第20話 告白
ショッピングモールを出た俺たちは、タクシーに乗ってレストランへと向かうと、すぐに着いてしまった。
距離的には歩いても行けるが、歩道は狭く、歩きづらそうで、今日一日歩き回っている女の子には辛そうな道のりだった。
遠崎がタクシーで行くことを提案してくれて良かったと、ホッとする。
到着したレストランは、イルミネーションが飾られた公園のそばにあり、店内からは、その夜景を見ながら食事を楽しめるように、席の配置がされていた。
少し薄暗くしてある店内は雰囲気も良く、おしゃれで高級感がある。
そんな店内を見回した俺は、懐が気になり、ドキドキする。
「野山君? どうかした?」
彩矢が心配して、声を掛けてくる。
「こんな高級そうなところに入ったことがないから、少しドキドキしちゃって」
「私もこういうところは初めてだから、ドキドキしてるよ」
「そうなんだ」
二人でクスリと笑ってしまう。
そんな俺たちとは対照的に、武岡さんと遠崎は、一番良さそうな四人席へと歩いて行ってしまった。
「なんか、あの二人は場慣れしている感じが……」
俺は堂々としている二人に驚く。
「沙友里は、こういうお店に、良く誘われていたみたいだから」
「そうなんだ。女の子にモテていたくらいだから、男子からもモテてたんだね」
彩矢は俺を見て、難しい顔をする」
「彩矢? どうしたの?」
「えーと、相手は……皆、女の子だったから……」
「そ、そうなんだ……」
俺も返答に困ってしまった。
俺と彩矢も席へと座る。
そして、メニュー開いた途端、俺は固まった。
説明書きを読まないと、分からない料理ばかりで、さらに、お値段も……。
「野山? 固まってるけど、大丈夫?」
遠崎が心配してくれる。
「すまん。遠崎と違って、俺は女の子とこういうお店に来る機会なんてなかったから、動揺してしまった」
「僕だって、女の子と来たりしたことはないよ。家族との外食が、こんな感じのお店に行くことが多かっただけだよ」
多かったって……。家族でということは、遠崎はセレブらしい。
「武岡さん、玉の輿だよ。良かったね」
俺が武岡さんに振ると、彼女は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせていた。
「野山君、からかっちゃダメだよ。遠崎君と沙友里に謝ろう」
彩矢に叱られてしまった。
「ごめんなさい」
俺は二人に向かって頭を下げた。
二人からは嫌味を言われまくったが、許してくれた。
そして、遠崎は俺が注文する料理を選ぶのを手伝ってくれる。
俺一人だったら、ハンバーグがステーク・アッシェだなんて分からなかった。
遠崎はセレブだったけど、やっぱり、いい奴だ。
「野山君、ステーク・アッシェのところの説明文にハンバーグって書いてあるわよ。人に聞く前に、ちゃんと読みなさいよ」
「うっ……」
遠崎との会話を聞いていた武岡さんが、さっきの仕返しとばかりに、嬉しそうにツッコんできた。
何も言い返せない俺は、ただ、悔しがるのだった。
注文が運ばれてくると、俺と遠崎はハンバーグ……ステーク・アッシェ、彩矢はブッフブルギニヨン、武岡さんは舌平目のムニエルが目の前に置かれ、遠崎が皆でつまめるようにと頼んだキッシュは、真ん中に置かれた。
落ち着いた雰囲気の店内は静かで、俺は皿の音を立てないように気を付けながら食べ始める。
美味しい。美味しいのだが、雰囲気にのまれて妙に緊張してしまい、感動や喜びが湧いてこない。
「野山君? 口に合わない?」
俺は、難しい顔で食べていたのだろうか? 彩矢が心配するように尋ねてきた。
「美味しいけど、この雰囲気に緊張してしまって、良く分からない」
「私も同じだよ。そうだ、味変をしようよ」
「味変?」
ニッコリと微笑む彩矢に、俺は首を傾げてみせた。
「はい、あーん」
彼女はビーフシチューのようなブッフブルギニヨンをスプーンですくうと、俺の口へと運んでくる。
「えーと、それはさすがに……」
「ダメ。早く口を開けて。はい、あーん」
恥ずかしくて断る俺に、ニッコリと微笑む彼女は、有無を言わさぬ勢いでスプーンを口
元に差し出す。
「あ、あーん……」
俺は口を開けると、彼女のスプーンを咥えた。
恥ずかしさと同時に、美味しさと嬉しさが加わる。
「どーお? 美味しい?」
「うん、美味しい」
彩矢と間接キスをしてしまったことに動揺する俺は、美味しいと答えたものの、料理が美味しいのか、間接キスだから美味しく感じたのか、まったく分からなかった。
俺は下を向き、恥ずかしさと動揺を隠すようにステーク・アッシェを切り分けることに集中していると、視線を感じ、顔をあげる。
彩矢がジーと俺の皿を見つめていた。
「えーと、彩矢。一口食べる?」
「うん、食べる」
ニコッと微笑んで返事をする彩矢に、俺は切り分けたお肉をフォークで刺すと、彩矢の口元へ差し出した。
「あーん」
彩矢は口を大きく開けてパクっとフォークを咥える。
「美味しーい」
そして、彼女は目を丸くして感想を述べると、その味を堪能するように咀嚼するのだった。
彩矢は俺に食べさせてもらって、恥ずかしくないのだろうか?
俺は恥ずかしかったのに、平然としている彩矢を見ると、色々な思いが複雑に絡み合って混乱してくる。
「コホン。あんたたちは、私たちもいるのに何をしてるのよ?」
武岡さんが気まずそうに声を掛けてくると、遠崎も頬を指で掻きながら気まずそうにしていた。
「味変だよ。沙友里も遠崎君と味変してみれば?」
「なっ! こ、この天然娘が……」
何も気にすることなく素直に答える彩矢に、武岡さんは顔を真っ赤にすると、呆れるようにうなだれてしまうと、遠崎も顔を真っ赤にして困惑する。
そんなやり取りを見ていた俺は、淡い期待で膨らんだ気持ちがはじけ、うつむくように黙々と料理を口に運ぶ。
その後、彩矢を除いた俺たちは、どこかぎこちなくなった感じだったが、それを隠すように、大人な対応で取り繕い、他愛ない会話を交えて食事を進めるのだった。
食事を終えた俺たちは、飲み物を飲みながら少しまったりとしてから、イルミネーションの夜景を見に、公園へと向かった。
公園に入ると、色とりどりの電飾に飾られた木々や植木に囲まれた道を進んで行く。
「うわー。奇麗だね」
「そうだね」
ギュッと俺の腕に掴まり、感動して声を掛けてきた彩矢に、俺は答えた。
二人でイルミネーションに見惚れていると、遠崎と歩いていた武岡さんがこちらに来る。
「彩矢、野山君。お店に忘れ物をしたみたいだから、取りに行ってくるね」
「なら、私たちも一緒に……」
「いいの、いいの。後で合流するから大丈夫よ。二人は見て回ってなよ」
彩矢は一緒に共に行こうと答えようととしたが、武岡さんは、その言葉を遮って、俺たちだけで見るように促した。
「まだ、お店とはそんなに離れていないから、すぐに追いつくから」
「うん、分かった」
彩矢が答えると、武岡さんはニッコリと微笑む。
すると、彼女は俺の腕を掴んで引き寄せると、顔を近付けてくる。
「野山君、こんなムードの良い所で二人きりにしてあげるんだから、しっかりと決めなさいよ」
彼女は俺だけに聞こえるような小声でささやく。
「う、うん。善処します」
「善処じゃない、決めるのよ。皆でここまでの段取りをしてあげたんだから、何もなく終わったら、どうなるか分かってるわよね?」
なんか、強制どころか脅迫されている……。
「が、頑張ります」
俺が一択の返事をすると、彼女は来た道を戻って行く。
「女の子一人じゃ危ないから、僕もついて行くことにするよ」
そう言うと、遠崎はこちらに手を振って、武岡さんの後を追いかけて行く。
武岡さんと遠崎の二人が見えなくなるまで見つめていた俺と彩矢は、顔を見合わせる。
「二人きりになっちゃったね」
「そ、そうだね」
彩矢に話し掛けらたが、そっけない言葉しか返せなかった。
俺の返事がマズかったせいで、どこか気まずそうな雰囲気になってしまい、二人でイルミネーションに照らされる中を、黙ったまま、ゆっくりと歩き始める。
「彩矢、この植木、クマに模してるよ。電飾が付いてると、見栄えが全然違うね」
「うん、可愛いね」
「そうだね」
「……」
「……」
話し掛けやすいネタを見つけたというのに、ほぼ一言で会話を終わらせてしまった。
俺のバカー! 自分のコミュニケーション能力が、これほど残念だったとは……。
俺は自己嫌悪に打ちのめされて、下を向く。
「あっ、野山君。これも可愛いよ」
彼女が指差す先には、犬の顔を模した植木が光っていた。
「本当だ。可愛いね。柴犬かな?」
今度は会話が続くようにと、俺は頭をフル回転させて答えた。
「うーん。犬種までは分かんないね」
「ポメライオンっぽくないから、ポメラニアンではなさそうだ」
「ポメライオンって、アハハハハ」
彩矢は笑いだしてしまった。
気まずそうな雰囲気が無くなり、俺は少しホッとする。
何とか会話は弾むようになり、二人で電飾に飾られた植木を指差しては、あれやこれやと話せるようになった。
そのまま二人で楽しく歩いていると、周りを電飾で飾られたあずま屋に着いた。
中に入ってみると、内側も電飾がされており、二人だけの空間のような雰囲気だった。
そして、タイミングよく他のお客さんは、近くには誰もいなかった。
言うならここだ! と、俺は覚悟を決めるように決意する。
彩矢の手を取り、俺は彼女と対面する位置に立つ。
緊張で心臓がバクバクしているのが、自分でも分かる。
「彩矢、真剣な話しがある。聞いて欲しい」
「は、はい」
今までにこやかだった彩矢の表情は、緊張するように固くなった。
「彩矢。俺は、彩矢のことが好きだ!」
「は、はいっ!」
彼女は驚いたのか、大きな声で返事をする。
驚かれたということは、ダメなのでは? と俺の中に不安がよぎり、さらに緊張してくる。
「彩矢のことは、絶対に、一生大事にするし、俺と一緒になって良かったと思えるくらい幸せにする」
「はひっ!」
今度は、裏返った声で返事をされる。
声まで裏返るなんて、これは、ダメかもしれない……。
俺は心臓が苦しくなるだけでなく、胃までもがキリキリと痛みだしそうだった。
「だから、彩矢。俺の恋人になって下さい。お願いします!」
「恋人? えーと……は、はい。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
彩矢は少し混乱したように答えたが、それは嬉しい返事だった。
俺は緊張がほぐれたのと嬉しさで泣き出しそうになるのをグッと堪える。
「あの、これ、彩矢のために買ったから、良かったら使って下さい」
ボディーバッグの中から、急いでプレゼントを取り出して、彼女に渡した。
「あ、ありがとう。開けてもいい?」
「どうぞ」
彼女は丁寧に包みをはがし、中の箱を開ける。
「あっ、これ! 野山君、ありがとう!」
銀色に光るネックレスを電飾にかざすように眺めると、嬉しそうな満面の笑みで、俺に微笑んだ。
「ねえ、つけて」
彩矢は俺にネックレスを渡すと、こちらに背中を向けた。
俺は彼女の首に、そのネックレスつけてあげる。
すると、彼女は振り返り、俺の両手を握った。
「ねえ、似合うかな?」
そのネックレスは、彼女の胸元でキラキラと輝いており、谷間までもが目に飛び込んでくる。
「う、うん。とっても良く似合ってるよ」
俺は、視線を逸らして答えた。
「ん? なんか違うところを見てない? ……野山君のエッチ!」
「いや、そんなことはないよ。可愛いリボンの形が、可愛い彩矢に良く似合ってるなと、ちょっと見惚れただけだから」
「ふーん。そういうことにしておこう。野山君、ありがとう。大切にするね。チュッ」
彼女は目を逸らしていた俺の頬にキスをした。
俺は、カーと頭に血が上り、フラフラしそうになった。
そして、俺と彩矢は手を握り合い、顔を合わせると、少し照れるようにしてあずま屋を出るのだった。
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