第17話 初めてのデート 前編

 個別面談以降、早紀さんや美紀先輩、込山さんが俺を尋ねてくるようになった。

 毎度、彼女たちに教室から呼び出されては、デートプランなどを叩き込まれるのだった。

 そんな日が数日続くと、彼女たちに苛立ちが見え始める。

 そして、今では、彼女たちが俺を尋ねる要件はただ一つ、「さっさと彩矢をデートに誘え!」の催促となっていた。

 そんなことを言われても、女の子をデートに誘うのも、デートをするのも初めての俺にはハードルが高過ぎる。まだ、無理だ!

 そんなヒヨったことを思っていると、込山さんがニンマリと悪い笑みを浮かべて、俺の耳元に顔を近付けてくる。


 「今日、誘えなかったら、『ヘタレチェリー君』という称号を野山君に授けます。そして、明日から、皆が野山君のことを『ヘタレチェリー君』とあがめることとなるでしょう」


 おい、それでは脅迫だ! だが、そんなくだらないことを広められるものだろうか?

 俺は胡散臭そうに、彼女を見つめる。


 「その顔は疑っていますね。私の情報網を甘く見ないで下さい。多くの情報を仕入れられるということは、その逆もしかり、フッフッフー」


 この子、本当にやりそうで怖い。


 俺の背中をゾクゾクっと冷たいものが走る。


 「わ、わかった。今日こそは、絶対に誘うから」


 俺が答えると、込山さんだけでなく、早紀さんと美紀先輩も満足そうな顔で頷いた。




 緊張でドキドキしながらも、俺は一歩一歩を踏みしめるように、彩矢の元へと向かう。

 一歩、足を進めるごとに胃がキリキリと痛くなりそうだ。

 さらに、口の中までもが乾いて、上手く話せるかまでもが不安になってくる。


 席に座り、武岡さんと楽しそうに話しをしている彩矢の前に、俺は立った。

 彼女は不思議そうに、俺を見つめてくる。

 そして、武岡さんは顎をクイクイと動かし、早く誘えと煽っていた。


 「コホン。えーと、あのー。あ、にゃ、今週末、俺と……」


 !!! 出だしでかんでしまった。


 「ブフッ。あにゃって……」


 武岡さんは吹き出して笑いだし、彩矢は首を傾げる。

 背後に視線を感じ、振り向くと、早紀さんたちが呆れた顔でこちらを見ていた。

 口の中が渇くほど緊張していたんだから、仕方ないだろ。


 「コホン。ごめん。えーと、彩矢、もし、今週末の予定が空いていたら、俺と遊んでみませんか?」


 「へっ?」


 彩矢は間の抜けた返事をして、首を傾げる。


 「バカ……」

 「「「バカ……」」」


 武岡さんだけでなく、背後からも俺を罵る声が、小さくつぶやかれた。


 「ごめん。えーと、俺と遊びに行かないか?」


 俺は、何度、謝っているんだ。

 一度で済ませられない自分が恥ずかしい……。

 色々な意味で顔を赤くしていた俺は、彼女を見つめ、返事を待った。


 「ごめんなさい。今週末なんだけど、土曜日は沙友里から誘われていて、日曜日は掃除や洗濯をすませたいから、ちょっと……。せっかく誘ってくれたのに、本当にごめんなさい」


 「へっ?」

 「あっ!」


 俺が間の抜けた返事をすると同時に、武岡さんも声を上げた。

 頭を下げた謝る彩矢を見つめながら、俺は困惑する。

 そして、武岡さんに疑問を投げかけるように目で訴えかけると、彼女は彩矢に見つからないように、手を合わせて謝っていた。

 何をしてるんだー! 俺が緊張の中、必死で誘った苦労を返せー!

 俺は武岡さんに向かって心の中で叫びながら、頭を抱えるしかなかった。


 「ちょっと、武岡!」


 早紀さんが怒鳴り込んでくると、武岡さんの頭を手繰り寄せるように抱え、自分の頭を彼女に近付けた。


 「ちょっと、なんで、先に誘ってるのよ」


 早紀さんは、武岡さんに小声で話しかける。


 「ごめん。もう誘っていると思ってたら、まだだったみたいで……。なんか流れで、私と遊ぶことに……」


 「なんで、早紀に言わないのよ」


 「ごめん。一昨日に誘ったから、忘れてた……」


 「何とかしなさいよ」


 「分かってるわよ」


 二人の会話は俺には聞こえていたが、彩矢には聞こえていないようで、彼女は不思議そうに首を傾げていた。

 武岡さんは、彩矢に振り向く。


 「彩矢、せっかく野山君が誘ってくれたんだし、どうせなら、野山君と遠崎君の二人も合わせて、皆で一緒に遊ぼうよ!?」


 「うん。そうだね」


 彩矢の返事に、俺たちはホッとする。

 ただ、遠崎は事情を知らされていないのか、参加することを前提とされた話しにキョトンとしていた。



 ◇◇◇◇◇



 土曜日が来てしまった。

 朝、いつもより早く目を覚ましてしまった俺は、早紀さんたちから教わったデートプランが書かれたメモを確認する。


 「駅で待ち合わせてから、動物園に行き、お昼は園内で食べ、動物園を出たら、近くのショッピングモールにあるおしゃれな喫茶店に行って少し休憩。そして、モールのお店を見て回ったら、雰囲気のあるレストランで夕食。最後はイルミネーションで飾られた公園を散策して、送って帰ると」


 俺は書かれたプランを口に出して、頭に叩き込んだ。

 そして、クローゼットを開けて悩みだす。

 何を着ていったらいいんだ……?

 適当な服を着ていったら、後日、早紀さんたちから呼び出されるに決まっている。

 しかし、服にこだわりのない俺は、安価で気兼ねなく着れる服を少々と式典用のスーツを一着しか持っていない。

 頭をひねり、デートなんだからスーツなのではとも思ったが、結局、ジーンズにシャツという無難な選択にした。

 おしゃれな喫茶店などにも立ち寄るのだから、アーミーパンツやツナギよりはいいだろう。

 俺はボディーバッグに必要そうな物を詰め込むと、時計を見た。

 そして、このまま家にいても落ち着かないので、少し早いが、待ち合わせ場所の駅に向かうのだった。




 駅前に着いた俺は、辺りをキョロキョロと見回す。


 「えーと、西口ロータリーの交番あたりだったな」


 独りごちると、交番を見つけ、そこへ向かう。

 そして、その場所に武岡さんと遠崎らしき人影を見つけると、「早っ!」と驚きながら、俺は小走りになった。

 だが、その足は、さらなる驚きに固まり、止まってしまう。

 早紀さんと美紀先輩、込山さんの姿もあり、武岡さんたちと話していたからだ。

 このまま合流してもいいのだろうか?

 凄まじく嫌な感覚にまごついていると、早紀さんが俺に気付いて手招きをする。

 何故だか怖いと感じ、恐る恐る近付いて行く。

 早紀さんは顎に手を当て、俺を上から下まで舐めまわすように見つめる。


 「うーん。まあ、及第点ね。皆はどう思う?」


 「「「いいんじゃない」」」


 武岡さんと美紀先輩、遠崎も俺を見つめると、早紀さんに答える。


 「デートだからと意気込んで、スーツで来るかと思ってたのに」


 込山さんの言葉に、俺はドキッとし、目を泳がせた。


 「あれ? 野山君、何やら目が泳いでいるんですけど。まさか、スーツで来るか悩んだんじゃ?」


 「ま、まさか、そんなことは、さすがにないよ……アハハハハ」


 俺は顔を逸らし、笑って誤魔化した。

 皆は何も言わずに、呆れた目で俺を見ている。

 その視線が、とても痛く感じた。


 早紀さんが辺りを見回してから、腕時計を見る。


 「そろそろ彩矢ちゃんが来そうだから、私たちは撤退するけど、野山君、何かあったら勝手に行動せず、武岡と遠崎君に相談するのよ」


 「わ、分かった」


 なんだか、保護者に付き添われて、デートをするみたいな感覚で恥ずかしい……。

 しかし、応援されていることは分かるので、とても嬉しい。

 彩矢たちと知り合えなかったら、何も変化のない日常を過ごし、花園と寄居の二人といる俺を、早紀さんたちが相手にすることもなかったのだろう。


 そんなことを思っていると、手を振りながら、こちらに駆けてくる女の子に、俺は気付いた。

 彩矢だ。

 彼女は、ゆったりとした淡い青色のデニム、透け感のある白いブラウスの下には、黒いインナーを着ていた。

 とても可愛い。

 大人しい黄緑色のパンツに、ドーンミスト色のノースリーブトップスとボレロ型のカーディガンを着た武岡さんのもとに、彼女が少し息を切らせながら到着すると、挨拶を交わしてから話し始める。

 そんな二人を、周囲の男性たちがチラチラと見ては通り過ぎて行く。

 可愛い系の彩矢と奇麗系の武岡さんが並ぶと、こんなにも人の目を引くのだと思い、そのことを遠崎に話そうとすると、彼をチラ見しながら通り過ぎて行く女の子が、何人も視界に入った。

 もしかして、この場で場違いなのは、俺だけなのでは……。


 現実を知った俺がしょんぼりしていると、彩矢が覗き込んでくる。


 「野山君、おはよう」


 「お、おはよう。爽やかで可愛い服装だね」


 「ありがとう。野山君も野山君っぽい服装でいいね」


 彼女はニコッと微笑むが、今の発言は褒められているのだろうか……?




 全員そろった俺たちは、駅へと入って行き、電車に乗って動物園を目指す。

 少し混んでいた車内では、彩矢と武岡さん、俺と遠崎に別れて空いている席に座る。

 彩矢たちとは対面の位置だったのだが、動物園に近付き、さらに混んでくると、つり革につかまる乗客たちに遮られ、彼女たちの姿は見えなくなった。


 「野山。僕もできるだけフォローはするから、今日は頑張ってね」


 「お、おう」


 隣に座る遠崎と目が合うと、唐突に応援され、俺は戸惑うように返事をした。


 「もしかして、緊張してる?」


 「こんなことは初めてだから、どうも意識してしまって」


 「まあ、仕方ないよね。僕だって武岡さんが一緒だから、意識して緊張することが多いからね」


 「そ、そうか。一緒だな」


 遠崎が武岡さんのことで本音を漏らすなんて、彼も緊張していることが分かった。

 こういう時に緊張するの当然なのだと、仲間が増えたようで安心感が湧いてくる。


 遠崎と他愛のない話しをしている間に、電車は降りる予定の駅の一つ前の駅に着いた。


 「遠崎、この人混みだと、降りる時に戸惑うから、彩矢たちのところに行かないか?」


 「そうだね」


 俺と遠崎は立ちあがると、駅について人混みが少し減った隙に、立っている乗客の間をすり抜けて、彩矢たちの座っている席へと向かう。

 すると、俺は、反対側から乗客の間をすり抜けてきた人とぶつかってしまった。


 「「ごめんなさい」」


 お互いに謝ると、その声は聞き覚えがあり、知っている香りが俺の鼻をくすぐる。

 ぶつかった相手は彩矢だった。


 「同じことを考えていたんだな」


 「そうみたいだね」


 俺と彩矢はクスリと笑ってしまう。


 「いい雰囲気のところ悪いけど、降りる駅は反対側のドアが開くから、開くドアのところに行ったほうが良さそうよ」


 武岡さんはホームで乗車を待つ多くの人たちを指差し、うんざりとした表情で声を掛けてくる。

 俺と彩矢は、恥ずかしくなってうつむいてしまう。


 「そうだね」


 俺に気を利かせた遠崎が答えると、武岡さんの手を取って移動する。

 俺も彩矢の手を取り、二人の後に続いた。


 乗車する人たちが乗り込む前に、俺たちは目的のドアの前にたどり着けた。

 周りの乗客や乗ってくる人たちを見ると、男女のグループやカップル、家族連れが多く、

この人たちも動物園に行くようだ。

 俺は、地元の閑散とした動物園を思い出し、都会と田舎ではこうも違うのかと、その人の多さに圧倒されてしまう。

 そして、人が乗り込んでくると、俺たちは潰さるのだった。

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