第19話 初めてのデート 後編

 ショッピングモールへは、動物園から出ているシャトルバスを利用した。

 皆、考えることは一緒なのか、動物園を出た人たちは駅には戻らずに、シャトルバスに乗る人がほとんどだった。

 車内は少し混みあっていて、座席には座れなかったが、電車ほど混んではいなかったのでホッとする。

 しかし、動物園を歩き回った足で、バスの揺れを耐えるのは少しきつく感じた。

 俺は、彩矢と武岡さんが心配で二人に視線を向ける。

 武岡さんは余裕を見せていたが、彩矢はバスが揺れる度に、少しふらついていた。


 「彩矢、大丈夫か?」


 俺は彩矢に声を掛けると、彼女の肩に手を回し、身体を引き寄せて支えた。


 「野山君、ありがとう」


 彼女はお礼を言うと、そのまま俺に寄りかかる。

 何か視線を感じ、その方向を振り向くと、武岡さんと遠崎がニヤニヤしながらこちらを見ていたが、俺と目が合うと、サッと顔を逸らした。

 俺は急に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていくのを感じる。


 「野山君? 大丈夫?」


 「えっ、何が?」


 彩矢は俺の心配をしてきたが、俺は素知らぬふりをした。


 「顔が真っ赤だけど、熱いの?」


 「そんなことないよ。大丈夫だよ」


 「そうだ。私が野山君を支えてあげるね」


 彼女はそう言って、俺の腰に手を回し、ギュウと身体を密着させてくる。

 すると、弾力のある柔らかい膨らみが俺の脇腹の辺りに当たった。


 「あ、彩矢、それは逆効果なんですけど……」


 「???」


 困りだす俺を見て、彼女は首を傾げる。

 そして、武岡さんと遠崎のクスクスと笑う声が聞こえてくるのだった。




 シャトルバスはショッピングモールに到着し、他の乗客たちと一緒に俺たちも降りた。


 「野山君、本当に大丈夫?」


 バスを降りてからも俺の心配をしてくる彩矢。


 「平気、平気。少し混んでいたせいだから、大丈夫だよ」


 俺が答えると、彩矢は少し安心した表情を浮かべる。

 だが、武岡さんと遠崎は外に出たからと、ケラケラと遠慮なく笑いだす。

 そんな二人を彩矢は不思議そうに見つめ、俺はというと、どこか面白がっている二人に苛立った。

 すると、俺の顔を見た武岡さんが近付いてくる。


 「怒らないでよ。彩矢とは順調に、親密度を上げているんだからいいじゃない」


 そう言って、彼女は俺の背中をバンと強めに叩いた。

 い、痛い……。


 「さて、お店を回る前に、少し休みましょう」


 切り替えの早い彼女は、喫茶店に向かって歩き出してしまった。

 その隣を彩矢も並んで歩いて行く。

 俺も叩かれた背中をさすりながら、二人の後ろをついて行くと、遠崎が俺の隣を並ぶように歩く。


 「一緒になって笑って、裏切り者」


 遠崎に向かって、俺は小声で愚痴る。


 「ごめん。でも、つい……」


 俺は、彼の苦笑する顔を見ると、俺でも笑っていたかもしれないとげんなりした。




 喫茶店に到着すると、そこはおしゃれというよりも可愛い感じのお店だった。

 そして、店内に入ると、大型犬から小型犬までがウロチョロとしている。

 ここは、犬カフェだ。

 彩矢と武岡さんは、お出迎えをしてくれる犬たちに、歓声を上げて喜んでいたが、俺は、今日は動物尽くしだなと頬をひくつかせた。


 「もしかして、野山君は犬が苦手だった?」


 彩矢は、俺の表情を見て犬が苦手だと勘違いをしたようだ。


 「そんなことはないよ。犬は好きだよ」


 「良かった。私は犬が大好きだから、もし、野山君が犬は苦手って言ったら、どうしようかと思っちゃった」


 彼女はホッとすると、俺に向かって微笑んだ。

 ん? それって!

 期待させるような言葉に、俺はドギマギするが、「どうしようか」がどういう意味なのかを聞き返せるほどの勇気はなかった。


 絨毯が敷かれた店内は土足禁止で、俺たちは入り口のところで、下駄箱に靴を入れて木製のカギを抜く。

 和食レストランを連想させる。

 店員の女の子に、空いている席へ案内をされると、ゴールデンレトリバーとチワワの二匹が彩矢と武岡さんの足元を寄り添うようについてくる。

 そんな二匹を優しく見つめながら、二人は嬉しそうに歩いて行く。

 お店の席は、どの席も絨毯にクッションが置かれた座敷席だった。

 席に着いて気付いたが、椅子に座るのと違って、座敷席のほうが犬たちとのスキンシップが楽しめる。

 席に座るとすぐに、武岡さんの膝の上にはゴールデンレトリバーが頭を乗せ、彩矢の膝の上にはチワワが鎮座する。

 二人はそんな二匹の頭をなでて満足そうだった。

 店内をウロチョロしている犬はいるのに、俺と遠崎の元へは一匹も寄ってこない。


 「女性客だけに媚びを売る。実に商売上手な犬たちだ」


 俺が感心すると、店員さんと彩矢たちが俺を見て苦笑していた。


 「ハァー。そういう発想だから、野山君のところには寄り付かないのよ」


 武岡さんが呆れるように言ってくる。


 「遠崎……だって……?」


 俺は遠崎にも寄ってきていないと言いたかったが、いつの間に彼の元にはビーグルが来て甘えていた。


 「なっ、遠崎の裏切り者!」


 「なんでだよ!」


 彩矢と武岡さんはケラケラと笑いだし、店員さんもクスッとして顔を逸らした。


 「すぐに気遣いのできる子が来ますから、ご安心下さい」


 店員さんがニコッと微笑む。


 「えっ? お、俺は犬に気遣われるのか……」


 彩矢たちが笑いだし、店員さんも口を手で隠して笑いだしてしまった。

 そして、犬たちは何が起きたのかと、彩矢たちをキョトンと見つめる。

 周りの席のお客さんたちは、突然、爆笑している俺ちの席に視線を向けてきた。

 注目を浴びて、俺だけが恥ずかしくて下を向く。

 すると、テーブルの下からヒョコッと小さな顔が現れ、俺の顔を覗き込んできた。


 「あっ、ライオンが来た」


 彩矢の言葉に、店員さんは首を傾げる。

 俺の元に来たのはポメラニアンだった。

 武岡さんと遠崎は、再び笑いだす。

 そして、武岡さんは、俺の地元の動物園の話しを店員さんに教える。


 「武岡さん、話さないで!」


 「それは無理!」


 彼女は鬼だった。


 そのポメラニアンは、胡坐で座っている俺の足の上に座ると、すぐにグテーと横になる。

 なんか、だらしのない犬だな……。

 俺がそんなことを思っていると、隣に座る彩矢がその子の頭を優しくなでだした。

 俺と彩矢に子供が出来たら、こんな風に過ごすのかなと先走った妄想をしてしまう。

 その妄想のせいで、彩矢と目が合うと、無性に恥ずかしくなった。

 俺は誤魔化すようにメニューを広げ、何を注文するのかを選ぶのだった。


 注文した飲み物がテーブルに並べられると、俺たちは犬をなでながら、動物園の話しや、店の犬たちやペットの話しで盛り上がった。




 俺たちは名残惜しみながらも、接客してくれた犬たちに手を振って、喫茶店を出ると、近くのお店から見て回っていく。

 何軒もの服屋やジュエリーショップを見ていくと、動物園の時よりも疲れてくる。

 遠崎にも、若干、疲れが見えていたが、彩矢と武岡さんは元気で、俺と遠崎の手を引っ張って、次の店へと連れて行く。

 その店もジュエリーショップだったが、その店では彩矢がショーケースの前に立って、真剣な表情でジーと中を覗き込んでいる。

 そこには、リボンを模した銀色のネックレスが置かれていた。


 「それが欲しいの?」


 「ううん。ちょっと可愛いなと思っただけ」


 俺が尋ねると、彩矢は首を振ってから笑顔を作った。

 表示されている価格を見ると、二万弱くらいだった。

 うーん? 高いのか安いのか分からない。

 彩矢がショーケースを離れるので、俺も彼女の後をついて行く。

 そして、武岡さんと遠崎に合流すると、次のお店に向かう。


 彩矢と武岡さんは、あるお店の前で立ち止まった。


 「次は、ここを見るわよ」


 そう言った武岡さんは、彩矢を連れてお店に入ろうとする。

 俺と遠崎は、二人の後に続いてその店に入ろうとしたが、すぐに何のお店かを理解し、足を止めた。


 「「ここは無理!」」


 俺と遠崎は、声を揃えて拒んだ。

 マネキンに着せた色鮮やかな商品が並ぶそのお店は、ランジェリーショップだったのだ。


 「私たちが一緒だから、大丈夫よ!」


 「そんなわけあるか!」


 ニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべる武岡さんに、俺は言い返した。


 「野山くーん。彩矢のを選んであげなよ」


 すると、彼女は俺をからかいだしてくる。


 「なら、武岡さんは遠崎に選んでもうんだね」


 「なっ!」


 彼女は顔を真っ赤にすると、遠崎のほうをチラッと見てから、俺に視線を戻す。


 「仕方ないわね。ちょっと見てくるから、二人はお店の前で待っててね」


 彼女は彩矢の手を取り、お店の中へ消えていく。

 勝った!


 俺と遠崎は、そのお店の前に置かれたベンチに座り、二人が出てくるのを待つ。

 すると、動物園で見かけた三人組の女性がランジェリーショップをの覗き込む。

 あの子たちもショッピングモールに来てたんだ。

 そんなことを思っていると、彼女たちはこちらを振り向き、ビクッと身体を強張らせると、何故か気まずそうにジュエリーショップのほうへと立ち去ってしまった。

 俺は不思議そうに彼女たちを目で追っていたが、ジュエリーショップを目にすると、あることを思い出す。


 「遠崎、ちょっと、トイレに行ってくる」


 「うん、分かった」


 遠崎が頷くと、俺はベンチから離れ、トイレではなくジュエリーショップへと向かった。


 店内に入ると、俺は、彩矢が覗き込んでいたリボンを模した銀色のネックレスが展示されているショーケースの前に立った。

 今月の懐が、ちょっと? 寂しくなるかもしれないが、彩矢が喜んでくれるのなら、その価値はある。

 そして、店員さんを呼ぶと、そのネックレスを指差して注文し、プレゼント用に包装をしてもらった。

 渡された紙袋に入ったプレゼントをボディーバッグに入れると、俺はベンチへと戻る。

 こんな買い物は初めてなので、今でも緊張で、少しドキドキしている。

 俺は軽く胸を押さえながら、歩く速度を速めるのだった。




 ベンチに戻ると、彩矢と武岡さんは戻って来ていた。

 二人とも紙袋を丸めるようにして鞄にしまっていたので、何か買ったのだろう。


 「ごめん。お待たせ」


 「私たちも、今、出てきたところだから大丈夫よ」


 謝る俺に武岡さんが答えると、彩矢は小さく頷いて微笑んだ。


 「何か買ったの?」


 「「……」」


 俺の質問に、二人は困り顔を俺に向けてくる。


 「の、野山。この店から出てきた女の子に、それを聞くのはどうかと思うよ」


 「あっ! ……ごめん……」


 遠崎に言われ、さすがにデリカシーがなかったと反省するのだった。


 彩矢と武岡さんの見たかったお店は、ほとんど回り終える。

 腕時計を見ると、夕食を食べるには、そろそろ移動した方がいい時間だった。

 俺たちは、レストランへと向かうことにした。

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