学の教室に着いた俺と彩矢が、先に来ていた武岡さんと遠崎の隣に座ると、二人は驚いた表情を、こちらに向けていた。


 「ね、ねえ、彩矢と野山君」


 「「何?」」


 声を掛けてきた武岡さんに、俺と彩矢は首を傾げる。


 「二人とも、そんなにやつれた顔で、目にもくままで作って、いくら初めてだからって、そんなに頑張っちゃったの?」


 「「は?」」


 俺と彩矢は、顔を真っ赤にした武岡さんの言っている意味が分からなかった。

 そんな俺たちに、武岡さんは首を傾げる。


 「昨日、彩矢は野山君の部屋に泊まったのよね?」


 「うん」


 「それで、頑張っちゃったんでしょ?」


 「何を?」


 「何をって、その……。私に何を言わせる気よ!」


 「???」


 恥ずかしそうな表情で声を荒げる武岡さんに、彩矢は再び首を傾げた。


 「えーと、彩矢?」


 「何?」


 「本当に、分かってないの?」


 「何が?」


 「……」


 一度はうなだれた武岡さんは顔を上げると、彩矢の耳元で何かをささやく。

 すると、彩矢は顔だけでなく、耳までもを真っ赤にした。


 「えーと、その……。そんなことをする暇はなかった」


 「はあ?」


 今度は、武岡さんが言っている意味が分からないと言いたげな顔をする。

 彩矢は武岡さんに、昨夜起きたことを話す。

 すると、遠崎もその話しに耳を傾け、二人は顔を青くしていく。


 「「そ、そんなことが……」」


 二人は、俺と彩矢に向かって、同情するような表情を浮かべた。


 「あっ! いたー!」


 何やら叫び声が聞こえ、振り向くと、込山さんが怖い表情で、こちらに向かってくる。


 「「「「おはよう」」」」


 「おはようじゃない!」


 挨拶を否定された俺たち四人。


 「昨日は人に怖い思いをさせておいて、その後、何度電話をしても通じないって、どういうことよ!」


 「と、言われましても……」


 俺が答えると、込山さんは睨みつけてきた。


 「しおりん。待って」


 彩矢は俺と込山さんの間に入ると、おぞましい音と込山さんの悲鳴の後に電話が圏外になってしまったことを話す。


 「……そういうことなら、仕方ありません。って、あのカサカサ音は、野山君の部屋の音じゃなくて、スマホ自体から流れていたんですか?」


 コクコクと俺と彩矢は、何度も大きく頷いた。

 すると、彼女の顔は青ざめていく。

 あの音が俺の部屋の音ではないことは、話した気がするんだが……。


 「二人とも大変だったね」


 武岡さんは、彩矢を優しく抱き寄せた。

 俺と彩矢はコクコクと頷く。


 「だから、沙友里。今日は泊めて」

 「ということで、遠崎。今日は泊めてくれ」


 今夜も同じことが起きるのではないかと不安を抱いていた俺と彩矢は、同じことを考えていたようだ。


 「「……」」


 武岡さんと遠崎の顔は引きつっていた。

 俺たちを泊めたら、巻き込まれるとでも思ったのだろう。

 その後、二人は難しい顔で悩み続ける。

 そして、渋々だが、二人は承諾してくれた。




 おやつ時になると、今日の講義が全て終わった。

 違う講義に出席していた彩矢、武岡さん、遠崎とよく待ち合わせ場所に使う中庭に向かうと、三人はベンチに座って楽しそうに話しをしていた。

 俺が姿を現すと、三人は、こちらに向かって手を振る。


 「ごめん。待たせた?」


 「ううん。私と沙友里も、今、着たところ」


 「僕が着いたのも、沙友里たちとほぼ同時だから、待たされてないよ」


 三人はニッコリと微笑む。


 そして、俺が合流すると、三人は立ち上がった。


 「じゃあ、拓の部屋に集合ね」


 「えっ?」


 遠崎は武岡さんを見て、驚く。


 「当たり前でしょ。四人で揃っていたほうがいいし、私の部屋に四人は手狭だもの。拓の部屋は広いんだから、大丈夫でしょ」


 「分かったよ……」


 渋々納得する遠崎。


 「じゃあ、行きましょうか!」


 「「「「……」」」」


 いつの間にか現れた込山さんが、俺たちの前を歩きだす。


 「えっ? 込山さんも来るの?」


 遠崎の顔が引きつる。


 「当然よ。こんな面白そうなネタ……コホン。皆が困っているから、私も手助けをしたいの」


 嘘なのがバレバレだ。というか、「面白うなネタ」って、口を滑らせてるし……。


 「さあ、皆。荷物をまとめたら、遠崎君の部屋に集合よ」


 仕切りだす込山さん。


 「ところで、遠崎君って、どこに住んでるの?」


 「「「「……」」」」


 俺たちは飽きれた。

 しかし、よくよく考えた見ると、武岡さん以外は遠崎の部屋を知らなかった。


 「遠崎。俺にも教えてくれ」


 「私も」


 「……」


 込山さんは、納得のいかない顔で俺と彩矢を見る。


 「ちょっと、二人は私のことを呆れ顔で見てたよね?」


 「「さ、さあ?」」


 俺と彩矢は首を傾げてとぼけた。


 「クッ、このバカップルは……」


 悔しそうに愚痴る込山さんを横目に、俺と彩矢は、遠崎から住所を教えてもらうのだった。



 ◇◇◇◇◇



 彩矢の部屋に寄ってから、自分の部屋に寄った俺は、彩矢と共に遠崎から教えられた住所を目指す。

 なんか、周りが家賃の高そうなマンションばかりになっていく。

 そして、着いた住所には、ひときわ立派なマンションが現れた。


 「「セレブだ」」


 俺と彩矢は口を揃えてつぶやく。


 「Gなんて、絶対にでなさそうだな……」


 「う、うん……」


 俺の感想に彩矢が頷くと、二人でその建物を見上げた。


 「なんてところに住んでんのよ! 遠崎君は庶民の敵だ!」


 「「……」」


 俺たちの背後に騒ぐ人物が現れた。

 込山さんだ。


 「遠崎君って、凄い所に住んでるのね」


 別の女性の声もして、後ろを振り返ると、込山さんの隣には早紀さんもいる。


 「なんで、いるの?」


 「しおりんから、「皆でテスト勉強したほうがはかどるから」って、誘われたのよ」


 「「えっ!?」」


 俺と彩矢は驚き、何も話さずに早紀さんを誘った込山さんを、蔑むような目で見つめた。


 「何よ。人が多いに越したことはないでしょ!」


 確かにそうかもしれないが……。

 俺と彩矢は、騙されて連れてこられた早紀さんを哀れんだ。


 自動ドアの入り口を入り、オートロックの機器の前に立つ。

 そして、遠崎の部屋番号を押した。


 「いらっしゃい。今、開けるね」


 ウィーン。


 次の自動ドアが開くと、複数のソファーが並べられた広い共同スペースの中へと入って行く。


 「武岡さんは、好物件を引き当てたね」


 込山さんは残念そうに彩矢を見つめてから、俺を見る。

 ムカつくが、事実なだけに何も言葉が出てこず、悔しさだけが俺を襲う。

 込山さんのせいで、俺と遠崎の友情に亀裂が入りそうだ。


 「でも、野山君のところは、奇麗で素敵なお姉さんと可愛い妹がついてくるよ」


 早紀さんは、彩矢をフォローしたらしいが、何か違う気がする。


 「それだけ?」


 込山さんがツッコむ。


 「あとは……山?」


 「山って……」


 早紀さん、もう口を開かないでくれ。俺が恥ずかしさで死にそうだ……。




 エレベーターに乗ると、タッチパネルがあり、二六階までの表記が映っていた。

 俺は、その中から一四の表記に触れようとすると、触れる前に一四の数字が光る。


 「最新式ですね。やはり、遠崎君は庶民の敵と確定しました」


 込山さんが身勝手な断言をする。


 「「「……」」」


 気持ちは分かるが、俺たちは彼女に呆れるしかなかった。


 エレベーターを降りた俺たちは、部屋番号を確かめながら、遠崎の部屋を探す。


 「部屋番号だけで、表札がないと見つけにくいな」


 「個人情報を注意するようになってからは、表札が無いのは当たり前ですからね」


 俺の愚痴に、込山さんが答える。


 「そうなんだ。俺の実家のほうだと、皆、表札が出ているのが当たり前だけどな。逆に表札が無くなると、引っ越したのか土地を継ぐ者がいなかったのかと、どこか寂しく感じていたけどな」


 「「「……」」」


 三人が困惑したような表情を浮かべた。


 「皆して、なんて顔してんだよ」


 「野山君が重そうな話題を出すからでしょ。ハァー」


 早紀さんは頭を抱えた。


 「あっ、ここだ」


 彩矢が遠崎の部屋を見つける。

 彼の部屋は、南の角部屋だった。


 「学生の分際で、こんな高そうなマンションの角部屋に住むなんて、遠崎君には爆ぜてもらいましょう」


 「物騒なことを言うな!」


 「最上階ではなかったから、これでも遠慮したんですけど」


 どこを遠慮しているのか、全く分からん……。


 「「「……」」」


 俺たちは、込山さんに呆れる。


 インターホンを押すと、遠崎と武岡さんが出迎えてくれた。

 中に通されると、室内の贅沢な造りに、俺たちはポカーンとする。

 床は大理石、広々としたリビングの他にも遠崎の寝室と客室の二部屋があり、窓からの景色は一四階と言えど、街を見渡せて素敵だった。

 そして、テレビは大きく、置かれている家具はどれも高価そうな物ばかり。


 「遠崎君。やっぱり、爆ぜて下さい」


 「なんで? やっぱりって?」


 唐突に、込山さんから無理なことを言われた遠崎は困惑していた。


 「「「……」」」


 込山さんに呆れるのが、当たり前になってきた気がする……。

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