第18話 初めてのデート 中編

 ホームの発車メロディーがなった。

 無理に乗ろうとする人たちがいるのか、俺たちは押し寄せる人たちに押され、潰される。

 ギュウギュウに詰まった車内で、俺は彩矢を守るように彼女の盾となり、遠崎も武岡さんを守るように盾となっていた。


 電車のドアが閉まり、列車が動き出すと、その揺れに合わせて周りの人たちに押されていた。

 揺れる度、彩矢の髪が俺の頬に触れてくすぐると、フローラルの甘い香りも俺の鼻をくすぐってくる。

 それが、彩矢と身体を密着させていることを、さらに意識させ、俺は速まる鼓動を押さえることが出来なかった。


 「彩矢、大丈夫? 苦しかったり、痛いところはない?」


 俺はドキドキしていることを誤魔化すように、彼女に話しかけた。


 「うん。大丈夫」


 彼女は俺の顔を見て微笑んで返事をすると、俺に寄りかかるように身体を寄せてきた。

 さらに身体が密着され、彼女の膨らみが押し付けられてくる。

 思わず下を向いた俺の目には、俺の身体に潰され、さらにボリュームをアップさせた膨らみの谷間が飛び込んできた。

 こ、これは反則だ。

 見てしまったがために、押し当てられる柔らかい感触に意識が集中してしまい、顔が熱くなってくる。

 考えないように外の風景を見るが、列車が揺れる度に、押し付けられる彼女の弾力のある柔らかさが頭の中を埋め尽くしていく。

 早くついてくれ!

 俺は嬉しさと理性が葛藤する複雑な思いを抱きながら、心の中で叫ぶのだった。




 目的の駅に到着し、扉が開くと、俺たちは押し出されるようにホームへと流れ出た。

 俺は遠崎と目くばせをして、彩矢をしっかりと抱き寄せながら、ホームの壁際の空いているスペースへと向かう。

 そして、遠崎たちと合流した。


 「ハァー。色々な意味で疲れた」


 「僕もだよ」


 俺の愚痴に、遠崎も同意してくる。


 「まだ、これからなのに、なんで疲れてるのよ」


 「男には、色々と事情があるから、仕方がないんだ」


 俺が武岡さんに答えると、彼女は何かを思いついたようにポンと手を叩き、ニンマリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 「二人ともエッチなんだから」


 彼女の言葉に、俺と遠崎は、顔を真っ赤にして下を向くしかなかった。

 彩矢だけが首を傾げて、不思議そうに俺たちを見つめていた。




 俺たちは、人の流れに乗るようにして駅を出ると、そのまま、その流れに乗って動物園へと運ばれるように向かって行った。

 動物園のゲート前に到着すると、俺は早紀さんから前もって渡されていた前売りチケットを、ボディーバッグから取り出し、皆に手渡す。

 まあ、渡されたといっても、早紀さんのおごりではない。彼女からは、しっかりと四枚分のお金は取られた。


 園内に入ると、彩矢と武岡さんがゲートを入る時にもらったパンフレットの地図を広げ、どこから見るかを話し出す。

 俺と遠崎も二人の隣から地図を覗き込む。


 「へー。狐や狸も飼ってるんだ」


 「飼ってるって……」


 たまたま目に留まった身近な動物を口に出した俺を、武岡さんが眉間に皺を寄せて振り返り、彩矢と遠崎は、少し困ったような顔で苦笑する。


 「狐と狸は、俺の実家だと、残飯を庭に撒いておけば、薄暗くなった頃合いで食べに来るから、そんな動物もいるんだなと思って」


 「「「……」」」


 言い訳をしたら、何故か、三人にドン引きされている気がする……。


 「まあ、野山君の話しは置いておいて、こっちの草食動物のエリアから、くるーと回ろうか」


 「そうだね」


 「僕もそれでいいよ」


 武岡さんが酷い……。

 そして、二人も彼女に同意した。


 彩矢と武岡さんが嬉しそうに歩き出すと、俺と遠崎は、その後ろをついて行く。

 はしゃいでいる二人を見ていると、可愛いと思い、心が潤ってくる。

 遠崎を見ると、優しい笑顔で二人を見ている。

 きっと、同じことを思っているのだろう。


 キリン、ゾウ、カバなどを見ては、動物たちをバックに、四人で写真を撮っていく。

 彩矢たちとの写真が増えていくことが嬉しい。

 そんなことを思っていると、武岡さんが俺に近付いてくる。


 「彩矢とのツーショットでも撮ろう」


 武岡はそう言うと、彩矢を呼び、俺の隣に彼女を立たせた。


 「野山君、もっと近付いて!」


 武岡さんに言われ、俺はドキドキしながら、彩矢の肩とぶつかるまで近付く。


 「うーん。なんかよそよそしいから、野山君、彩矢の肩を抱いてみようか!」


 スマホを構えながら指示を出す武岡さんが、エロカメラマンに見えてくる。


 「彩矢、ごめん」


 俺は謝りながら、彼女の肩に手をやり、抱き寄せた。


 「謝らなくていいのに」


 彩矢はそう言って、俺の腰に手をまわしてくる。

 俺は嬉しさのあまり、飛び跳ね回りたい衝動を抑え、心のうちを見透かされないように意識しながら、武岡さんのスマホをジッと見る。


 「……野山君、顔が引きつってるわよ。もっと自然に笑って!」


 武岡さんの注文は多かったが、彩矢と俺とのツーショットを撮り終えると、すぐに俺のスマホに写真を送ってくれた。


 「ありがとう。家宝にします」


 「あ、あんたね……」


 俺はお礼を言って、その送られた写真を嬉しそうに眺めると、武岡さんは呆れ、彩矢と遠崎はクスクスと笑っていた。


 「今度は沙友里と遠崎君ね」


 彩矢はそう言って、二人を並ぶように立たせる。

 遠崎と武岡さんは、彩矢の指示で、俺と彩矢がとったポーズと同じように肩と腰に手をまわす。


 「沙友里、遠崎君の頬にチュッてしてみようか!」


 武岡さんは彩矢の指示に従って、乙女の顔で遠崎を見る。

 そして、何かに気付くと、眉間に皺を寄せて彩矢を振り返った。


 「出来るかー!」


 彼女が吠えると、彩矢はケラケラと笑いだし、指で涙を拭う。

 彩矢に、こんな一面もあるのかと驚いた俺は、呆けるように彼女を見つめていた。

 そんな俺の時間が止まっていた間に、武岡さんと遠崎さんのツーショットは取り終わり、二人がこちらに戻って来る。

 武岡さんは彩矢を捕まえ、彼女の頭にグリグリと優しく拳を当ててじゃれ合いだす。


 「フゥー。緊張した」


 俺は、そばに来た遠崎の小さくつぶやいた言葉を聞いて、クスリと笑ってしまうのだった。




 その後、俺たちは、ライオン、トラ、ヒョウなどの肉食動物のエリアを見て回ると、園内のレストランに向かい、そこで昼食をとる。


 「ライオンの赤ちゃん、可愛かったね」


 食事を摂りながら、彩矢は嬉しそうなニコニコとした笑顔で俺に話しかけてくる。


 「うん、そうだね」


 俺は、彩矢に相槌を打つ。


 「俺の地元の動物園と違って、ポメラニアンじゃない立派なたてがみのライオンもいて、感動したよ」


 続けるように感想を述べた俺を、彩矢だけでなく、武岡さんと遠崎も不思議そうに見つめてから聞きなおしてくる。


 「「「ポメラニアン?」」」


 「そうだよ。死んだりして居なくなった動物の檻には、経営が苦しくて、新しく入れられないのか、違う動物が入っているんだよ」


 「ポメラニアンって、犬のポメラニアンよね?」


 「そうだよ」


 困惑した顔で聞いてくる武岡さんに、俺は堂々と答える。


 「まさか、トラの檻には茶トラがいたりして」


 「そうだよ。なんで、分かったんだ?」


 「「「……」」」


 三人は、頭を抱えてうつむいてしまった。


 「地元では、面白いって言っている奴もいるぞ」


 「まあ、確かに面白いけど……」


 武岡さんは、頬をひくつかせて苦笑する。


 「キリンやゾウみたいな大きな動物は、どうなってるの?」


 彩矢が質問をしてきた。


 「キリンは人形がポツンと置かれていて、ゾウは、動物園の創設者の像が置かれていたな」


 「「「……」」」


 俺が思い出すように語ると、三人は唖然とする。


 「人形はともかく、創設者の像って……ダジャレじゃない。もう、何でもありね……」


 武岡さんが苦笑すると、彩矢と遠崎も苦笑していた。


 一方で、俺の後ろの席の人たちが吹き出すように笑っているのが気になった。

 パーテーション越しにチラッと覗いてみると、キャップを深くかぶり、サングラスをしている男子のような服装をした三人の女性が、食事を摂っていた。

 俺は、あまりジロジロと見るのも悪いと、前を向く。

 そして、地元の動物園の話しを聞かれて笑われたのだと思うと、急に恥ずかしくなってきて、身もだえるのだった。




 レストランを出た俺たちは、サルなどの霊長類のエリアを見てから、鳥類のエリアへと向かった。

 たまたま、ペンギンのお散歩の時間帯に居合わた俺たちは、ペンギンたちがペタペタと可愛らしく歩いて行く行進を見ることが出来た。


 「「キャー、可愛いー!」」


 彩矢と武岡さんは大はしゃぎだ。

 ペンギンと同じく可愛らしい二人を見つめていると、ふと、視線を感じてペンギンたちの行進の反対側にいる観客たちに目を向ける。

 そこには、レストランにいた三人組の女性たちの姿があった。

 彼女たちは俺が気付くと、すぐにその場を離れてしまった。

 ペンギンたちの行進は、こんなに可愛いのに、もう見ないんだ……。

 俺はもったいないなと思いながら、立ち去る彼女たちの後姿を見つめた。


 ペンギンたちが部屋に戻って行くと、彩矢と武岡さんは満足そうな笑みを浮かべて、余韻にふけっているようだった。


 「ペンギンのお散歩が見れて良かったね」


 彩矢に話しかけると、彼女は、まだ少し興奮気味なのか、フンフンと大きく頷く。


 「あまりにも可愛かったから、動画も撮っちゃった!」


 彼女は嬉しそうにスマホの画面を俺に向けて、今、撮ったばかりの動画を見せてくる。


 「ペンギンたちが可愛く取れてるね」


 「フフーン。そうでしょ」


 得意げになる彩矢が可愛くて仕方がない。


 「本当に可愛い」


 俺はあまりにも可愛い彩矢に、思わず口走てしまった。


 「フフーン。私の腕がいいからかな」


 さらに得意げになる彩矢に、気付かれなくて良かったと、俺はホッとするのだった。


 園内を一通り見終えた俺たちは、少し名残惜しかったが、動物園を出ると、おしゃれな喫茶店があるショッピングモールへ向かうのだった。

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