第6話 差し迫られる選択

 「野山の奴、席取りくらいしか取り柄がないっていうのに、余計なことに首を突っ込んで、俺たちに迷惑を掛けてどうしようもねーな」


 花園は寄居に俺の愚痴をこぼし、トントンと指で机を叩いて苛立ちを見せていた。


 「あいつのことなんて、どうでもいいよ。それより、花園。あの狂暴女とおっぱいちゃんは、どうなったのかな?」


 寄居がニマァとしたいやらしい顔を浮かべると、花園も同じくいやらしい顔を浮かべる。


 「そりゃあ、笹島たちにやられちゃったに決まってるだろ!」


 「シー! 花園、声がでかいよ」


 二人は恐る恐る周りを見渡し、皆が自分たちに視線を向けていないことが分かると、安堵していた。

 しかし、教室内は先ほどと比べて静かだ。

 皆は二人には興味を示していないふりをしているだけで、しっかりと聞き耳を立てているのだった。


 「でも、いいよな。土日も挟んでるから、笹島たち、やりたい放題だったぜ。笹島に媚びを売って、ついて行けば、俺たちにも回してもらえたかもな。今、考えると、惜しいことをした。クソー」


 声を潜めながら、くだらない妄想を思い浮かべて、本気で悔しがっている花園に、俺の頭には「バカだ」という言葉しか浮かんでこなかった。


 「だけど、あの狂暴女のほうは、ゴリラみたいに強そうだったよ」


 「バカだな寄居。ああいう女を無理矢理って言うのがいいんだって。それに、二日もホテルに閉じこもってやり続けてれば、最後には自分から甘えてきて、おねだりしてくるようになるっだって、寄居もまだまだだな」


 「えー。俺はあのおっぱいちゃんのほうがいいよ。あのでっかいのをいじり倒してみたいな」


 こいつら、最低だ。そして、エロビデオの見過ぎだ。

 俺の頭の中に浮かんでいた「バカだ」の言葉は、「クズだ」に置き換えられた。


 「笹島の奴、あの二人とやってるところを動画配信してくれないかな。そうすれば、俺たちも、その動画をネタにして、おこぼれに預かれるんだけどな。まあ、好きな時に呼びだせるようになった女の弱みを、そうそう、公開はしないよな。ハァー」


 花園が残念そうに溜息を吐く。

 さっきから、俺の両手を握る武岡さんと矢神さんの握力が徐々に強くなっている気がする。

 自分たちで、あんなことを妄想されていると思えば、女性としては恐怖でしかないだろう。

 二人が可哀そうだ。あいつらにも、そろそろ話しをやめて欲しい。


 「あー、あの狂暴女をベッドに縛り付けて泣かせてみてー」


 俺の手を握る武岡さんの手にギュウと力がこもる。


 「花園、それじゃ、変態だよ」


 「バカいえ、あんなゴリラ女、縛り付けておかないと危険だろ」


 さらに武岡さんの手がギュウと力が込めだし、少し痛くなってくる。


 「縛るなら、あのおっぱいちゃんのほうだよ。あのデカいおっぱいなら、縛りがいがありそうだと思わない?」


 「おー、それは確かに賛成だ」


 矢神さんが握る俺のもう一つの手は両手で強く握られ、引っ張られると、彼女の膨らみに押し当てられた。

 どういうこと?

 俺はドギマギするが、彼女のほうを振り向けず、混乱する。


 「あー、でも、あの狂暴女の胸を縛るのも面白そうだな」


 「いやー、無理だよ。引っかかるところが無くて、縄がずれて終わりだよ」


 「それもそうか」


 「「アハハハ」」


 花園と寄居は、武岡さんに失礼とも言える発言をして、笑いだした。


 ムギュギュギュギュウ。


 俺の手が武岡さんの握力によって締め上げられる。

 イ、イタタタタ……。

 俺は口に出ないように、痛みをグッと堪えた。


 「やっぱり、縛るならおっぱいちゃんだよ。俺、あの子の縛り上げたおっぱいを思いっきり叩いてみたい」


 「おい、寄居。お前のほうが変態じゃないか」


 「「アハハハ」」


 ムギュウ。


 俺の手が矢神さんの膨らみの中に沈んでいく。

 嬉しさを通り越して、感動すら覚える。


 「でも、寄居、想像してみろ。あの狂暴女が縛られた状態で、許しを請いて甘えてくる姿を」


 「おおー。それは惹かれるね」


 ムギュウ。ミシミシミシ。


 武岡さんの手が俺の手を握りつぶしにかかる。

 ヒギー、イタタタタ。お、俺の手がつぶれる!


 「なら、花園も想像してみてよ。あのおっぱいちゃんの縛られた胸を引っ張って、引きずり回される姿を」


 ムニュニュウー。


 矢神さんが俺の手を抱き寄せ、彼女の膨らみの谷間にすっぽりと沈んでいく。

 し、幸せだ! 幸せ過ぎる。


 「「うーん。どっちも捨てがたい」」


 花園と寄居の結論が出た。

 そして、俺の手は、天国と地獄を味わい、限界だ。


 「あんたたち、サイテー。人の後ろで気持ち悪いのよ。このゲス! 三遍さんべん、死ね!」


 背後から、ずっと変態的な会話を聞かされ続けていた女の子が、我慢の限界を超え、蔑む目で後ろを振り返って、花園と寄居を罵った。

 二人は聞かれていたことに焦り、あたふたとして口をパクパクさせていた。


 「それに、あの二人は野山君が助けに行ってくれたおかげで、武岡さんも反撃することができたから無事よ! 何を変な想像をしてんのよ。ゲスコンビ!」


 「「えっ……」」


 彼女の隣に座る子も振り返って二人を罵ると、彼らは矢神さんたちが無事だったことにキョトンとする。


 「そうだ。お前たち、会費払わずに逃げただろ! 今、払え!」


 二人の隣の列の席に座る男子が立ちあがって、詰め寄った。


 「「は、払うよ」」


 嫌そうな表情を浮かべながらも、彼に怯えて、二人は財布からお金を出して渡した。

 その男子は、隣に座る女の子に何かをささやくと、彼女は封筒を出し、彼はその中にお金を入れる。

 そして、俺を見てウィンクをすると、鞄にしまった。

 そう言えば、奴らの分は、俺が立て替えていたのだった。後で、その金を渡すということなのだろう。

 俺は両手がふさがっているので、軽く頭を下げて返事をした。


 「「あー! 野山! なんで、お前がそっちにいるんだ!」」


 二人は俺に気付いて立ちあがると、こちらを指差して叫んだ。

 と、同時にチャイムが鳴る。

 講師が教室に入って来てしまい、二人は渋々と席に座り、こちらを睨みつけていた。


 「ガルルルル!」


 武岡さんが、低い声で小さく唸りながら、二人を睨み返すと、彼らは目を逸らして教壇のある正面を見つめるのだった。

 そして、俺の両手も解放された。

 嬉しいような悲しいような複雑な思いのまま、俺は始まった講義に耳を傾け、講師に視線を向けるが、先ほどまで矢神さんの胸に埋もれていた左手が気になってはチラチラと見つめ、講義に集中できなかった。



 ◇◇◇◇◇



 講義が終わると、さっきの男子が花園と寄居から徴収した会費を俺のもとへと持ってきてくれた。


 「ありがとう」


 俺は彼から会費の入った封筒を受け取り、お礼を言った。


 「いいって。あいつら、お前が言っても払わなそうだからな」


 彼は照れ臭そうに言い訳をつけ足して、頬を指で掻く。

 そんな彼を押しのけるように、花園と寄居が俺の前に現れる。

 二人の姿を見て、俺は嫌な気分になった。


 「野山、なんで、俺たちに一言もなく、勝手に席を替えてるんだよ。おかしいだろ」


 寄居は俺を睨みつけて、苛立ちを見せている。


 「席順なんて決められてないんだから、何処に座ろうと野山君の勝手でしょ」


 俺よりも先に、武岡さんが答えてしまった。


 「お前には関係ないだろ。これは俺たちと野山の問題だ」


 花園は武岡さんを睨みつけるが、睨み返されると目を逸らす。

 意気込んできて、そのヒヨりはどうかと思う。


 「野山君をこの席に呼んだのは、私たちなんだから関係あるわよ。文句なら私たちが聞くから、言ってみなさいよ」


 彼女が強気に答えると、遠崎も強く頷く。


 「いや……。うるさい、狂暴女! 野山は俺たちがいないとボッチだし、何もできない奴なんだ! だから、野山は俺たちといるほうが幸せなんだ」


 花園に、俺がどうしたら幸せなのかを勝手に決められてしまった。というか、こいつらにとっての俺の扱いって酷くないか……。


 「はあ? あんたたちがまとわりついて、いいように利用してきたから、野山君がボッチの扱いになってるんじゃない! それと、誰が狂暴女ですって? あんたたち程度なら、二人がかりでも私を縛り上げることはできないわよ!」


 花園と寄居の顔が青ざめ、焦りだした。

 声を潜めたって、皆が聞き耳を立てていたあの状況で、お前たちの卑猥な話しが聞かれていなかったと思っていたのか? つくづく能天気な奴らだ。


 「う、うるさい! お前のことなんてどうでもいいんだ! 今は野山のことだ。俺たちは野山のためを思って言っているんだ! 陰キャでボッチで女を見たら見境なく発情する野山の面倒を、お前たちがみれるわけがないだろ!」


 ……なんで、俺が面倒を見てもらわなければならないんだ? それに、なんで、俺はこんなにボロクソに言われているんだ?

 腹は立つが、それよりも周りからも花園たちと同じ目で見られてきていたのでは? という不安が募ってきた。


 「何、言ってんのよ! 野山君が、陰キャでボッチで女を見たら見境なく発情するようになったのは、あんたたちと行動を共にしてるからでしょ! 女を見たら縛りたくなるような性癖を持った奴と、野山君を一緒にさせておけないわよ!」


 待て待て待て待て、俺が陰キャでボッチで女を見たら見境なく発情する奴として断定されてしまっているんだが、俺はそんなんじゃない。


 「うるさい! 野山は俺たちといるほがいいんだ! そのデカい胸を使って、野山を誘惑するな!」


 「ちょっと、彩矢は関係ないでしょ! ぶっ飛ばされたいの!?」


 矢神さんを指差す花園に、武岡さんはキレそうだ。


 「花園! 矢神さんは関係ないだろ!」


 俺が口を挟むと余計にややこしくなると思って……じゃなくて、俺のことを思って、矢面に立ってくれていた武岡さんを尊重して黙っていたが、矢神さんまで巻き込むなら、俺も黙っていられなかった。


 「野山、何だよ急に。そのおっぱいの肩を持つ気かよ! 俺たちよりも、そのおっぱいのほうがいいのかよ。俺たちとそのおっぱいと、どっちがいいのか答えてみろよ!?」


 俺が矢神さんを庇ったことで、寄居も口を出して来たのだが、こいつはバカか? そんなこと、当然……こ、答えられるか! クソッ! 俺は寄居の罠にはめられたのか?


 「……そ、それは」


 途中から言葉が出ない。いや、出せない。どっちを選択しても……というか、奴らのことなど選択する気はない。しかし、おっぱいがいいなんて答えられない。

 俺は言葉を途中で止めたまま、周りにいる皆の様子を見る。

 女の子たちは、俺が何と答えるのかに興味を抱いている様子で、男子たちは、可愛そうにと、同情する目で俺を悲しげに見つめていた。


 「それは、何だよ。俺たちか、おっぱいか、はっきり答えろよ!」


 調子に乗る寄居に、俺はすぐにでも殴りかかりたい衝動をグッと堪え、差し迫られる選択に俺は苦しむ。

 ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべる花園と寄居の顔が、鼻につく。

 悔しいが、ここは武岡さんの助けを借りるしかない。

 彼女に視線を向けると、キラキラと目を輝かせて、俺が何と答えるのかを期待していた。

 た、武岡さん? なんで、そんな目で俺を見てるの?

 今まで味方をしてくれていた武岡さんが、敵に回られた気分だ。

 俺の顔をジッと見つめてくる彼女は、ゴクリと生唾を飲み込み、俺が出す答えを待っている。


 「……えーと」


 やっぱり、口になんて出せない。

 答えられない俺に、武岡さんは顔を寄せてくる。


 「奴らと彩矢のおっぱい、どっちを選ぶの?」


 彼女は俺だけが聞き取れるような小さなささやきで、選択を迫るのだった。

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