第7話 究極の決断
花園たちか、おっぱいかの二択しか選択肢を選べない状況に陥れられた俺は、皆からの視線を一身に浴び、泣き出しそうだった。
花園たちを選ぶ気のない俺が、この状況から抜け出すには、開き直って「おっぱい」を選択するしかない。
しかし、その四文字を口に出す勇気がない。
俺が
ムニュウ。
そして、柔らかい感触が左手から伝わってきた。
振り返ると、俺の手は矢神さんの両手に包まれ、彼女の膨らみに押し当てられていた。
俺は、再度到来した天国にいるような高揚感に包まれながら、彼女と目を合わせる。
「大丈夫だから、頑張って」
彼女は勇ましい表情を浮かべて、コクリと頷いてみせた。
いやいやいや、大丈夫って何が? 勇気づけてくれるのは嬉しいけど、口に出したら、俺は変態のレッテルを張られるんだよ。かといって、奴らは選べない。
矢神さんによって、より一層、追い詰めれた気がする。
彼女に悪気が無いのは分かるが、彼女は自分の胸が引き合いに出されていることを、本当に分かっているのだろうか?
俺は目で訴えるように彼女を見つめた。
ハッ。
何かに気付いたかのように、彼女の表情が変わった。
分かってくれたのか!?
彼女は再び勇ましい表情に戻ると、視線を俺から逸らさずに、ジッと見つめながらフンフンと先ほどよりも勇ましく、強調するように大きく何度も頷いた。
わ、分かっていなかった……。
もう、開き直って決断するしかない。
一年以上も何の変哲もなかった大学生活が、ここにきて一変したというのに、これからの希望に満ちた大学生活を、経験することもなく終わってしまうのか。残された二年ほどの俺の大学生活、いや、日常も、この究極の決断で終わるのだろう。
俺は意を決して立ちあがる。
「お、俺は、……矢神さんのおっぱいがいい!」
花園と寄居を睨みつけ、俺は叫んだ。
ふと、脳裏に「大学に行けば、色々な経験ができる。野山の人生を変えてくれるような経験だって、待っているかもしれないんだぞ」と、進路希望に悩んでいた俺に大学進学を勧めてくれた恩師の言葉がよぎった。
先生、先生の言う通り、俺は大学にきて、人生を変えるような経験をすることになりました。ただし、先生が伝えたかった経験とは、真逆の方向ですが……グスン。
今後、皆から変態のレッテルを張られるのだという悔しさと、人生で一度きりであろうとんでもないことを大声で叫んだ恥ずかしさから、俺は両手をグッと強く握りしめた。
モニュ。
「やん。強い……」
ん? やん?
矢神さんの小さなうめき声を聞いて振り返ると、俺の左手が彼女の大きな胸に指を食い込ませ、鷲づかみにしていた。
その瞬間、手のひらから指先までの神経の感度が上がり、彼女の膨らみの柔らかさと弾力が、これでもかと言わんばかりに伝わってくる。
「あっ、矢神さん。ご、ごめんなさい!」
俺は、すぐに手の力を緩め、その手を引っ込めようとしたが、彼女は両手で俺の左手を握りしめたまま、押し当てている胸から離そうとしなかった。
「野山君は、あの人たちと一緒にいたらダメだから」
……えーと、この状況は同情からなのか?
嬉しいと思いつつも悲しさも襲ってきて、俺の頭の中は理性、本能、感情が複雑に入り乱れて混乱した。
「「「「「キャァァァー!!!」」」」」
「「「「「オオォォォー!!!」」」」」
女の子たちの黄色い歓声と男子たちの感嘆の声が聞こえる。
「ほら、聞いた!? 野山君はあんたたちなんかより、彩矢のおっぱいを選んだわよ。あんたたちごときが、彩矢のおっぱいに敵うとでも思ってたの? ちゃんちゃらおかしいわよ!」
自分で言っておきながら、顔を真っ赤にして恥ずかしそうな表情を浮かべた武岡さんは、花園と寄居に勝ち誇ってみせるが、何やら主旨が変わっている気がする。
「野山君は、渡さないんだから!」
矢神さんは勇ましい表情ではあるが、よく見ると、顔だけでなく、首まで真っ赤にしている。
俺は何か違和感のような物を感じ、武岡さんと矢神さんの顔を注意深く、交互に見ると、二人は、どこか興奮状態で血走った目をしていることに気付いた。
俺が究極の決断を迫られたことで、テンパって気付けなかっただけで、二人も緊張と恥ずかしさでテンパった状態だったんだ。
そこまでして、俺のことを奴らから引き離そうとしてくれていたことに、嬉しさのあまり、一筋の涙が頬を伝った。
「なっ! 俺たちよりもおっぱいを選んだことが、泣くほど嬉しいのかよ!」
花園は俺の涙に気付き、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「嬉しいに決まってるだろ!」
武岡さんと矢神さんのためにも、俺だって引けない。だが、本音を言えば、おっぱいに執着しているようで複雑だ。
「俺たちよりも、おっぱいがいいのかよ!?」
「俺だって男だ。おっぱいのほうがいいに決まってるだろ!」
追及してくる花園に、開き直った俺は堂々と答えるが、何故だか、言い終えた後に大切な物を失っていくような、何とも言えぬむなしさが襲ってくる。
「「「「「きゃぁぁぁー! 男らし、い?」」」」」
「「「「「まあ、男なら、そうかもな……」」」」」
女の子たちの黄色い歓声は、微妙な反応に変わり、男子たちは同意するも、微妙な反応を示していた。
「お前は、女に挟まれた席で、嬉しいのかよ?」
「男なら、普通は嬉しいだろ?」
「「「「「そりゃ、そうだ」」」」」
当然の質問をしてくる花園に俺が首を傾げると、男子たちは俺に賛同した。
「ねえ、あんたたちって、沙友里ちゃんと彩矢ちゃんにかまってもらえている野山君が羨ましいだけじゃないの?」
女の子の一人が呆れた表情を浮かべて、花園に向かって尋ねる。
「はあ? そんなわけないだろ! 俺たちだって、そこそこはモテるんだから」
「「「「「いやいや、ないない!」」」」」
女の子たちは一斉に、手と首を大きく横に振った。
その瞬間、花園と寄居は顔をしかめて赤くなり、怒っているのか恥ずかしいのかも分からない表情となった。
「ふん、お前たちのような、どこにでもいそうな女どもには俺たちの良さは分からんし、分かられたくもない」
花園の言葉に合わせて、寄居が手のひらを上に向け、やれやれとでも言いたげに首を横に振ってみせると、ピーンと張り詰めた糸のような緊張感が室内を包み込んだ。
俺は、いや、男子たちもヒシヒシと感じる殺気に青ざめるが、花園と寄居だけは平然としていた。
こいつらは度胸があるのかバカなのか? まあ、後者としか思えんが……。
俺と男子たちは、二人を呆れ果てた目で見つめる。
「花園、寄居。どこにでもいそうな女どもで悪かったわね。あんたたちは今、ここにいる女子のすべてを敵に回したわよ。その意味は分かってるわよね?」
一人の女の子が冷たい微笑みを浮かべると、室内が急激に冷え込んだような冷気を感じる。
「「「「「ヒッ!」」」」」
俺と男子たちは、思わず小さな悲鳴を漏らしてしまう。
周りを見ると、どの女の子も『冷酷』という二文字しか思い浮かばないような冷たい笑みを浮かべていた。
花園と寄居の顔から血の気が引き、蒼白になると、二人は声を出せずに口をパクパクさせながら後ずさる。
そして、こちらに背負向けて走りだすと、まだ次の講義があるというのに、鞄と教科書を抱えて教室から逃げ出してしまった。
「「「「「……は、早っ!!!」」」」」
今まで怒りに満ちていた女の子たちは、その逃げ足の速さに唖然とし、二人の背中を見つめるのだった。
花園と寄居が教室からいなくなると、室内は落ち着きを取り戻した。
「いやー! 私は何を口走ってたのよー! は、恥ずかしすぎる……だ、誰か、私を殺して、いや、この記憶を消して……」
変なモードから正気に戻った武岡さんが、真っ赤になった顔を両手で押さえてうろたえだす。
「わ、私、なんで、あんな大胆なことを……。あれは私じゃない。これは夢、夢です。早く夢から覚めないと」
反対側では、矢神さんも顔を真っ赤にしてうろたえだし、現実逃避を始める。
そして、俺の左手を両手で握りしめたまま、その手を額にあたる位置で枕にすると、机に伏せてしまった。
な、なんか、二人とも、ごめんなさい。
この雰囲気で二人に掛ける気の利いた言葉が浮かばなかった俺は、心の中で謝った。
しばらくの間、机に肘をついて頭を抱えていた武岡さんが、何かを思い出したように俺を振り返る。
彼女の俺を見つめるジト目に、嫌な予感がする。
「ねえ、これって野山君のせいと言っても過言ではない思うんだけど」
「うっ、ごめんなさい」
俺は素直に謝るしかなかった。
「うん、そうだよね。そうよ! 野山君のせいで……あ、あんな変態みたいなことを口走ったのよ!」
自分を言い聞かせるように納得する武岡さん。
ん? 全てを俺のせいにすることで、自分の感情を納得させる気では?
「そ、そうかもしれないけど、俺だって、皆の前で変態みたいなことを選択させられてるから」
「えっ、野山君? 変態みたいなことって、彩矢の胸が大好きだとドヤ顔で叫びながら、彩矢の胸を鷲づかみにしたんだから、野山君は変態でしょ」
あれ? みたいじゃなく変態になっているんだけど? ん? 待て待て、その前に、何やら誇張されまくっているじゃないか!
俺は驚いた表情で彼女を見つめると、ずっと影を潜めていた遠崎が、隠れるように笑うのを堪えている姿が武岡さん越しに見えた。
「遠崎、俺への誤解を解いてくれ」
どう反論すればいいのか、全く頭に浮かばなかった俺は、このままでは『変態』として確定してしまうことを恐れ、
「うーん。誤解と言っても、あれは、しっかりと変態だったし……」
しっかりと変態だったし、って、お前まで断言してるし……。
「少しはフォローとかないの?」
俺が再び助けを求めると、遠崎は眉間に皺を寄せて悩みだす。
「うーん。ごめん。矢神さんの胸を鷲づかみにして主張されると、庇いようがないよ」
ガーン。
苦笑を浮かべて諦めた遠崎を見つめていた俺は、頭上から重しを載せられたように沈んだ。
そんな沈んでいた俺の服を、矢神さんがクイクイと引っ張ってくる。
彼女に目を向けると、机に伏していた彼女は、振り向いた俺の顔をジッと見つめてくる。
「えーと、矢神さん? 矢神さんも何か言いたいことがあるなら、全て聞きます」
彼女は、俺に巻き込まれた一番の被害者とも言える。
俺は、彼女からの罵倒も叱責も、全て受け入れる覚悟を決めた。
「こんな
聞き取れるのがやっとのか細い声でつぶやいた彼女は、ギュッと俺の服を握りしめると、真っ赤になって下を向いてしまった。
責任って、どうすれば?
勘違いしそうな彼女の発言に俺は戸惑い、思い込みで発言しないように自分を律する。
「えーと、それは、どうすればいいですか?」
「……」
「あのー、矢神さん?」
「……」
「具体的に言ってくれれば、何でもします」
「……もう、知らない」
彼女はプイと窓のほうを向いてしまった。
その後は、いくら話しかけてもこちらを向いてくれない。
期待していいのか、そういう意味ではないのかが分からずに、この時から、俺は悶々とした気持ちを抱えながら過ごすことになるのだった。
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