第15話 彼女たちの過去
今、俺と遠崎は危機に陥っている。
目の前には「ガルルルル」と唸っている武岡さんが、俺たちを狙うべく、足をムズムズさせていた。
「た、武岡さん、早まっちゃダメだ。俺と遠崎をやっても何にもならないから」
野犬のようにじわりじわりと近付いてくる彼女をなだめながら、俺は遠崎と共にゆっくりと彼女を刺激しないように下がる。
「大丈夫よ。私の蹴りで、二人が今見た記憶を消すだけだから」
「「全然、大丈夫じゃない! 勘弁して下さい!」」
俺たちは彼女に向かって拝みながら声を揃え、彼懇願した。
「ねえ、王子! そのへんで許してあげたら?」
「誰が王子よ!?」
早紀さんが、救いの手を差し伸べてくれるが、逆に彼女を今以上に怒らせている気もする。
「えっ。だって、サユ王子って呼ばれてたじゃない」
「昔のことをほじくり返すな!」
武岡さんが早紀さんに気を取られている隙をついて、トコトコと彩矢が俺たちの前に来る。
「サユ王子を一目見たいと、他校からも女の子たちが集まって来てたんだよ」
「「へぇー。それは凄い」」
「そこ! どさくさに紛れて昔のことを話すな! そして、私をサユ王子と呼ぶな! そして、あんたら二人は何を感心してんのよ!」
俺と遠崎は、とっさに彩矢の影に隠れた。
「まあ、バレちゃったんだから仕方ないよ」
「彩矢と早紀がバラしたんでしょ! 彩矢がそういう態度なら、こっちにも考えがあるわ」
「ほら、野山君と遠崎君! こっちに来てみなよ。これが彩矢が彩矢姫と呼ばれていた頃の写真よ!」
そう言うと、武岡さんはスマホの画面をこちらに向けた。
俺は、彩矢の昔の写真が見たい欲求に耐えきれず、彼女のもとにダッシュすると、遠崎は俺につられてしまったのか、出遅れながらもついてきた。
「「あ、あんたは犬か?」」
武岡さんと早紀さんは、スマホを覗き込む俺を冷ややかな目で見つめる。
「な、なんで、そんな写真を持ってるのよ!?」
俺の背後では、彩矢が叫んでいた。
武岡さんのスマホには、純白のドレスを着たお人形さんのような可愛らしい彩矢が、恥じらうように映っていた。
「ん? 可愛いんだけど、これって、結婚式? 彩矢って既婚者?」
「「そんなわけあるか!」」
首を傾げる俺を、武岡さんと早紀さんが怒鳴りつけてきた。
「これは文化祭のイベントで、コスプレした時の写真よ」
武岡さんは呆れるように話すと、脇からヒョコっとスマホが俺の視界に差し出された。
「この写真のほうが、分かりやすいわよ」
早紀さんが差し出した画面には、純白のドレスの彩矢と王子姿の武岡さんが恋人同士のように仲良く腕を組んでいた。
「うわー。二人とも、中世ヨーロッパを舞台にした映画に出て来そうなくらい、似合ってるね」
「まさに、ハイファンタジーそのものだね。武岡さんの耳をとがらせて、エルフの姿でも似合いそうだ」
遠崎の後に、俺も感想を述べた。
「「ハイファンタジー? エルフ?」」
武岡さんと早紀さんは、引きつった顔で俺を見つめてくる。
「「あんたは、そっち系か!」」
そして、二人は呆れた表情で怒鳴ってくる。
「ま、まさか、ゲームとかのキャラクターを俺の嫁とか言ってたりする?」
武岡さんは、何かを疑うような視線を向けてきた。
「ゲームやラノベとかの作品は好きだし、キャラクターとかも好きだけど、嫁は二次元より三次元がいい」
俺が答えると、武岡さんと早紀さんはホッとした表情をこちらに向ける。
「彩矢ちゃんと上手くいかないのは、好きなキャラにぞっこんだからだと思ったじゃない。紛らわしい」
ラブコメの影響を受けていた早紀さんだけには、言われたくない。
「早紀ちゃんも沙友里も酷い。こうなったら……」
俺のすぐ後ろに来ていた彩矢はスマホをスワイプさせると、俺と遠崎に向けて、その画面を見せつけてきた。
そこには、王子姿の武岡さんと、甲冑ではないが騎士っぽい姿をした早紀さんが剣を抜いてつばぜり合いをしている写真が映し出されていた。
「なんか、凄く鬼気迫った感じのする写真だね」
「だって、喧嘩を始めた早紀ちゃんと沙友里が、本気で戦ってた時の写真だからね」
遠崎は、写真を食い入るように見て感想を述べると、彩矢はとんでもないことを言いだした。
「「……」」
俺と遠崎は、その言葉に驚き、唖然としてしまう。
それって、剣は小道具だとしても、マジで切り合っているのと、たいして変わらないのでは……。
「それにしても、二人とも男子にしか見えないな。ただ、武岡さんがイケメン過ぎて、王子と騎士の決闘というよりも、王子と下男の決闘に見えるのは俺だけ?」
俺が率直な意見を述べると、お兄さんや皆が集まって来て覗き込む。
「うーん。早紀は見劣りしてるな。俺には下男というよりもガキ大将に見えるぞ」
お兄さんはあごを押さえながら、感想を述べる。
「早紀ちゃんだけならカッコいいと思う子もいるとは思うけど、これは相手が悪すぎだわ。イケメンとチンピラって感じね」
「早紀ちゃん、可哀相に。これでは悪役は早紀ちゃんって思われたんじゃない」
女性会員たちも思ったことをずけずけと言い出し始める。
「そうだ。こんな写真もあるぞ」
お兄さんがスマホの画面を皆が見えるように出した。
その画面を覗き込むと、シャツにズボン姿の武岡さんと早紀さんが、お互いの胸ぐらを掴みあっており、その後ろには、心配そうに見つめているワンピース姿の彩矢が映っていた。
「彩矢を取り合っているイケメン少年とヤンキー少年って、構図にしか見えない」
「「「「「確かに」」」」」
俺が素直な感想を述べると、女性会員たちは賛同してくれた。
「黙って聞いていれば、お兄ちゃんも皆も言いたい放題、言ってくれるわね」
顔を上げると、腕を組む早紀さんが、顔を真っ赤にして静かに激怒していた。
「いや、早紀、すまん」
「「「「「早紀ちゃん、ごめん」」」」」
皆は、彼女に向かって謝る。
「野山君は謝る気はなさそうね。彩矢ちゃんのとっておきの写真はお預けね」
とっておきと言われては、見ないわけにはいかない。
「早紀さん、申し訳ありませんでした」
俺は腰を九〇度に曲げて謝った。
「よ、欲望に素直過ぎない……。ま、まあ、いいわ。ほら、見なさい」
彼女が差し出したスマホの画面には、髪を結い、金色の
「凄い奇麗で可愛い。これって何の写真? また、コスプレ?」
「違うわよ。彩矢ちゃんが祭事の時に神楽を舞ったのを撮っておいたのよ」
「へぇー。凄いな。俺も見てみたかった」
「毎年、舞ってるわよ」
「へ? 毎年? こういうのって、その年ごとに、町内会とかで選ばれた子が踊ってたんじゃないの?」
「そういうところもあるけど、盆踊りとかじゃないんだから、普通は、そこの神社の巫女が舞うものよ」
「そうだったんだ。……ん? 彩矢って巫女なの?」
どう見ても中高生にしか見えない彩矢の巫女姿を見て、俺は頭の中が混乱した。
「彩矢の実家は、神社なのよ」
武岡さんに教えられた俺は驚き、彩矢に視線を向けると、彼女は恥ずかしそうにしていた。
そして、俺は再び武岡さんに視線を戻す。
「ど、どうしよう、テケ岡さん。うちは仏教だったと思う……」
動揺した俺は、彼女の名前を噛んでしまった。
「「「「「ブハッ!」」」」」
ドゴッ。
皆が吹き出すと同時に、俺の腹に武岡さん拳がめり込んだ。
その場に屈み、痛みと苦しさで涙を浮かべながら、俺は武岡さんを見上げると、彼女は鬼の面でもかぶっているかのような怖い顔に変貌していた。
「くだらないことにうろたえて、よくも人の名前を噛んでくれたわね。どうなるか分かるわよね?」
「ヒィー!」
俺が悲鳴を上げると、彩矢と早紀さんが彼女を取り押さえた。
そして、二人は彼女の顔を見ると、すぐに顔を逸らして笑いだす。
「二人とも、酷い……」
「ごめん、沙友里。でも、テケ岡って、ブフッ」
「テケ岡、落ち着きなさい。噛むのは仕方ないって。ね、テケ岡。ブハッ」
彩矢と早紀さんは、彼女の怒りをあおっているようにしか見えない。
「武岡さん、遠崎と結婚すれば苗字が変わるから大丈夫だ!」
「アホかー! だいたい、あんただって、山野と言われて落ち込んでたじゃない!」
「うっ……。誰だ!? テケ岡なんて言ったヤツは!?」
「「「「「お前だ!」」」」」
皆が一斉に俺を指差した。
「そ、そうでした。武岡さん、ごめんなさい」
俺は武岡さんにも、腰を九〇度に曲げて謝った。
「沙友里、野山君も謝ってるんだし、許してあげて」
「うー。今回は特別だからね!」
「はい、申し訳ありませんでした」
彩矢が俺を庇うと、彼女は許してくれた。
俺は、再び腰を九〇度に曲げて謝るのだった。
その後、お兄さんが笹島たちを俺たちに謝罪させると、数人の会員が彼らを部屋から連れ出した。
そして、お兄さんたちも頭を下げて謝り、今回の呼び出しの件は丸く収まった。
要件は終わったのだが、彩矢と武岡さんは、早紀さんと女性会員たちに囲まれ、楽しそうに話し出している。
俺はと言うと、お兄さんに掴まり、主に実家の道場や姉貴のことを聞かれていた。
現在の門下生の人数や女性の門下生が今も少ないのかなど、お兄さんの質問に全て答えると、彼は俺の今の生活についても聞いてくる。
俺が今の実家にいたころと比べれば不摂生な現状を素直に答えると、お兄さんは腕を組んで悩みだす。
「浩太君、不摂生で弛んできた身体をリセットするためにも、俺たちと一緒に、ここで汗を流さないか?」
たまには身体を動かしたい気持ちはあるが、これは、おそらく勧誘だろう。
「申し訳ないですが、お断りします」
「「お断りします」」
俺がお兄さんに断ると、別の方向からも断りを入れる彩矢と武岡さんの声が聞こえてきた。
向こうでも勧誘されていたのか……。
「遠崎君はどうだ? 周りが強いと肩身が狭いだろう。うちは初心者も大歓迎だ。浩太君たちまでとはいかんが、それなりには強くしてやれるぞ」
「いえ、僕は格闘技とかには向いてないことを、自分でも理解しているので、せっかくのお誘いですが、申し訳ありません」
お兄さんは、遠崎にまで声を掛ける。
悪い人たちの集まりではなく、どちらかと言うと面倒見のいい人たちが集まっているのだろうが、ごっつい見た目と笹島たちのような輩が暴走していたから、会員が集まりにくいのかもしれない。
「入会したい人は、あまりいないんですか?」
「来るには来るのだが、強くなってブイブイ言わせたいだとか、ちょっと、そこら辺の奴らをやっつけて女の子に強いところを見せたいだとか、ろくな奴が来ないんだ……」
お兄さんは俺の質問に答えると、ガックシとうなだれた。
「笹島たちみたいなのもいるから大変ですね」
「まあ、あの手の連中は、特に入会させて上には上がいることを教えないといけなかったのだが、面目ない。和人さんのようにはいかないものだ」
それは、お兄さんが純粋に強さを求めていた人だったからなのではと思ったが、力におぼれている連中を真剣に更生させたいと、彼が思っているので余計なことは言わないことにした。
そろそろ俺たちはお暇しようと思い、四人で顔を見合わせて頷く。
「では、俺たちは、この辺でお暇します。今日は色々と話せて楽しかったです。ありがとうございました」
俺が頭を下げると、彩矢たちも頭を下げた。
「待って! 別件なんだけど、野山君と彩矢ちゃんは、私たちで個々に面談をしたほうがいいと思うの。このままでは、私たちがじれったくて……コホン。二人が宙ぶらりんのままだから、良くないと思うわ」
「「「「「賛成!」」」」」
早紀さんの提案に、武岡さんと遠崎を筆頭に、女性会員たちも手を挙げた。
何か言い間違えたぞ。それに俺たちが宙ぶらりんって?
俺が首を傾げると、彩矢も首を傾げた。
「じゃあ、二人は後日に私たちが面談をするから、そのつもりで」
「「えっ?」」
困惑する俺と彩矢を放って、早紀さんたちは集まりだし、相談を始めるのだった。
いつになったら、帰れるんだ……。
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