第10話 幼馴染
女の子から噂話しを聞いた時の一件で、男子グループの中の一人から忠告された笹島の所属サークルがお礼参りに来るのではと、俺は気になっていたが、数日が過ぎても来る気配がなく、ビクビクしているのがバカらしくなってきていた。
別にビビっているわけではない。
ただ、笹島が所属しているということで、たちの悪いサークルなのではと警戒しているだけだ。
そんな俺が矢神さんと武岡さん、遠崎といつものように楽しく会話を弾ませていると、教室の入り口あたりがざわついていた。
「何かあったのかな?」
遠崎は立ちあがり、教室の入り口に目を向けて確かめる。
「誰かいるみたいだ。……ギャルっぽい子がいる」
「「「……ギャル?」」」
俺と矢神さん、武岡さんは、遠崎を見上げて首を傾げた。
「野山! お客さんだよ!」
教室の入り口にいた男子から、俺に声が掛かる。
「「「ギャルの知り合いがいたの?」」」
矢神さんたちは俺を見つめてくる。
「いるわけないって! この前まで花園たちだけとしか交友関係がなかった俺に、ギャルの知り合いがいると思う?」
俺はドヤ顔で聞き返した。
「そう言えばそうだったわね。……野山君、自分で言っていて虚しくない?」
武岡さんが半笑いで、さらに返してくると、遠崎と矢神さんも半笑いで俺を見てくる。
「虚しいです……」
「「「……そうだよね」」」
三人は半笑いのまま、声を揃えて俺に同情していた。
俺が教室の入り口に向かう前に、尋ねてきたギャルのほうがこちらへと来て、俺たちの前に立つ。
彼女の金色に染められた髪は、部分的にピンクにも染められており、薄い灰色の胸元を強調したトップスにショートパンツを履いていた。
そして、見た目は可愛くてスタイルも良く、雑誌に出ていそうな感じの女の子だった。
ドカッ、ドカッ。
別次元の人のようで見惚れていると、俺の足を矢神さんと武岡さんが蹴ってきた。
交互に二人を見ると、ムッとした表情で俺を睨んでいる。
「いや、こんな子が俺になんの用かと思って……」
「「嘘つけー!」」
言い訳をする俺に、怒った顔で二人が叫んだ。
「ご、ごめんなさい」
「こんな奴に笹島が負けたの?」
二人に謝る俺を呆れるように見つめた女の子は、悩むように首を傾げた。
「いや、笹島とは何もしてないよ。あいつの取り巻きとやりあっただけだから」
「そうなの。……待った! あいつらもそれなりに強いのよ!」
彼女は目を見開いて、俺を覗き込む。
か、顔が近い。そして、いい匂いがする。
ドカッ、ドカッ。
顔を真っ赤にしてドギマギする俺を、矢神さんと武岡さんが蹴ってくる。
これは俺のせいじゃない。男なら仕方のないことなんだ……。
女の子が顔を遠ざけると、俺は自分は悪くないと思いつつも、二人にペコペコと謝った。
「それにしても、一人であいつらを負かすなんて、凄いわね」
「いや、武岡さんという強い女の子と二人だったから」
「ふーん、そうなんだ。ん? 武岡? それって、武岡 沙友里だったりする?」
「そう。よく知ってるね」
俺が頷くと、彼女は俺たち四人を見てから、矢神さんと武岡さんを見る。
そして、二人の胸元を見ると、すぐに武岡さんに視線を向ける。
「武岡? 武岡だよね?」
彼女は武岡さんを当てると、納得したように頷いた。
「ちょっと、あんた! 今、どこで判断した!?」
武岡さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「やっぱり武岡だ! 久しぶり。女の子になってるから分からなかったよ」
「人の話しを聞け! それと、私は元々、女の子だ!」
人の話しを聞かないこの子は、武岡さんの知り合いらしい。
「それで、あんたは誰よ?」
「……えっ? 私よ私、忘れるなんてひどーい!」
「
「お前は黙ってろ!」
口を挟んだ俺は、彼女にきつい言葉で怒鳴られてしまった。
しかし、クスクスと矢神さんが笑いだしていた。
矢神さんにウケたので、これはこれで良しとする。
「武岡。私よ、
「「うそー!」」
女の子が自分の名を告げると、武岡さんだけでなく、矢神さんまでもが驚く。
「えっ?」
彼女は矢神さんをジッと見る。
「もしかして、彩矢ちゃんだよね?」
彼女の言葉に、矢神さんはコクコクと頷く。
「彩矢ちゃーん、久しぶり!」
彼女は矢神さんの前へと行く。
ユサユサ。
「しばらく見ない間に、こんなに立派になっちゃって!」
彼女は矢神さん胸を両手で持ち上げ、揺らした。
「そんな褒め方、嬉しくない!」
矢神さんは彼女に向かって、プクーと頬を膨らませた。
そして、思わず、その弾むように揺らされる胸に目を向けてしまった俺は、刺激が強すぎると、すぐに反対の方向を向いて、顔を逸らした。
すると、武岡さんが俺を見て、ニヤニヤと悪戯っぽく笑っていた。
なんだか、とても恥ずかしくなってくる。
俺と遠崎はいないかのように無視し、佐々木さんと矢神さん、武岡さんの三人は会話に夢中になっていた。
三人は中学まで一緒だった幼馴染なのだが、佐々木さんが中学二年生の時に引っ越してしまい、彼女が引っ越し先から連絡をするはずだったのだが、連絡は来ず、こちらから連絡しても、繋がらなかず、それ以来、連絡が取れていなかったそうだ。
たまに気を遣ってくれた矢神さんが、俺に彼女のことを教えてくれた。
そのことを武岡さんが佐々木さんに尋ねると、彼女は引っ越す際にスマホは解約するものだと勘違いして解約してしまい、その後、新しくスマホを契約したのだが、そのまま連絡するのを忘れていたとにこやかに謝ると、武岡さんと矢神さんは唖然としてからうなだれるのだった。
懐かしむように会話を楽しんでいる三人を見ていた俺は、佐々木さんが俺に用があったことを思い出した。
「あのー、久しぶりの再会を中断して悪いのですが、佐々木さんは、俺に用があって、来たんだよね?」
俺は申し訳なさそうに、恐る恐る声を掛けた。
「あっ、そうだった。えーと……」
「野山君」
矢神さんが俺の名を忘れた佐々木さんをフォローする。
「そうそう、野山君、あとで呼びに来るから、武術研究会に顔を出してね」
「なんで?」
「会長が笹島の件で、野山君と話がしたいんだって、だからよろしく」
「その件は、おそらく俺に対する嫌がらせのための噂が原因で、誤解だと思うから、そう伝えてもらえるかな」
「嫌よ、面倒くさい。自分で説明してよ」
彼女は可愛い顔を崩すほどの嫌な顔をした。
「……」
その顔を見た俺は、これは彼女に頼むのは無駄だと悟った。
うなだれる俺を見て、矢神さんと武岡さんが俺の背中を優しく叩いてくる。
「行きたくないのは分かるけど、仕方ないわよ。私たちも一緒に行ってあげるから」
武岡さんが仕方なさそうに声を掛けると、矢神さんも頷いた。
なんか、それはそれで、情けない気がしてくる。
◇◇◇◇◇
俺を呼びに来る時間を言わずに立ち去ってしまった佐々木さんが現れたのは、夕方になる少し前になってからだった。
呼びに来る時間を聞いていない俺たちが、彼女を待たずに帰ってしまったら、彼女はどうするつもりだったのだろうか?
悠々と現れる彼女を見て、俺はそんなことを思った。
佐々木さんと武岡さん、矢神さんが並んで話しながら歩いていく後ろを、俺と遠崎がついて行く。
「遠崎、一緒にきてくれてありがとう」
「最近は、この四人でいるのが日常だから、僕だけ関係ないと帰るわけにはいかないよ。それに、武岡さんもついて行くことになったとなると、少し心配だからね」
「なるほど。武岡さんは喧嘩っ早そうだからな……」
「う、うん。ま、まあ、そうだね」
「???」
歯切れの悪そうな感じの遠崎に、俺は何か間違ったことを言ったのかと軽く首を傾げて悩んだ。
「まあ、深く考えないでよ」
俺の悩む姿を見た遠崎は、あまり踏み入られたくなさそうな顔で声を掛けてきたので、俺は、それ以上、詮索することをやめ、黙ったまま彼に頷いてみせた。
そして、二人で他愛のない話しをしながら、矢神さんたち三人の後ろ姿を見つめつつ、ついて行く。
詮索はしないつもりだったが、遠崎の視線の先には、いつも武岡さんがいることに気付いた俺は、頭の中にあることが浮かんだ。
遠崎は、武岡さんが好きなのでは?
俺はこちらに顔を向けた遠崎を見て、ニンマリとしてしまう。
「……の、野山? そのいやらしそうな笑みは何?」
「いや、別に何でもない。たまたま思い出し笑いを……」
俺が誤魔化すように答えると、彼は眉をひそめて、疑わしそうに俺を見てくる。
「ま、まさか、彼女たちのお尻を見てニヤニヤしてたんじゃ?」
「えっ!? そ、そんなわけあるか!」
とんでもない嫌疑を掛けられた俺は、思わず動揺してしまった。
「なんか怪しいな? 本当に?」
「本当だ!」
「三人の後姿を見ていて、一度もお尻に目はいかなかったって言える?」
「そ、それは……。っていうか、三人とも、あんなにスタイルがいいのに、遠崎は一度も見てないって言えるのかよ?」
「いや、それは……」
「ほら見ろ!」
俺は、彼に向かって勝ち誇ったような顔をした。
「あんたたち、聞こえてるんだけど……」
武岡さんがこちらを振り返る。
彼女はお尻を隠すように押さえながら、ジト目で俺たちを見つめると、その隣では少し顔を赤らめて恥ずかしそうにする矢神さんと、痴漢でも見るような蔑んだ視線を向けてくる佐々木さんもお尻を隠していた。
「変態」
「野山君のエッチ」
「拝観料、払え」
三人は声を揃えて、俺たちを罵ったが、矢神さんが俺の名を口にしたので、俺だけが罵られているみたいだ。
そして、佐々木さんだけが何かズレてる。
「拝んでない!」
俺は反論した。
「拝め、尊べ、そして、金を払って死ね!」
佐々木さんは、物凄く横暴なことを言い出す。
この子、俺にだけ当たりがきつくないか……。
そんな彼女を、矢神さんと武岡さんが困ったように半笑いで見つめていた。
そうこうしているうちに、俺たちは『武術研究会』と書かれた張り紙がされている扉の前に到着した。
「ここが武術研究会よ。我がサークルへようこそ!」
佐々木さんはニッコリと微笑むと、扉の前で手を大きく広げて、俺たちを歓迎するように声を上げる。
いやいや、その態度はおかしくないか? 俺は呼び出されているんだよな……。
コンコン。
佐々木さんは扉をノックしてから開けると、少し薄暗い室内へと入って行く。
「お兄ちゃん、連れてきたよ!」
「「「「お兄ちゃん!?」」」」
彼女の言葉に、俺たちは驚く。
「ほら、早く入ってきなよ」
ニッコリと微笑みながら手招きをする彼女に従って、俺たちは恐る恐るその室内に足を踏み入れるのだった。
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