第4話 涙ぐむ二次会
笹島に二人の女の子が連れ去られたこともあり、コンパは予定よりもかなり早く切り上げることとなってしまっていた。
何人かの男女が、幹事でもある遠崎のもとに集まり、不完全燃焼で終わっている思いのたけを愚痴っていた。
「分かった、分かった。ちょっと待って」
彼らをなだめた遠崎は、皆に向かって両手を挙げた。
「みんなー、聞いてー! 色々あって、変な終わり方になって不満な人もいると思うんだ。だから、これから仕切り直しの二次会に行こうと思うけど、都合の取れる人は参加して下さい!」
彼の言葉に、皆は歓声を上げて喜ぶ。
「野山も来れるだろ!?」
近くにいた男子に、俺はコクリと頷く。
「おーい、みんなー! 野山も参加するぞ!」
彼が叫ぶと、皆は笑顔でこちらを振り向いた。
すると、俺の周りに輪ができて、皆に連れていかれるように、二次会の会場に向かって歩き出す。
歩きながら、皆からの質問攻めにあうが、大学に入ってからこんなに興味を持たれたことはなかった。
嬉しさのあまりウルウルとしてくるのをグッと堪え、俺は皆に向かって笑顔を作り続けながら質問に答えていった。
二次会の会場は、先ほどとは別の洋風のメニューが多く揃った居酒屋だった。
遠崎に聞くと、もともと二次会のことも考えて予約していた店だったそうだ。
予約していた時よりも人数が多いことで、店側には迷惑をかけてしまったが、仕切り直しの二次会は無事に始められた。
座敷に上がって席に着くと、俺の両隣には連れて行かれた二人の女の子の
両隣に女の子が座ってくれるなんてことは初めてだ。
よくよく思えば、今まで俺の両隣は、花園と寄居の二人の特等席となっていた。
嬉し涙がにじんでくると、俺はおしぼりを目に当てて誤魔化すように拭った。
酔っているのだろうか? 今日は涙腺が緩い気がする。
「あのー? 泣いてますか?」
隣に座る彩矢という子が前かがみになって、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「泣いてるわけじゃなくて、俺の両隣に女の子が座ってるなんて、大学に入ってから初めてだと、感動しただけだから」
「……」
彼女は俺を見つめたまま、どう対応していいのか困っていた。
「えーと、今まで苦労してたんですね。……あのー、もし良かったら、私と連絡先を交換しませんか?」
「えっ!? その、俺なんかとでいいんですか?」
同情からなのだろと頭をよぎるも、嬉しくてたまらない。
「助けてくれたし、悪い人には見えません。それに、今まで、あの二人以外と仲良くする機会がなかったみたいだし……」
うん、同情だった。でも、とても嬉しい。
「
俺はスマホを取り出した。
「
彼女もスマホを取り出すと、俺のスマホのそばに近付ける。
俺の連絡先の中にに、矢神 彩矢と名前が登録され、彼女の連絡先の中には俺の名前が登録された。
女の子の名前が初めて登録された連絡先リストを眺めながら、俺は目頭を押さえる。
「えーと、そこまで喜ばれると、恥ずかしい」
彼女は少し照れるような笑顔を見せながら、優しい目で俺を見ていた。
なんだか、俺も恥ずかしくなってきた。
二人で見つめ合いあながら照れていると、矢神さんとは反対側から、トンと俺の前にスマホが置かれる。
「何、二人そろって、初々しいカップルみたいになってんのよ! ほら、私とも連絡先を交換するよ」
沙友里という子の言葉に、俺と矢神さんは顔を真っ赤にして下を向いた。
「ちょっと……。二人して、なんて反応をしてんのよ。とにかく、彩矢と仲良くなったなら、私とも仲良くしなさい」
物言いは上からだけど、とても嬉しい。
俺は彼女のスマホに自分のスマホを近付ける。
「矢神さん、武岡さん、これから、末永くよろしくお願いします」
俺が軽く頭を下げると、二人は眉間に皺を寄せ、悩むような表情を見せる。
「あれ? 俺、何か気に障ることでも?」
「そうじゃないわよ。末永くって、野山君、私たちに嫁ぐ……この場合は婿入りか。そんなことを言い出すから、戸惑っただけよ」
武岡さんの言葉に、矢神さんはコクコクと頷く。
「ごめん。嬉しさのあまり緊張しちゃって……」
俺が言い訳をすると、矢神さんは顔を真っ赤にし、武岡さんは恥ずかしそうに頬を指で掻いてみせた。
「甘酸っぱい雰囲気のところ悪いんだけど、野山君、僕とも連絡先を交換してくれないかな?」
遠崎が気まずそうに声を掛けてくる。
「大学の人は、あいつらしか入っていなかったから、是非、頼む」
「う、うん、分かった」
彼はスマホを俺のスマホに近付けた。
連絡先のリストに、
今日一日で三人も新規の連絡先が増えてしまった。
俺が目頭をおしぼりで押さえながら嬉しそうにしていると、三人は哀れむように俺を見つめていた。
「ん? どうしたの?」
「えーと、連絡先を交換しただけで、涙ぐむほど喜ぶ姿を見てると、野山君って、大学に入ってから、本当に人と関われないで来たんだなと思ったら、なんて言うか、心が痛くなってきちゃって……」
武岡さんが苦笑して答えると、矢神さんはもらい泣きをし、遠崎は大きく息を吐いていた。
「野山君を見ていると、あの二人への怒りがこみあげてきて、今すぐにでも蹴り飛ばしてやりたい」
武岡さんが俺の代りに怒っている姿に、仲間ができたような勇気づけられる感覚がしてこそばゆい。
「でも、武岡さんがあの二人を蹴ったら、入院まっしぐらになるだろうから、面倒くさくなると思う」
「……あいつらって、そんなにひ弱なの?」
「まあ、遠崎が武岡さんの蹴りをくらっても痣にはなる程度だろうけど、あいつらだと骨折……軽くてもむち打ちな気がする」
「それって、沙友里の蹴りは、車に跳ねられるのと同じ衝撃ってことだね。沙友里、すごーい! さすが、小さい時からカポエイラをやってただけはあるね」
矢神さんは、武岡さんに憧れるような眼差しを向ける。
「ちょっと、彩矢! それって、褒めているようで、私を狂暴って言っていつだけだからね!」
「えへへへ」
「あ、あーやー! 確信犯じゃない!」
俺越しに、二人が楽しそうにじゃれ合いだすと、いい香りが俺の鼻をくすぐってドキドキする。
そして、目の前で無邪気に弾む矢神さんの胸が気なって釘付けになる。
「「ジー」」
二人が擬声語を口に出すので、俺は彼女の胸から視線を二人の顔に移した。
矢神さんは真っ赤な顔で恥ずかしそうに俺を見つめ、武岡さんはニヤッと悪戯っぽく笑いながら俺を見つめていた。
「野山君……そんなガン見して、少しは視線を逸らそうよ」
「の、野山君のエッチ……」
矢神さんは両腕で胸を隠すと、頬をプクーと膨らませる。
か、可愛い。いや、今は話を逸らして誤魔化さないと!
「た、武岡さんはカポエイラをやってたんだ。なんか、美味しそうな料理が揃ってそうだよね!?」
ところで、カポエイラって、何だ?
「「へっ?」」
二人が呆けた顔を俺に向け、遠崎はこちらを見て、苦しそうに腹を押さえて笑っていた。
「の、野山君? カポエイラって、何だか分かってるよね?」
武岡さんが怪しむように、俺の顔を覗いてくる。
あれ? カポエイラってお店で、バイトをしてたんじゃないのか?
「う、うん。カポエイラには行ったことはないけど、そんな感じのところで食べたことはあるかな?」
嘘に嘘を重ねて、自分でも何を言ってるのか分からず、俺は彼女のジッと見つめてくる視線から目を逸らした。
「ほーう。何を食べたの?」
「えーと、クリーミーで濃厚でもったりとしていて、ベーコンのアクセントが良くて、美味しかったかな? 確か、カポエイラだったと思ったけど、違ったかな……」
「それは、カルボナーラよ!」
パシーン。
彼女が奇麗な音を立てて俺の頭を叩くと、矢神さんと遠崎が大きな声を上げて、苦しそうに笑いだしてしまった。
すると、料理とお酒を楽しみながら会話をしていた皆も、こちらに注目していた。
武岡さんは俺を呆れるように見つめると、大きく息を吐く。
「もーう、知らないなら知らないって言いなさいよ」
「ご、ごめんなさい」
シュンとする俺に、彼女はスマホの画面を見せてきた。
「これが、カポエイラよ」
その画面には、体育館のようなところで、道着を着た武岡さんが軽快に踊る姿が映っていた。
「こんなアクロバティックなダンスができるなんて、武岡さんって運動神経いいんだ」
パシーン。
再び、彼女に頭を叩かれる。
「違うわよ! これがカポエイラ! か、く、と、う、ぎ、よ!」
「ブッ、アハハハハ。の、野山君も沙友里も、も、もう、やめて、く、苦しい、おかしすぎて死んじゃうよ。アハハハハ」
矢神さんは、俺の横でお腹を押さえて転げまわっていた。
彼女は大人しいと思い込んでいた俺は、その天真爛漫な姿に心を惹かれてしまい、ドキドキしてくる。
「何、彩矢を見てニヤニヤしてんのよ。スケベ!」
「ち、違う! なんか天真爛漫で可愛いなと思っただけで、そんな変な目では見ていない!」
「「「「「ほーう!」」」」」
武岡さんに返事をしたら、何故か、この場にいた皆が怪しげな笑みを浮かべて返事をしたきた。
何故だろう? とても恥ずかしく感じる。
俺はチラッと横を見ると、さっきまで笑い転げていた矢神さんは、真っ赤な顔で下を向いて座っていた。
皆からニマニマとした笑顔で見つめられ続ける俺と矢神さんは、恥ずかしさと緊張で固まるのだった。
二次会は終わり、俺は帰る方向が同じだった矢神さん、武岡さん、遠崎と一緒に帰る。
この三人のおかげで、俺の大学生活が一変する気がする。いや、すでに変化している。
俺は三人を見つめ、嬉しさや彼女たちへの感謝などのいくつもの感情が沸き上がり、ウルッとしてしまう。
「あれー? 野山君? また、嬉しくて泣いちゃってる?」
矢神さんが俺の腕に抱きついて、悪戯っぽく覗き込んでくる。
「そ、そんなことはない。ただ、今日は楽しかったなと思い返していただけだ」
「本当にー?」
彼女はギュウとさらに強く腕に抱きつき、俺の顔を覗き込んでくる。
「ほ、ほ、本当だって、いっぱい、色々と楽しませてもらいました」
「??? うーん? よくわかんない?」
「俺もわからん」
腕に押し付けられる柔らかくてボリュームのある感触と、彼女から漂ってくる甘い香りに頭の中が真っ白となって、自分でも何を言ってるのか理解できなかった。
俺たちは、お互いに困った表情で見つめ合うと、笑いだしてしまった。
「ねえ、あんたたち、付き合っちゃえば?」
「そうだね。僕も二人はお似合いだと思うよ」
武岡さんと遠崎の言葉に、俺と矢神さんは再び目を合わせると、お互いに顔を真っ赤にして下を向く。
そして、どこか甘酸っぱい感じを抱きながらも、お互いの腕はしっかりと組んだまま歩くのだった。
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