第16話 個別面談?

 後日、講義を終えて帰り支度をしている俺のもとに、早紀さんが現れた。

 何故か、嫌な予感しかしない。


 「えーと、何か用かな?」


 俺が尋ねると、彼女はニコッと微笑む。


 「野山君には、これから個別面談を受けてもらいます。ということで行くよ」


 「お断りします」


 「野山君には、拒否権と黙秘権はありません」


 「そんな理不尽な個別面談があるか!?」


 ん? 黙秘権? おいおい、俺は何を聞かれるんだ?

 何とも言えぬ恐怖を感じ、鳥肌が立つ。


 「諦めなさい。自業自得なんだから」


 武岡さんが、逃がすまいと言わんばかりに、俺の腕を掴んだ。


 「彩矢!」


 俺は彩矢に助けを求めたが、彼女はゆっくりと視線を逸らす。


 「野山君、頑張って!」


 そういうセリフは、こちらを向いて言って欲しいんだが……。


 俺は早紀さんと武岡さんに、腕を掴まれて連行されるように連れて行かれる。

 そんな俺を、彩矢と遠崎が手振りながら、笑顔で見送っていた。

 二人から見放されたことに、肩を落とす俺の顔を武岡さんが覗き込む。


 「野山君、大丈夫よ。彩矢も個別面談をしたんだから」


 「えっ? そんなの、いつしてた?」


 「お昼に、私と早紀で彩矢の面談をしたんだけど、野山君は、遠崎君と外に食べに行ってたから」


 「今日に限って、遠崎からラーメン屋に行こうと誘われたからな……」


 早紀さんが俺を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。


 「フッフッフー。遠崎君には、野山君を連れ出すようにと、私が頼んだからね」


 し、仕組まれていた……。

 女の子じゃなかったら、ドヤ顔を見せる早紀さんを叩いてやりたかった。




 俺は観念して、二人に連れて行かれるが、向かっている先は食堂ではなく武術研究会の部室の方角だった。


 「さあ、着いたわよ。お入り!」


 早紀さんが、楽しそうに扉を開ける。

 俺が連れてこられたのは、やっぱり、武術研究会の部室だった。

 中は以前と同じく、薄暗かった。

 以前と違うのは、弧を描くように机が並べられ、その中央には椅子だけが置かれていたことだ。

 そして、並べられた机には、武術研究会の女子会員たちが席に着いていた。




 バンという電源の音と共に、中央の椅子にスポットライトが当たった。


 「野山君、そこに座りなさい」


 椅子の正面の机には、早紀さんがいて、俺に指示を出した。

 仕方なく椅子に座り、正面を見ると、早紀さんの隣には武岡さんと早紀さんにラブコメ漫画を貸した女性、そして、噂好きの例の女の子の姿もあった。

 これ、個別面談って言ってたよな?

 俺を囲むように並ぶ机を見回すと、女子会員たちがジッとこちらを見つめている。

 どう見ても、査問会や審問会の様相にしか思えないのだが……。


 「これって、個別面談だと思ったんだが、何かの間違いか?」


 「何を言ってるの? どう見たって個別面談でしょ」


 早紀さんは、何の疑いもなく答える。


 「俺一人に対して、この人数はおかしくないか?」


 「個別面談に観客はつきものでしょ」


 「待て待て、そんな話しは聞いたことがない。武岡さん、これはどういうこと?」


 早紀さんでは話にならないので、俺は、武岡さんに助けを求める思いで尋ねた。


 「これはこれで面白そうだから、野山君は我慢しなさい」


 「「「「「異議なし!」」」」」


 彼女が答えると、女の子たちも賛同する。


 「おい! そんな理不尽な……」


 これは個別面談なんかじゃない……。




 コン、コン。


 どこから持ち出したのか、早紀さんが机を小さな木槌で叩く。


 「これより、野山君のさい……。コホン。個別面談を始めます」


 「今、裁判と言いかけなかったか?」


 俺は怪しむように早紀さんを見つめると、彼女は、コホン、コホンと顔を逸らして咳き込み、誤魔化した。


 少しの間、沈黙の間を空けてから、俺の個別面談? のようなものが始まった。


 「では、被告、野山君は、彩矢ちゃんをどう思っているのか、五文字、一〇秒以内で答えなさい」


 早紀さんのツッコミどころが多すぎる発言に、俺は思考が停止しそうになるのを耐えた。


 「アホかー!」


 そして、彼女に向かって叫んだ。


 「ふむふむ。彩矢ちゃんのことをアホだと思っていると」


 「ちがーう! そんなことは思ってない!」


 「野山君、虚偽の発言はダメですよ。心証を悪くしますよ」


 「いや、そうじゃなくて、早紀さんにというか、この面談にツッコみどころが多すぎるんだ!」


 「普通の個別面談だけど?」


 彼女は首を傾げて、分からない素振りを見せる。

 絶対、わざとだ。

 その証拠に、薄暗くて表情までは分からないが、クスクスと笑い声が周りから漏れている。


 「なら、なんで、個別面談なのに、俺が被告扱いされているんだ!? そんな面談、聞いたことがない。原告でもいるっていうのか?」


 「原告の方、挙手を」


 彼女の言葉に、バッと、女の子たちが手を挙げた。


 「……」


 俺は言葉を失い、頭が痛くなってきた。


 「これじゃ、原告と被告しかいないじゃないか!?」


 「それは仕方ないでしょ。個別面談なんだから」


 女の子たちもコクコクと頷いている。

 もう、この話題はスルーしよう。

 続けても、埒が明かないことが目に見えている。


 「もう、被告のことはいいとして、五文字、一〇秒以内で答えろというのも、おかしいだろ?」


 「だって、野山君のことだから、煮え切らない発言を長々と話しそうじゃない」


 女の子たちは、俺のことを知っているかの如く頷く。

 特に大きく頷いたのは、武岡さんと噂好きの女の子だった……。


 「……」


 否定したいが、違うと言い切れるほどの自信を持てない俺は、黙ってしまう。


 「じゃあ、話しを戻すわよ。被告……。もう、面倒くさい。率直に聞くけど、野山君は彩矢ちゃんのことを好きなの?」


 率直に聞きすぎだ! っていうか、面倒くさいって、もうやめるなら、さっきまでの流れは何だったんだ……。


 「ほら、答えてよ」


 唖然として黙っていた俺を、早紀さんは急かしてくる。


 「その好きって言うのが良く分からないけど、一緒にいると楽しいし、嬉しいかな」


 「「「「「うっわー。面倒くさっ!」」」」」


 恥ずかしさを我慢して素直に答えたというのに、女の子たちは、声を揃えて酷いことを言う。

 「ほら、煮え切らないことを言い出した」


 「うっ……」


 早紀さんに指摘された俺は、何も言い返せなかった。

 彼女の言いたいことは分からなくもないが、俺にとって、彩矢みたいな親しくなれた女友達は初めてなんだ。

 俺だって、彩矢とは今以上の関係になりたいと思うことだってある。だが、その反面、今の関係が壊れるのも怖いんだ。

 自問自答のように悩んでいた俺を、早紀さんは、少し苛立ちながら見つめていた。


 「どうせ、彩矢ちゃんに気持ちを伝えて、断られたら、今の関係まで壊れるんじゃないかって、ヘタレなことでも考えてるんでしょ」


 「うぐっ……」


 俺は、顔を引きつらせてしまう。


 「図星か……。これだから、男って奴は……」


 「早紀ちゃん、早紀ちゃん。私の情報では、野山君の女性関係は姉と妹だけで、二人以外の女性に対してはチェリー君なんですから、急かせちゃダメですよ」


 噂好きの女の子が、とんでもないことを言いだした。


 「ちょっと待て! 言い方がおかしい! その言い方だと、俺が姉貴と妹と関係を持ったみたいじゃないか!?」


 「えっ? 違うんですか?」


 「違うに決まっているだろ! どこのガセネタだ!」


 「私が集めた情報を基に、推測された事実です! ガセネタだなんて心外です!」


 「推測された事実って……。お前はバカか!? それは、憶測、いや、単なる想像じゃないか!」


 「お前って……。私には、込山こみやま 詩織しおりって名前があるんですよ。そんなモブみたいな扱いをされるなんて屈辱です。私だって怒るんですよ。まあ、チェリー君なら、私のことを『しおりん』と呼んでもいいですよ」


 「呼ぶかー! それと、変なあだ名をつけるな!」


 怒る論点が違う……。そして、このマイペースを崩さない性格、やっぱり、この子は苦手だ。

 この子を相手にすると、何だか、とてつもなく疲れる……。




 パン、パン。


 早紀さんにラブコメ漫画を貸した女性。

 おそらく、この中では最上級生だと思われる彼女が、手を叩く。


 「もう、話しが進まないから、野山君、質問にだけ答えていって。これじゃあ、私がアドバイスをあげたくても、恋愛相談にすらならないじゃない」


 個別面談が、恋愛相談になっているんですが……。


 「美紀みきさん、ごめんなさい」

 「「ごめんなさい」」


 早紀さんが彼女に謝ると、武岡さんと込山さんも謝った。


 仕切り直すように、早紀さんが質問をしてくる。


 「野山君。正直なところ、彩矢ちゃんが彼女になってくれたらとか、思ったことはないの?」


 「それは……。ある……」


 は、恥ずかしい。

 顔がカーと、熱くなってくる。


 「今のままだと、友達のまま、彩矢ちゃんの熱も冷めて、誰かに取られちゃうわよ」


 「そ、それは嫌だ」


 今度はサーと、顔の血の気が引いていく。


 「野山君、そう思っているなら、今を逃すと大変よ。彩矢が男子に興味を抱くなんて珍しいんだから」


 武岡さんが口を挟んでくると、早紀さんもコクコクと頷く。

 俺は興味を抱かれているという言葉に、ソワソワし落ち着け無くなってしまった。


 「なーんだ。野山君の気持ちもハッキリしているなら、私がアドバイスをするまでもなく、あとは野山君が彩矢ちゃんにアプローチを掛ければいいだけじゃない」


 美紀先輩は、俺を見て微笑む。


 「美紀先輩、そのアプローチが分かりません」


 俺は手を挙げ、彼女に質問を投げかけた。


 「キャァー。美紀先輩だって!」


 彼女は片手を頬に当てて恥ずかしがると、武岡さんの背中を、バン、バンと叩く。


 「せ、先輩、痛いです……」


 「あっ、ごめんなさい」


 美紀先輩は姿勢を正すと、俺を見つめる。


 「コホン。野山君、アプローチっていうのは、彩矢ちゃんと二人きりで遊んだり食事をすればいいのよ。早い話し、デートに誘いなさいってことよ」


 彼女は軽く答えるが、俺は困惑する。


 「デートって、付き合ってからするものでは?」


 「「「「「……」」」」」


 俺の言葉に、彼女たちは眉間に皺を寄せ、固まってしまった。


 「普通、デートして、コクって、そこで認めてもらって付き合えるんでしょ。野山君はお見合いから始める気か!?」


 込山さんは、俺を指差して叫んだ。


 「「「こ、これは、不安だ……」」」


 早紀さんと武岡さん、美紀先輩が声を揃える。


 「武岡、遠崎君を誘って、四人でグループデートをしなさいよ」


 「ちょっと、早紀。なんで私と遠崎君がデートをすることになるのよ」


 早紀さんは頬をひくつかせる。


 「いや、武岡と遠崎君のデートじゃなくて、彩矢ちゃんと野山君のデートに、武岡と遠崎君が参加して、フォローしてあげなさいって言ってるのよ」


 「えっ、あっ、そ、そうね。そういうことなら、仕方ないわよね」


 「武岡? 本当に分かってる?」


 「分かってるわよ。大丈夫、任せて!」


 早紀さんは、不安そうに武岡さんを見つめるのだった。

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