第21話 祝福

 あずま屋を出てから、二~三メートルくらいのところで、突然、人影が現れ、俺たちの進路をふさいだ。


 「「ヒィッ!」」


 俺と彩矢は、その人影に驚き、ギュウとお互いに抱き寄せ合う。


 パチパチパチパチ。


 「二人ともおめでとう! 良かった、良かった。……っていうか、付き合って早々、何を抱き合っていちゃついてんのよ!」


 俺と彩矢はお互いの顔を見ると、恥ずかしくなり、すぐに離れた。

 声を掛けてきた人物をよく見ると、早紀さんだった。

 そして、込山さんと美紀先輩、武岡さんと遠崎の姿もあった。

 彼女たちは俺と彩矢を嬉しそうに見つめ、拍手をしている。

 ん? 早紀さん、込山さん、美紀先輩の三人の姿は、見覚えがある。

 俺たちと良く出会っていた三人組の女性と同じ服装だった。


 「なんで、早紀さんたちがここにいるの?」


 「いやー、たまたまよ。たまたま。アハハハハ」


 俺の質問に、早紀さんは笑って誤魔化す。


 「早紀さんたちは、俺たちの後をつけてなかった?」


 「何のことかしら? 私たちは私たちで、女同士で遊んでいただけよ」


 彼女が白を切ると、込山さんと美紀先輩もコクコクと頷く。


 「そんなことよりも、彩矢ちゃんと付き合えてよかったじゃない。これって、私たちが色々と手を貸してあげた成果だと思うんだけど?」


 「うっ。そ、それはそうだけど……」


 小声で話しを逸らしてくる早紀さんに、俺も小声で答える。

 恩に着せてくる彼女に、俺は返す言葉を見つけられなかった。

 く、悔しい……。




 「彩矢、良かったね」


 彩矢のそばでは、武岡さんが嬉しそうな表情で彼女を祝福していた。


 「うん。ちょっと、驚いちゃったけどね。エヘヘ」


 照れ笑いをする彼女の頭を、武岡さんは優しくなでる。


 「こっちも、野山君がプロポーズのような言葉を言い出した時は、驚いたからね」


 武岡さんは、呆れたように俺に視線を向ける。

 俺はすぐに視線を逸らした。


 「!!!」


 俺は気付いてしまった。

 皆は、俺が彩矢に告白するところを、最初から見ていたんだ。

 恥ずかしさで、急に顔が火照りだし、熱くてたまらない。


 「野山君、安心して。ちゃんと動画に収めたから大丈夫よ」


 込山さんはニンマリしながら、俺の告白シーンの動画を再生した。


 「や、やめろー! やめてくれ。それを止めてくれ……」


 俺はさらなる恥ずかしさに、顔だけでなく首までもを赤くして、彼女に頼みこむ。

 すると、皆はそんな俺を見て、面白そうに笑いだすのだった。




 俺たちは、早紀さんたちも合わせた七人で、公園内を少し見て回ることにした。

 早紀さんたちは、俺たちのことをずっと尾行していて、周りを見る余裕がなかったのか、解放されたようにイルミネーションの夜景を満喫していた。

 せっかく来ていたんだから、少しは自分たちも楽しめばよかったのにと、俺は思ってしまう。

 公園の出口にさしかかると、イルミネーションの灯りに目が慣れていたせいか、出口が異様に暗く感じる。


 「さ、沙友里ちゃん、暗いから足元に気を付けて」


 そう言った遠崎は、武岡さんに手を差し伸べる。


 「うん。拓、ありがとう」


 武岡さんはお礼を言いながら、彼の手を取った。


 「「「「「???」」」」」


 二人を見つめながら俺と彩矢、早紀さんたちは首を傾げる。

 うーん? 二人は下の名前で呼び合っていたような?

 俺は隣の彩矢に視線を送ると、彼女は再び首を傾げて返す。

 早紀さんたちにも視線を向けてみると、彼女たちも悩むような仕草をして、二人を不思議そうに見つめていた。


 「なあ、遠崎。ちょっと、いいか?」


 「何だい?」


 遠崎は武岡さんの手を取ったまま、俺を振り向く。


 「なんだか、武岡さんと凄い親密になっている気がするんだけど、何かあったのか?」


 俺の質問に、遠崎だけでなく、武岡さんも気まずそうな反応を見せた。


 「なんか、あったんだ」


 「野山と矢神さんには、後で言うつもりだったんだけど……」


 遠崎は言葉を濁すように言ってから、武岡さんと顔を合わせ、それから、二人して照れるように恥ずかしがる。

 二人から甘酸っぱいような雰囲気が漂ってくる。


 「武岡、ま、まさか、もしかして……」


 何かを察した早紀さんが、驚くように武岡さんへ声を掛ける。


 「うん。拓……遠崎君にコクられて……」


 武岡さんの顔は真っ赤になり、最後まで言葉を続けなかった。


 「沙友里ちゃん、できちゃったの?」


 驚いた込山さんが尋ねる。


 「コラー! 変な言い方をするな!」


 武岡さんは、焦ったように吠えた。

 二人が俺たちと同じタイミングで付き合いだしたことを知って、何故だか、美味しいところ持って行かれたような感じがした俺は、呆然としてしまう。


 「沙友里、良かったね。おめでとう!」


 彩矢は喜んで、武岡さんに抱きつく。


 「彩矢。その、あ、ありがとう」


 彼女は彩矢に抱きつかれたまま、照れ臭そうに答えていた。


 込山さんと美紀先輩も二人を祝福していたが、早紀さんだけは俺と同じく呆然としていた。


 「早紀ちゃん、大丈夫? どうしたの?」


 美紀先輩は、魂が抜けたように立ち尽くす早紀さんを心配するように声を掛ける。


 「ごめんなさい。先輩、ちょっと待って下さい。頭の中の整理を……」


 すると、早紀さんはこめかみに手を当てて考え込んでしまった。

 考え込む彼女の表情は、徐々に沈んでいく。

 そして、カッと見開いた目で、彩矢と武岡さんを見る。


 「彩矢ちゃんと武岡に彼氏ができたということは、私だけが一人もんじゃない! なんでこうなるのよ!? 二人に彼氏がいて、私にはいないなんて、おかしいでしょ?」


 彼女は彩矢と武岡さんを指差し、言いがかりのような抗議を始めた。


 「「そんなことを言われても……」」


 彩矢と武岡さんは、困り顔で答える。


 「なんで、これだけ骨を折って協力した私たちが、二人のいちゃついた姿を見せつけられて、一人寂しく、惨めな思いをさせられるのよ!?」


 「「えっ? 私たちって……一人寂しく、惨めって……。私も……」」


 早紀さんの言いがかりに反応したのは、美紀先輩と込山さんだった。

 二人は彼女の言葉にショックを受けたのか、暗い表情を浮かべて落ち込んだ。


 「ほら、先輩としおりんも落ち込んでるじゃない」


 いや、それは早紀さんが原因のような……。


 「早紀ちゃんも彼氏を作れば? 協力するよ」


 何故、このタイミングで、その言葉が出てきたのか分からないが、唐突な彩矢の一言に、その場が凍りつく。


 「この天然娘がー!」


 早紀さんは、頭を掻きむしって叫んだ。

 これは、さすがに早紀さんに同情してしまった。


 「彩矢、今のはさすがにキツイよ。早紀さんたちに謝ろう」


 「え?」


 俺が声を掛けると、彼女は不思議そうに首を傾げるので、どう説明するべきか、俺は頭を悩ませる。


 「さすが、彩矢姫……」


 武岡さんがボソッとつぶやいた。

 姫って、容姿がじゃなくて、こういったところも含まれていたのか……。


 「彩矢。俺が言うのも変な気がするけど、恋人を作るには、相手と出会えてから始まるんだよ」


 「「「うっ……」」」


 彩矢は頷いて聞くが、早紀さんたちからは呻き声が聞こえた。


 「俺は彩矢と出会えたけど、早紀さんたちは、そのお相手を探すところから始めて、見つけた相手に好かれるために努力を積み重ね、それでも付き合えるかは、告白してみないと分からないんだよ」


 「「「ぐはっ……」」」


 再び彩矢は頷き、早紀さんたちはうめき声をあげた。


 「だから、相手も見つかっていない早紀さんたちに、さっきの言葉はキツイと思うんだ。彩矢、早紀さんたちに謝ろう」


 「うん」


 「「「……」」」


 彩矢は大きく頷いて、早紀さんたちを振り向いたが、彼女たちは真っ白になって魂が抜けていた。


 「えーと、これは?」


 「野山君がじわりじわりととどめを刺していったのよ」


 早紀さんたちを見てキョトンとする彩矢に、武岡さんが答える。

 そして、彩矢と武岡さんは、俺を見つめる。


 「彩矢。えーと、その、一緒に謝ろう」


 彩矢はコクリと頷く。

 俺と彩矢は三人の前に並んで立ち、頭を下げる。


 「「ごめんなさい」」


 「「「……」」」


 三人は魂が抜けたままで、答えることはなかった。


 「これは、しばらく無理ね……」


 武岡さんは困ったようにつぶやいた。


 その後、魂が戻ってきた早紀さん、美紀先輩、込山さんの三人は俺の周りに集まり、帰り道の間、ずっと俺を罵るような言葉で説教を続けた。

 なんで、俺だけが攻撃の的に……。

 そんな俺を、彩矢と武岡さん、遠崎は、面白そうに眺めていた。

 帰りは、もっと、彩矢と親密を深めたかったのに……トホホ。



 ◇◇◇◇◇



 週明けの朝、俺は彩矢と武岡さん、遠崎と待ち合わせ場所で合流をしてから、大学へと向かった。

 教室に着くと、すでに来ていた生徒たちが、一斉にこちらを振り向くと、俺たちに駆け寄ってくる。

 な、何事だ?


 「「「「「おめでとう!」」」」」

 「「「「「野山も遠崎も、頑張ったな!」」」」」

 「「「「「彩矢ちゃん、沙友里ちゃん、良かったね!」」」」」

 「矢神さんの胸に顔をうずめた感想は?」

 「武岡さんの足に挟まれた感想は?」


 少しおかしな質問が混じってはいたが、皆は、思い思いの言葉で、俺たちを祝福をしてくれた。


 「「「「あ、ありがとう」」」」


 俺たちは、とりあえず返事をしたが、何故、こんなにも広まっていることに疑念を抱く。

 そして、教室を見回すと、その理由が……いや、その犯人が分かった。

 俺たちが座る席のそばで、スマホを掲げ、こちらに向かって親指を立てている込山さんがいたからだ。


 「「込山さん!」」

 「「しおりん!」」


 俺たちは、その犯人に向かって叫びながら、彼女のもとへと駆け寄った。


 「いやー、せっかくのネタだから、稼がせてもらいました。ごちそうさまです」


 彼女は俺に向かって、深々と頭を下げた。

 ん? 稼がせてもらった? 

 俺は込山さんの言葉と、その手に持ったスマホを見て青ざめる。


 「ま、まさか……」


 俺がつぶやくと、彼女はニッコリと微笑む。


 「一人百円で、皆が払ってくれたので、懐はホクホクなんで、のジュースくらいならおごるよ」


 「「「「……」」」」


 俺たち四人は、立ち尽くして頬をひくつかせた。


 皆が俺たち四人を囲むように集まり、質問攻めが始まると、込山さんはそそくさと姿を消した。

 に、逃がしてしまった……。

 彼女を探そうとしたが、俺の告白シーンの動画を見た人たちは、根掘り葉掘り聞いてくるので、それどころではない。

 聞かれる度に、恥ずかしくて仕方がなかったからだ。

 それは、彩矢も同じようで、彼女も返答に困っていた。


 それにしても、次から次へと人が集まってくる。

 俺は、彩矢、武岡さん、遠崎のほうを見ると、彼女たちも増え続ける人たちに困惑しているようだった。


 「ねえ、なんで、こんなに次から次へと、人が集まってきてるのよ?」


 限界だったのか、武岡さんが周りに向かって尋ねた。


 「あっちで、しおりんが宣伝しているから」


 そう言った一人の女の子が指差す先には、教室に入ってきた人に動画を見せている込山さんがいた。


 「「込山さん!」」

 「「しおりん!」」


 さらに収益をあげようとしている元凶に向かって、俺たち四人は叫んだ。

 彼女はこちらに向かって、テヘペロと笑って舌を出す。


 「「「「……」」」」


 俺たちは怒る気にも慣れず、溜息をついてうなだれるのだった。

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