第3話 知らされた真実

 俺と遠崎、道案内の女の子の三人は、いつまでも二人の女の子が助かったことに喜んでいた皆を、微笑ましく見つめていた。


 「あっ、そう言えば、山野って奴がカッコつけて出て行ったけど、どうなったんだ?」


 おぉー! 俺の存在に気付いてくれる人が遠崎たちの他にもいた。でも、山野じゃなくて野山だから。


 「あー。あれは、あいつらに飛び込んでいったら、何もしないうちに殴られて、言い訳してた」


 ついてきた連中の中にいた女の子が俺のことを皆に話すが、かなりというか、大幅に省略して話し出した。

 そして、扱いが雑過ぎる。


 「えっ? あいつ、何しに行ったの?」


 「まあ、モブ組、それも高速コンビのおまけだから、仕方ないだろ」


 モブ組って何? 高速コンビのおまけって何?

 俺の頭にクエスチョンマークが並び、自分が大学内で、皆からどう思われているかについて、不安が募った。


 「あー、あそこにいるじゃん!」


 一人の男子学生が俺に気付いて、こちらを指差した。


 皆が怖い形相で近付いてくる。

 何だか、理不尽の予感。


 「おい、お前、何してたんだよ!」


 「助けたんだけど」


 「やられただけなんだろ! そういうのは助けたとは言わないんだよ! これだからモブ組は……」


 皆の中から一歩前に出て来て、絡んできた男は、勝手に呆れだして、下を向いてしまった。

 だから、モブ組って何?


 「そうだ。あんたが沙友里ちゃんと彩矢ちゃんの会費を出しなさいよ!」


 今度は、絡んできた男と一緒に前に出て来ていた女の子が俺を指差して、とんでもないことを言いだした。


 「えっ? なんで?」


 「なんでって、あんたも沙友里ちゃんに助けてもらったんでしょ!」


 その子は腰に手を当て、お説教をするお母さんのように、俺を睨みつける。


 「違う、俺も倒したんだ」と言いたいところなのだが、周りの雰囲気に気圧けおされて何も言えない。


 「おい、皆! あいつらがいないぞ!?」


 「「「「「あいつら?」」」」」


 突然、皆の中から男が叫びだすと、彼に振り返った一部の人たちが首を傾げる。


 「あいつらだよ。高速コンビ!」


 「「「「「あっ!?」」」」」


 皆は辺りを確かめるように見回す。


 「あいつら、会費を払うのを惜しんで、どさくさに紛れて、逃げたのよ!」


 「「「「「クッソー! ふざけんな!」」」」」

 「「「「「サイテー!」」」」」


 高速コンビとやらが不評を買ったおかげで、俺が彩矢と沙友里という子の会費の件が有耶無耶うやむやになりそうだ。


 「あいつらの会費も、山野君が払ってね!」


 皆の中からズカズカと出てきたムッとした表情の女の子は俺の前に立って、こちらを指差すと、その訳の分からん奴らの会費も俺に押し付けてきた。

 あれ? 有耶無耶どころか、余計に酷くなった。


 「ちょっと待て! そこの二人の女の子の会費ならまだしも、知らない奴らの会費まで払えるか! それと、俺は山野じゃなくて、野山だ!」


 「あんたの名前なんて、どうだっていいのよ!」


 ひ、酷い……。ちょっと、泣きそう。


 「あんた、高速コンビのおまけなんだから、払うのは当然でしょ!」


 その子は悲壮感にくれる俺を無視して、話しを続けた。

 また、俺がへんてこなコンビのおまけにされている。


 「その高速コンビのおまけって何?」


 「えっ? 知らないの?」


 「知らない」


 彼女が気まずそうな顔をすると、皆も気まずそうな顔をしている。

 何だか、とても嫌なことを言われる気がしてきた。


 「えーと、知らなかったんなら怒るかもしれないけど、あいつらが自分たちで言い出していたことだから、私には怒らないでね」


 「分かった。それは約束する」


 「いつも一緒にいる花園はなぞの寄居よりいは知ってるよね」


 「いつも一緒にいるわけじゃないけど、大学内では仲のいいほうだと思う」


 大学内で友達と言えるのが、あの二人だけだとは恥ずかしくて言えない。


 「あいつら、高速のインターにちなんで、自分たちのことを高速コンビって名乗ってたのよ」


 「あいつら、恥ずかしくないのか?」


 「私たちも恥ずかしくないのかなと思っていたんだけど、誰かが二人に聞いたら、本人たちはカッコいいと思っているみたいで……」


 「それで、そのおまけって言うのは?」


 彼女は目を泳がせて、先ほどよりも気まずそうにする。


 「えーと、これもあいつらが言っていたんだけど、山野君は……」

 「野山です」


 俺って、名前を覚えてもらえない星のもとに生まれたのだろうか……。


 「ごめん。えーと、あいつらが言うには、野山君は、俺らがいないと何もできないダメな奴だから、俺らが面倒を見てやっているから、俺らのおまけ、高速コンビのおまけなんだって、皆に紹介していたんだけど、野山君は二人に怒らず仲良くしているから、認めているんだと、私たちは思っていたの」


 「あっ、山野、じゃなかった。えーと、野山。補足すると、お前のことを山野って皆に教えていたのは、あいつらだからな。だから、お前が野山だと初めて知った奴は多いと思うぞ」


 皆の中から手を挙げて男子学生が発言すると、皆は気まずそうな顔でコクコクと頷く。


 「う、うん、分かった。教えてくれてありがとう」


 知らされた真実に怒りが込み上げてきて、自然と身体がフルフルと震える。

 しかし、ここで怒っても、彼女と皆を怖がらせるだけだ。

 俺は大きく深呼吸をすると、心を落ち着かせた。


 「もう一つ聞いていいかな?」


 「何?」


 「モブ組って、何?」


 俺が質問した途端、彼女の顔が焦りだした。


 「別に、何を言われても怒らないから、教えてくれるかな?」


 これは言いにくいことなのだと察した俺は、先に条件を提示した。


 「それなら教えるけど、本当に怒らない?」


 「絶対に怒らない。知らないでいるほうが不安だから、教えて欲しい」


 「分かった。えーと、高速コンビって目立たないけど、どこにでもいるというか、気付いたらいたって感じで、ゲームとか漫画で出てくるその他大勢みたいな存在感だから、私たちの中でモブみたいだねって話していたら、それがいつの間にか高速コンビと野山君ののことをモブ組って呼ぶようになってたの。気分悪いよね。これに関しては、ごめんなさい」


 彼女は話し終えると、ペコペコと何度も頭を下げて謝った。


 「そんなに謝らなくてもいいよ。実際、何をするにしても誘われるのを待って、自分から行動をしなかった俺も悪いんだから」


 「「「「「えっ!?」」」」」


 「えっ!? 何?」


 彼女だけでなく、驚きを見せる皆に、俺も驚く。


 「えーと、あれ? 話しが違うんだけど?」


 「???」


 混乱する彼女に、俺も混乱する。


 「ハァー。やっぱり、そういうことか」


 遠崎が一人だけ分かっているように、溜息交じりで入ってくる。


 「遠崎? そういうことって? 俺、なんか、混乱してて、良く分からないというか、何がどういうこと?」


 俺が彼に尋ねると、彼女も目を見開いてコクコクと頷く。


 「実は、去年からコンパや飲み会、ちょっとしたイベントには、野山君も誘っていたんだよ」


 「えっ? 初耳なんですけど……」


 「やっぱり……」


 遠崎は、俺が驚き、さらに混乱しながら返事をすると、勝手に納得していた。


 「ん? 誘ってたのを野山君が知らないって? それって、あの二人が言っていた野山君のお家が厳しくて、お酒を飲む席には、未成年のうちは出ちゃいけないって、家族の人と約束しているから、誘っちゃダメっていう話しと関係ある?」


 少し驚きながら、遠崎に質問をする彼女の言葉を聞いて、再び知らされた真実に俺のほうが驚く。


 「俺の家は、いつから、そんなに厳しくなったんだ? というか、未成年で酒の席に出るのは、家が厳しいとかの問題ではないのでは? 俺が酒を飲まないなら、俺の家族は出るなとまでは言わないぞ」


 「えっ? どういうこと?」


 思わず口に出てしまった俺を見て、彼女はさらに驚いて、頭を悩ませる。

 そして、二人で首を傾げながら目を合わせて、混乱する。


 「まあ、僕の話しを聞いて」


 俺と彼女は遠崎に視線を向けると、黙ってコクコクと頷く。


 「僕の知る限りだと、野山君に直接声を掛けて誘った時は、野山君は参加しているんだよ。だけど、花園君と寄居君に頼んで野山君も誘ってもらうと、野山君は何かと理由をつけて参加していなかったんだよ」


 「俺、あいつらからコンパやらなんやらの誘いなんて、されたことないぞ?」


 「それは、あいつらが自分たちのところで話しを止めて、野山君を誘っていなかったんだよ。それどころか、君がいないことをいいことに、その場にいた人たちには、君を誘いにくくする情報を流していたんだから」


 「そんなことをして、あいつらに何の得があるんだ?」


 「それは……おそらく、野山君に対して、マウントを取りたかったんだと思う。……これも僕の憶測なんだけど、自分たちよりも下の立場の者を作って、俺たちはこいつよりも上だと優越感に浸りたかったんだと思う」


 彼は、気まずそうな表情を浮かべていた。


 「遠崎は、なんで、そのことに気付けたんだ?」


 「それは、一年の時は野山君を誘いたいと思っていた人が多かったのに、いつの間にか、君のことを誘うだけ無駄という暗黙の了解ができていたことと、そんな暗黙の了解ができているというのに、そのことを知らずに、直接、君に声を掛けて誘った人たちは、君が快く参加してくれたという。まあ、僕は幹事にさせられることが多かったから、たまたま気付けただけなんだけどね」


 何だか、とてつもなく凄い話しを聞かされている気がする。


 「もしかして、遠崎が気付かなかったら、俺って、大学の四年間を人との交流がほとんどないまま過ごしていたのでは?」


 「大学の四年間どころか、卒業後に同窓会とかがあっても、呼ばれなかったかもね」


 俺は血の気が引いていくのを感じた。


 「えーと、野山君? 今日の野山君を見ていて、よく考えたら、あれ? って思うことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」


 「どうぞ」


 「この話しは女の子たちの間には知れ渡っている話しなんだけど、野山君って、女性恐怖症というか、女性が苦手で話すのも苦痛を感じるって、本当?」


 「へっ? それは違う。確かに実家は田舎だし、男子校に通っていたから、女性と話すことは苦手というのはあるけど、それは、男子校のノリで変なことを口走らないかが心配なことと緊張して何を話していいか分からないだけで、女性に苦痛を感じたり恐怖を抱いたりしたことは一度もないな」


 俺の知らないところで、何やらとんでもない俺が出来上がっている気がする。


 「そ、そんな……。今まで私たち女子が気を遣って、野山君にぶつかって触れないように距離を取ったり、できるだけ話しかけないようにしてきた努力は何だったの……」


 別の女の子が肩を落としながら話しに入ってきた。

 周りを見ると、皆は俺たちを囲むようにして、話しを聞いていたようだ。

 その話しを聞かされた俺も肩を落としたくなったが、今は我慢をし、アンテナを立てる。


 「ねえ、話しを聞いていて思ったんだけど、野山君について私たちが知っていることって、あの二人から聞いた話しばかりな気がするんだけど……」


 眼鏡をかけた真面目そうな女の子が話しに入ってくると、皆は可哀そうな子でも見るような目で、ジッと俺を見つめてくる。


 「野山君って、なんで、あの二人と友達なの?」


 「……」


 眼鏡を掛けた女の子が質問をしてきたが、俺は答えることができなかった。

 何故なら、今日まで友達と呼べるような相手は、あの二人だけだからだった。

 か、悲しすぎる……。

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