第11話 武術研究会からの呼び出し

 カーテンが閉め切られた少し薄暗い室内に、俺、武岡さん、矢神さん、遠崎の順に入ると、笹島とその取り巻き、このサークルの会員とみられる屈強そうな男たちが、ずらりと壁沿いに並んでいた。

 中には女の子の姿もちらほらといて、どの子もオシャレに気を遣っているようで、『武術研究会』という名称から連想されるガチガチの体育会系ではなさそうにも見える。


 「おい、早紀。入室する時の「失礼します」はどうした?」


 中央でパイプ椅子に鎮座するひときわ大柄な男が佐々木さんに声を掛けた。


 「あっ、ごめんごめん。今日は幼馴染もいるんだよ。そういう堅苦しいのは引かれるからなしにしよう」


 「アホかー! 会員たちに示しがつかんだろ。それに、礼儀作法だから引かれるわけがないだろ。そんなことだと、就活の時に痛い目を見るぞ」


 何やら兄妹喧嘩が始まってしまった。


 「はいはい。お兄ちゃんは、ただでさえ見た目がアレなのに、そんなんだから、モテないんだよ」


 「余計なお世話だ! それと、「はい」は一回でいい」


 「はーい」


 「伸ばすな! 俺をおちょくってんのか!?」


 「もーう、私にとやかく言うのは、彼女ができてからにしてくれる!?」


 「お、お前ってやつは……」


 勝敗は妹の勝ちのようだ。

 妹って、どこもこんな感じなのだろうか? 可哀相に……。

 俺は自分の妹との兄妹喧嘩を思い出し、目の前にいる怖そうな男に同情してしまう。




 「コホン。見苦しいところを見せたな。いつも、こいつのペースに乗せられてしまうんだ。すまない」


 俺たちを鋭い眼光で見つめた佐々木さんのお兄さんは、その外見とは違い、深々と頭を下げる。


 「「「「いえ、大丈夫です。気にしないで下さい」」」」


 俺たち四人は両手を振るようにして、声を揃えて答えた。

 頭を上げたお兄さんは、再び俺たちを見つめる。


 「俺は武術研究会の会長をしている佐々木 健司けんじだ。もう、知っていると思うが、早紀の兄でもある」


 「「お兄さん、お久しぶりです」」


 武岡さんと矢神さんが、すぐに返事をした。


 「ん? ……おお、沙友里ちゃんと彩矢ちゃんか!? 久しぶり、しばらく見ない間に見違えてしまって、すぐには気付けなかったよ」


 さっきまで硬くて怖く見えた表情だったお兄さんは、ニッコリと微笑み柔らかい表情となった。


 「笹島、武岡と彩矢ちゃんから話しは聞いたよ! お前は死刑!」


 「「「「「!!!」」」」」


 お兄さんに俺の自己紹介が終わっていないというか、まだ始まってもいないというのに、突然、口を挟んできた佐々木さんが、笹島を指差して死刑宣告をすると、その場にいた者は驚き、笹島に視線を向ける。

 彼は驚いた表情浮かべると、佐々木さんを呆然と見つめだす。

 始まったばかり……いや、まだ始まってもいない段階で急展開する状況に、俺たちはついて行けないで困惑してしまう。


 「お兄ちゃん、こいつ、彩矢ちゃんの胸を揉んだ挙句に、彩矢ちゃんと武岡を自分の取り巻きを使って、無理矢理、ホテルに連れ込んだのよ!」


 佐々木さんの報告に会員たちは驚き、お兄さんはギロリと笹島を睨みつけた。


 「ホテルには連れ込んでねぇー! その前にそこの二人にこいつらがやられたから、退散したんだ!」


 笹島が反論した時には、佐々木さんは矢神さんの背後へと移動していた。


 モニュ、モニュ。


 「キャァァァー!」


 悲鳴を上げる矢神さんの胸を、彼女は背後から手を差し伸べて持ち上げるようにすると、揉みしだいていた。


 「「「「「ゴクリ」」」」」


 矢神さんのボリュームのある胸が跳ねたり揺れたりしながら揉まれている姿を見た男性会員たちから生唾を飲む音が聞こえると、女の子たちが彼らを蔑むように見つめる。


 「早紀ちゃん、もう、やめてー!」


 パシン。


 矢神さんが、その手を両手で退けようとしていると、武岡さんが佐々木さんの後頭部を叩いた。


 「早紀、いい加減にしなさいよ。彩矢が嫌がってるでしょ!」


 「あっ、ごめんごめん。彩矢ちゃんの胸が、あまりにも揉み心地が良くて、つい、我を忘れちゃった。テヘッ」


 佐々木さんは、叩かれた後頭部をさすりながら舌を出した。


 「テヘッ、じゃないわよ。まったく、もう。ハァー」


 武岡さんは呆れて溜息をつく。


 「だから、ごめんって、彩矢ちゃんもごめんね」


 矢神さんは胸を押さえながら頬を膨らませてはいたが、彼女が謝るとコクリと頷いて許すのだった。




 「コホン。早紀のせいでおかしな状況にはなったが、まあ、事情はだいたい分かった」


 お兄さんは困り顔で佐々木さんを見つめてから、笹島に視線を向けて睨みつける。


 「笹島、お前は俺の顔に泥を塗ったようだな。それに……まあ、沙友里ちゃんに負けるのは仕方ないか。だとしてもこちらの素人さんにも負けたんだろ? いや、お前が負けて良かったよ。お前が沙友里ちゃんと彩矢ちゃんを、無理矢理、手籠めにしたと知ったら、俺がお前を死ぬ間際までボコボコにしていたかもな」


 「佐々木会長、すみませんでした。お酒が入って調子に乗っていました。すみませんでした」


 笹島は、お兄さんに向かって直角に腰を折り、謝罪した。


 「反省してるなら、しばらくは禁酒だ。いいな」


 「はい!」


 彼は腰を折ったまま、お兄さんに大きな声で返事をする。


 「あまーい! お兄ちゃんは甘すぎるよ。ちょっと気になって、調べたんだけど、笹島は他にも余罪があるよ。って言うか余罪だらけよ。どこのグループも、横暴な笹島たちがコンパに参加するのを嫌がってるんだから。それに、ホテルに連れ込まれた子もいるって聞いたし、彩矢ちゃんの胸を触った笹島を、そこにいる遠崎君が注意したら殴ったらしいよ」


 ダンッ!


 佐々木さんが告げ口をすると、お兄さんは鬼の形相に変わり、床を力強く踏んだ。


 「ささじまー! てめぇーは、まだ、そんなことをしてんのかぁ!」


 部屋中に響き渡る大声でお兄さんが怒鳴ると、笹島はビクッと身体を強張らせる。


 「いえ、それは……その……」


 彼は恐怖で顔を青くし、言い訳もできないほど言葉が続かなくなっていた。


 「おい、笹島たちを鍛えなおしてやれ!」


 「「「「「はい、会長!」」」」」


 会員たちが笹島とその取り巻きを囲んで押さえつける。


 「おっと、その前に、沙友里ちゃんと彩矢ちゃん、それとお前が殴った遠崎君に詫びを入れろ!」


 お兄さんは遠崎君と言いながら、俺に向かって手を差し伸べてくる。


 「お兄ちゃん、そっちは野山君。こっちが遠崎君。部屋を薄暗くしてるから間違えるんだよ。カッコつけているつもりだろうけど、時代遅れな感じというか、中二病っぽくて全然カッコよくないからね」


 佐々木さんは、武岡さんの後ろに隠れるようにしていた遠崎の腕を引っ張って来る。


 「そうか、すまん。って、早紀、ネタバレのようなことを言うな! それにこういうほうが雰囲気が出るだろ!」


 「ハァー、バカなんだから……」


 彼女は遠崎を俺の隣に連れ出しながら溜息をついた。


 「ムググ。おい、電気を全部つけろ!」


 「はい」


 会員の一人が返事をすると、パチパチパチというスイッチ音と共にパッと部屋が明るくなった。

 皆がはっきり見える明るさになると、「キャー、いい男じゃない!」と黄色い歓声が上がった。

 いい男じゃなくて悪かったな!

 俺は少しムッとする。

 そんな俺を見て、武岡さんと矢神さんが口元に手を当ててクスクスと笑いだす。


 「ん? じゃあ、こちらさんは?」


 お兄さんは俺を見て、首を傾げる。


 「はあ? お兄ちゃんが呼んで来いって言った野山君よ! 笹島をだしに使って調子に乗っている奴を連れて来いと言ったのは、お兄ちゃんでしょ! バカなの?」


 佐々木さんは、お兄さんを蔑むような目で見つめた。


 「そ、そうか、そうだったな。すると、彼が笹島たちを沙友里ちゃんと共闘して倒したとのか」


 「初めまして、野山です。よろしくお願いいたします。そして、俺は手伝っただけで、武岡さんの一人舞台でした」


 「佐々木です。こちらこそ、よろしく。というか、早紀のせいで挨拶が遅れてしまい、申し訳ない」


 「いえいえ、お気になさらず。兄というものは妹には弱いものですから」


 「おおー、分かってくれるか!?」


 「はい、俺も妹が関わると調子を崩されるので」


 「そうか、そうか。理解者がいてくれるとありがたい」


 「ちょっと、妹ネタで意気投合しないでくれる。二人ともキモイわ」


 お兄さんと俺の会話に佐々木さんが口を挟み、罵ってきた。


 「「「妹がいるなんて、聞いてない」」」


 そして、矢神さんと武岡さん、遠崎が声を揃えて驚く。


 「いや、聞かれてないし……」


 俺が言い返すと、矢神さんと武岡さんがムスッとした表情を向けてくる。


 「えーと、聞かれる機会が無かったので、言いそびれてまいした。ごめんなさい」


 「「よろしい」」


 本能が警告を出していることに気付いた俺が、すぐに謝ると、二人は満足そうに微笑んだ。


 「尻好きなだけに、二人の尻に敷かれてるの?」


 佐々木さんは、上手いことを言ったつもりなのだろうか?

 満足そうな顔で、さっきの件を掘り起こして、俺を茶化す。


 「佐々木さん、俺は尻好きってほど好きなわけじゃない。さっきのは男の性みたいなものだから、茶化されても困るのだが」


 「なら、何ですぐに謝ったの?」


 「二人には嫌われたくないから」


 「それって、尻に敷かれてるとも言わない?」


 「えっ? そうなのか?」


 俺は首を傾げて悩みだしてしまった。


 お兄さんは、俺と佐々木を見て困り顔をする。


 「おい、早紀。口を挟むな。彼との話しが進まん」


 彼女は「二人が脱線したんでしょ? 何で私が注意されるのよ」でもと言いたげな顔をお兄さんに向けると、ベェーと舌を出す。


 「……本当に困った妹だ。それで、野山君、話しを進めるが沙友里ちゃんを手伝ったとはいえ、あいつらに立ち向かうには、それなりの経験がないと無理だとおもうのだが?」


 「それは、男子校出身なんで、なんとかなるかと」


 「「「そのネタは、もういい!」」」


 矢神さんと武岡さん、遠崎が叫んでツッコミをいれてくるが、他の人たちは俺の意味不明の返事にキョトンとしてしまう。


 「男子校って、笹島たちよりも強い人ばかりなの?」


 佐々木さんだけが真に受けて、お兄さんに向かって尋ねる。


 「そんなわけないだろ。彼の冗談……いや、一校だけ心当たりはあるが、まさかな」


 お兄さんは話しの途中で考え込むように俺を見つめる。


 「その男子校のそばには、野山のやま組討道場くみうちどうじょうというのがあって、その学校の授業の中には武道の時間割もあって、剣道や柔道ではなく、道場の師範に来てもらって、地元の武道として組討術を教えているんだ」


 「「「「ん? 野山組討道場? 野山?」」」」


 矢神さん、武岡さん、遠崎、佐々木さんの四人は、お兄さんの話しを聞いた後に声を揃えると、俺を見て首を傾げる。


 「野山君のご実家って、何をしてるの?」


 「兼業農家です」


 矢神さんにジーと見つめながら尋ねられた俺は、目を泳がせながら答える。


 「お父さんのお仕事は?」


 「警察官です」


 「うーん? ご実家は、農業の他にも何かやってたりするの?」


 「……まあ、兼業ですから」


 言葉を濁す俺を、矢神さんは疑うように見つめてくる。


 「何をやってるの? 答えて」


 「野山組討道場です」


 「「「「「!!!」」」」」


 俺の返事に、その場にいた全ての者が驚くのだった。

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