第9話 二人からの嫌がらせ

 講義が終わり、休み時間に入った。

 すると、俺たちの噂を持ってきた女の子が、再びこちらへと寄ってくる。


 「野山君の噂よね。……ハァー、九〇分の講義を受けるとのどが渇くわね」


 彼女はのどを押さえて、チラッ、チラッとこちらに視線を送ってくる。


 「「「「……」」」」


 おそらく、お茶を要求しているのだろう。

 武岡さん、矢神さん、遠崎、俺の四人は、そんな彼女を眉をひそめ、呆れるように見つめる。


 チラッ、チラッ。


 彼女はお茶を出すまで、俺の噂を話す気はなさそうだ。


 「あー、鬱陶うっとうしい! はい、野山君」


 武岡さんは、俺に向かって手を差し伸べた。


 「えっ? また俺が出すの?」


 「野山君の噂を聞くんだから、本人が出すのは当然でしょ」


 そんな理不尽な……。

 俺は渋々と財布から小銭を出し、武岡さんの手のひらに載せた。

 そして、彼女は俺から搾取した小銭を遠崎に握らせる。


 「遠崎君、よろしく」


 「えっ? また僕が買ってくるの?」


 彼は目をパチクリさせてこちらを見る。

 俺は目を合わさないように、サッと横を向いた。


 「えーと、フローズンヨーグルトドリンクね」


 女の子が注文をすると、彼の顔が引きつる。


 「それって、また学食にいかないと買えない物じゃないか! それに、またお金も足りない」


 遠崎はげんなりしながら立ちあがると、学食に向かった。

 その背中を見た俺は、少しだけだが、罪悪感を覚えるのだった。




 女の子は、武岡さんと別の話しを始め出す。

 フローズンヨーグルトドリンクが届くまでは、俺の噂を話す気はないようだ。

 じらされている俺がジッと見つめていても、彼女は気にすることなく、武岡さんに、最近、話題になりつつある都市伝説を話していた。

 その内容は、『妬みのG』という名がつけられた怪奇現象で、不快害虫、衛生害虫、経済害虫のすべての害虫の分類に当てはまる害虫の中の害虫である黒光りの主が、就寝時間ごろに部屋中を動き回って寝かせてくれないというものだった。

 それって、ただ、Gを取り逃がして、いつ、また出てくるのかが怖くて寝られなかっただけなのでは? と思ったが、得意げに話している女の子の機嫌を損ねるのはマズいと、俺は黙っていた。


 都市伝説の話しで時間が費やされていると、遠崎が戻って来た。

 そして、女の子にフローズンヨーグルトドリンクを手渡す。


 「ありがとう。遠崎君」


 彼女は一口飲んで、フゥーと小さく息を吐いた。

 あれ? 俺もお金を出してるんだけど……。


 「じゃあ、野山君の噂を話すわね。えーと、……何だっけ?」


 彼女の言葉に苛立った俺と遠崎は、彼女を睨みつけた。


 「じょ、冗談だって、そんな怖い顔で睨みつけてこないでよ」


 ニッコリと微笑むマイペースな彼女に、やっっぱり、この子は苦手だと、俺は思った。


 「じゃあ、話すね。まあ、大した噂じゃないんだけど、笹島をだしに使って彩矢ちゃんを手に入れたとか、その笹島とのコンパの一件で、彩矢ちゃんに貸しを作ったことをいいことに、暇さえあれば彩矢ちゃんの胸を揉んでるとか、夜は身体で奉仕させてるとか、エロガキが考えそうなネタばかりよ。あとは」


 「ま、まだあるの?」


 「あるわよ。彩矢ちゃんをセフレにして調教中だとか、彩矢ちゃんを使ってレンタルセフレを計画中だとかバカみたいよね。真に受ける人なんているのかしら?」


 「「「「「……」」」」」


 俺たちだけでなく、いつの間にか周りに集まっていた野次馬たちまでもが、くだらなさ過ぎて言葉を失っていた。




 しばらくすると、コンパに参加した者たちが、お互いに疑うような目を向けていた。

 そうか、笹島の一件を知っている者が噂を流したとなると、コンパに参加した者が怪しくなる。

 俺も気付き、辺りをキョロキョロと見るが、よく考えてみると、花園たちといつも一緒で、最近まで名前もろくに覚えてもらっていなかった俺の噂を流しても、噂を聞いた人は誰のことだか分からないのでは? それに、そんな噂を流して、何の意味があるのだろうか?


 そんなことを思い、頭を悩ませていると、数人で集まった男子グループがゾロゾロと教室に入って来た。

 見たことのない顔ぶれに、周りにいた野次馬たちもざわめき始める。

 彼らは野次馬たちを押しのけて俺たちの席に前に来ると、遠崎、武岡さん、俺、矢神さんを順に見ていく。

 そして、俺に視線を戻すと、目つきが変わり睨みつけてきた。

 なんで、俺? 初めて見る顔ぶれのこいつらに、俺は睨まれるようなことを、何かしたのだろうか?

 記憶を呼び覚ましてみるが、やはり、俺はこいつらのことを知らないし、何かをした心当たりもない。

 俺は睨みつけてくる彼らを、悩みながら見つめ返す。

 男子グループの中の一人が一歩前に出てきた。

 どこにでもいそうな大学生の彼を見るのは、いくら思い返しても初めてだ。


 「おい、お前が矢神さんに付きまとっているストーカーだな」


 「……???」


 いきなりストーカーと言われた俺は、意味が分からなくて混乱してしまった。


 「……」


 黙ったままの俺に、彼は顔を近付けてくる。


 「何か言えよ、ストーカー」


 「いや、俺は野山です」


 「名前を聞いてんじゃねーよ! 俺はストーカーのお前から、矢神さんを助けに来たんだよ」


 俺は、彼から矢神さんに視線を移す。


 「えーと、矢神さんのお友達?」


 「……違う。会ったことも話したこともないと思う」


 彼女は首を横に振り、知らないと言う。

 じゃあ、こいつらは誰なんだ?


 「あのー、忘れてたらごめんなさい。私たち会ったことありませんよね? どちら様ですか?」


 矢神さんは申し訳なさそうに、彼に尋ねた。


 「えっ、いや、その……。矢神さんは俺のことを知らないかもしれないけど、俺は君のことを知ってるから……」


 彼は顔を真っ赤にして、たどたどしく答えた。

 すると、噂を持ってきた女の子が顔を両手で隠すように押さえて、上を向いたり下を向いて、苦しそうにしている。

 それは、周りの野次馬たちも同じだった。

 矢神さんは知らないのに、こいつは矢神さんのことを知ってるって、それって、こいつのほうがストーカーと思えるんだが、どういうことだ?

 俺は悩みながら、武岡さんと遠崎に視線を向けると、二人は額を押さえて困り顔を浮かべ、俺の視線息づくと首を横に振りだす。

 ん? どういうことだ?


 「えーと、それで、矢神さんの友達でも知り合いでもないのに、俺に何の用?」


 「なっ、ふざけるな! 矢神さんに振り向いてもらえないお前が、彼女に付きまとったあげく、ストーカー行為を繰り返し、彼女が困っていると聞いたから、矢神さんを助けに来たんだ!」


 こいつらは、俺の別の噂を聞いて駆け付けたのでは?

 男子グループ以外の皆が、噂を持ってきた女の子を見つめると、彼女はそんな噂は知らないと首を横に振る。

 そして、俺の前にいる男子の肩を引っ張り、振り向かせると、胸ぐらを掴んだ。


 「ちょっと、あんたたち! 私も知らないその噂を、どこで仕入れたのよ!? ことと次第によっては容赦しないわよ!」


 し、仕入れたって……。それよりも言ってることが無茶苦茶だ。男子の胸ぐらを掴んで脅しにかかるこの子のほうが怖い。


 「……お、同じゼミの連中からです」


 「くそー、ゼミか……。そこまでアンテナを張っていなかったわ」


 怯えた表情で素直に答えた彼をポイとゴミでも捨てるように押しやると、彼女は悔しそうに頭を抱えだした。


 彼女が苦悩する姿を横目に、気を取り直した男子は、再び俺の前に来る。


 「そ、それよりも、お前は矢神さんから離れろ! 彼女を解放してやれ!」


 「いや、そんなことを言われても……」


 俺は困り果て、矢神さんを見る。


 「野山君はストーカーじゃありません! あなたたちこそ帰って下さい。迷惑です! それに、面識のないあなたたちと違って野山君は、これからもずっと仲良くできる友達なんです。せっかくできた私の友達を奪おうとしないで下さい!」


 矢神さんの言葉に、彼はショックを受けてたじろぐ。


 ズキッ。


 そして、何故か、俺も心にダメージを受けてしまい、ショックでうつむいたしまった。


 「「「「「キッツー!」」」」」


 野次馬たちが声を上げる。


 「色々な意味できついな……」

 「野山君が哀れに思えてきた……」


 そして、彼らの中からボソボソと聞こえるか聞こえないかの声で感想がつぶやかれた。


 「矢神さん、こいつに無理矢理胸を揉まれたり、腕に胸を押し当てて抱きつけと指示されてるんでしょ。俺たちがいるから、こいつを怖がる必要はないんだよ。矢神さんが勇気を振り絞って助けてと言ってくれないと、俺たちも助けてあげれないんだ。だから、俺たちに助けを求めて」


 粘る男子に矢神さんは少しムッとした表情を向けた。


 「だから、野山君はストーカーじゃなくて、私の大切な友達なんです」


 ズキッ。


 再び、俺の心がダメージを受けた。


 「それに、胸は揉まれたけど、別に嫌じゃなかったし、それと、野山君の腕に抱きつくと落ち着くんです。だから、助けてもらう必要はないし、余計なお世話です。私たちのことは放っておいて下さい!」


 矢神さんの言葉に彼はショックを受けていたが、俺は彼女に庇ってもらえたことが嬉しくてたまらなかった。


 「おい、だから、噂話で動くなと言ったんだ。ゼミの連中も……えーと、どっかの高速のインターみたいな……なんて名前だったかな? とにかく、ちょっと変わった感じの二人が話してるのを、たまたま聞いたと言ってたんだから、そんな奴らが話してたことを真に受けるほうがおかしいんだよ」


 男子グループの中から有益な情報をもたらす者がいた。

 皆で花園と寄居が座っている席を見ると、二人はこちらを見ながらニヤニヤと楽しそうに笑っていたが、皆から視線を浴びていることに気付くと、教室を出て行ってしまった。


 ドン。


 武岡さんが机を強く叩く。


 「私たちの噂って、あいつらが嫌がらせで流してたんじゃない! キー、ムカつく!」


 ドン、ドン、ドン。


 彼女は八つ当たりのように何度も机を叩き、怒りをあらわにする。

 そんな彼女の怒りを、遠崎がポンポンと優しく彼女の背中を叩いてなだめていた。




 男子グループを除いた皆は、この噂の出所が花園と寄居と知ったが、二人で話していただけで噂は流していないと言えば、それまでのことで、証拠や確証となるものがないことに苛立ちを見せていた。

 周りの雰囲気から事情を察した男子グループの面々は、俺の前に出て来ていた男子のうでを引っ張ると、後ろに下げる。


 「えーと、野山君。噂に踊らされて、失礼なことを言って申し訳ない。先走ったこいつにはきつく言い聞かせておくから、許してくれ。すまん」


 そして、男子グループの一人が代表して謝ると、彼らは頭を下げ、俺に言いがかりをつけた男子も頭を押さえつけて、頭を下げさせていた。


 「いや、誤解だと分かってくれれば、それでいいよ」


 俺は笑顔を作って、気にしていないことを彼らにアピールする。

 すると、彼らはホッとしたような表情を浮かべて、再び頭を下がるのだった。


 男子グループは、しょんぼりとしている俺に言いがかりをつけた男子の両腕を掴み、拘束するように教室を出て行こうとするが、彼らの中の一人が足を止めて、こちらを振り返る。


 「そう言えば、笹島って奴の所属しているサークルが、笹島をだしに使われて恥をかかされたって言っていたらしいから、野山君、気を付けたほうがいいよ」


 彼は思い出したように話すと、皆の後を追いかけるように立ち去ってしまった。


 「「「「「……」」」」」


 その場にいた者は唖然とする。


 「「「「「今度は笹島か……。厄介な……」」」」」


 「「「「「野山、ガンバレ!」」」」」

 「「「「「野山君、頑張って!」」」」」


 そして、皆は落胆してから、俺を見てエールを送るのだった。

 また、あいつらのせいで俺が巻き込まれるのか!? これが世にいう、一難去ってまた一難てやつだな……。ハァー。

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