第2話 ヒーローになり損ねた

 居酒屋を飛び出した俺たちが、女の子の案内で向かった方向は、人気ひとけの少ないホテル街だった。

 欲望のままに突き進む連中だな。

 俺は先頭を走る女の子を追いかける。


 「あっ、いた!」


 彼女は急に立ち止まると、前方を指差した。

 嫌がる二人の女の子を、無理矢理引っ張って行く四人の男がいて、その先頭には、偉そうに風を肩で切って歩く笹島がいた。


 「あれ? なんか、二人増えてない? 俺、酔っ払ってる?」


 俺はそばにいる女の子と遠崎に向かって首を傾げる。


 「山野君、あってるよ。二人増えてるけど、一人で大丈夫なの? 遠崎君と男子も数人いるし、加勢してもらったら?」


 「野山です」


 「えっ、ごめんなさい。そうじゃなくて、一人で大丈夫なの?」


 女の子は心配そうに俺を見つめる。


 「うーん。たぶん大丈夫だと信じたい。まあ、男子校出身だから何とかると思う」


 「野山君、酔っ払ってるかも……。その男子校だからの根拠が分からない」


 彼女は助けを求めるように、視線を遠崎に向けたが、彼は首と手を横に振り、自分にも分からないとアピールする。


 「では、行ってきます」


 「「が、頑張って」」


 二人に見送られた俺は、笹島たちのほうへと向かった。


 俺が近付いてくることに気付いた笹島が、不審そうに睨みつけてくる。

 彼の取り巻きの四人もこちらに視線を向けると、引きずられていた二人の女の子もこちらを振り向いた。

 俺と目が合った二人は、どこかホッとしたような表情を浮かべる。

 ここまで引きずられてきた二人は、誰も助けには来てくれないと、なかば諦めていたからだろう。


 「おい、その子たちは嫌がっているだろ! こちらに返してもらうからな!」


 俺は笹島に向かって叫んだ。


 「おいおい、一人で来て、ヒーローにでもなったつもりか?」


 ん? 一人?

 笹島の言葉に、俺は後ろを振り返った。


 シーン。


 遠崎とここまで連れて来てくれた女の子、他にもついてきた数人の男女の姿はなかった。

 なっ、あいつら隠れやがった。せめて、遠崎には残っていて欲しかった。


 「ひ、一人じゃ悪いか!?」


 「いや、一人でも構わねぇけど、俺らに喧嘩を売って、勝てると思ってんのか?」


 「サシなら勝てる」


 「随分と威勢はいいが、サシでやるわけねぇだろ!」


 笹島が片手を挙げると、女の子たちを掴んでいた内の二人が、俺の前に出てくる。

 うーん。四人とも来てくれれば、女の子たちが逃げ出せたんだけど、奴らもそこまで馬鹿ではないか。

 先手必勝!

 二人の男の体格を瞬時に判断した俺は、体格の小さいほうの男を狙い、殴りかかろうとした。

 あれ? 身体が思うように動かない。一年間の不摂生が……。


 バコッ。


 「グハッ。いってー!」


 相手の拳が左頬に入り、俺は呻きながらも後方へ飛び退いた。


 「「「「「よっわ!」」」」」


 笹島たちだけでなく、後方からも俺をけなす声が聞こえてくる。

 隠れている奴には、言われたくない。

 捕らわれている女の子たちが「えー」と言いたげな表情を浮かべてから、ドヨーンと沈んだ顔でこちらを見つめる。

 は、恥ずかしすぎる……。早く取り繕わなければ。


 「今のは準備運動だ!」


 「アホかー! 準備運動でやられるバカがいるか!」


 笹島にツッコまれてしまった。


 「うるさい! 準備運動だと言ってるだろ!」


 「まだ、言うか!」


 笹島は呆れた表情を浮かべ、あごを俺に向かって出すように首をひねる。


 ポキ、ポキ、ポキ。


 二人の男がニヤケ面で、指を鳴らしながら近付いてくる。

 先手必勝が不発に終わってしまったからには、向かってきた相手を確実に仕留めていくしかない。

 さっきの体格の小さい男が余裕を見せて、俺に殴りかかってきた。

 俺が弱いと判断して、一人ずつ相手をしてくれたのが幸運だった。

 油断しているせいで、男が大振りで殴りかかろうとしてきたところを、懐に入り組んだ俺は、低い体勢から相手ののど元とみぞおちを狙い、両手を使った掌打を同時に放った。


 「グハッ。ハー、ヒー、ハー」


 その男は呻き声を上げて倒れると、呼吸困難を起こして苦しそうに息をする。

 もう一人の男が、その光景を見て呆然と立ち尽くしているところを、俺は見逃さない。

 すぐに、その男の懐に飛び込むと、片足の内側を蹴り、体勢を崩して前かがみになったところを、すかさず、肘であごをすくいあげるように打ち込んだ。


 「ガハッ」


 その男はのけぞるように頭を反らして、その場に倒れると動かなくなった。

 脳震盪のうしんとうを起こしたのだろう。まあ、それを狙ったのだが。

 笹島は、二人の男が連続で倒されたことが信じられなかったのか、目を見開いて、俺を見つめているだけだった。


 笹島がこいつらを仕切っていると判断した俺は、驚いて動けないでいる奴を次の標的に選び、飛び掛かった。

 だが、奴との間に割って入ってきた男が、俺に掴みかかろうとしてきた。

 俺は瞬時に後方へ飛び退き、女の子たちのほうをチラ見して、全体の状況を確認する。

 彩矢という子を掴んでいた男が俺の目の前におり、残った男が二人の腕を掴んで押さえていた。

 目の前の男は、やたらと間合いを詰めてきて、俺に掴みかかろうとしてくる。

 柔道経験者のようだ。

 俺は、その男に捕まらないように、ステップを駆使してかわしまくる。


 「ガハッ。なんだ、この女!?」


 女の子たちのほうから、男の叫ぶ声が聞こえた。

 俺は目の前の男との距離を広くとるように、後方へと下がった。

 そして、声のしたほうへ視線を向ける。

 彩矢という子は解放されており、彼女は離れた位置で沙友里という子と彼女と対峙する男を見つめていた。

 な、何が起きたんだ?

 俺が頭にクエスチョンマークを並べて見つめていると、彼女は前後左右にとダンスでも踊るように、軽快なステップを始める。

 俺の頭には、さらにクエスチョンマークが並んでいく。

 彼女を警戒するように、男が胸の前で両腕を構える。

 男は彼女のステップに翻弄され、その場に構えたまま動けないでいた。

 すると、彼女が前転でもするかのような前のめりになると、鋭くしなやかな蹴りがサソリの尾の攻撃のように、男の頭上から襲い掛かる。

 男は構えていた腕を上げて蹴りを防ぐが、彼女のかかとが男のこめかみをかすった。


 「クソッ! やりにくい!」


 男は愚痴をこぼしながら、後方へ下がると、彼女は軽快なステップで男との間合いを詰める。

 あれじゃ、どこから蹴りが飛んでくるか予測しづらそうだな。

 再び彼女の攻撃が始まる。

 両手を地面について側転するような体勢から、彼女の蹴りが連続で男を襲うと、すぐに横回転を始め、さらに連続の蹴りが男を襲う。

 上下左右にくりだされる蹴りの雨に、男は防ぎきれなくなっていく。

 すると、彼女の猛攻が始まり、男はサンドバッグ状態となり、その場に膝をついてしまうと、彼女の強烈な飛び蹴りが顔面をとらえた。

 これは、ノックダウン間違いなしだ。

 案の定、男は前のめりにバタンと倒れてしまった。

 うーん。やりすぎな気もする……。

 俺はドヤ顔で男を見下ろす彼女を、複雑な面持ちで見つめた。


 二人になってしまった笹島と俺の前にいる男が、悔しそうな顔になる。


 「彩矢ちゃん、沙友里ちゃん! 大丈夫!?」


 隠れていた皆が二人に駆け寄っていく。


 「お、おい! もういい。今日は引き上げるぞ!」


 大勢が現れて二人を心配するように駆け寄ったことで、笹島は分が悪くなったことを察すると、仲間に号令を掛けた。

 俺が倒した二人は頭を振りながら起き上がり、彼女に倒されてのびたままの男を二人がかりで抱えると、笹島の後を追いかけるように逃げていく。


 「おい! 確か、山野やまのといったな! モブのお前の頑張りに免じて、今日は引いてやる。次は、こうはいかないからな!」


 笹島たち五人は、悔しそうに立ち去って行った。

 俺は山野じゃない、野山だ!

 そう叫びたかった。

 しかし、大学内での俺の立ち位置がモブだと知らされたことのほうがショックで、声に出すことができなかった。

 



 彩矢という子は、沙友里という子の胸に飛び込んで、彼女にギュウとしがみついていた。

 それほど怖かったのだろう。

 二人の周りには皆が集まり、二人の無事を喜ぶように声を掛けている。

 すると、居酒屋に残っていた連中も駆けつけてきて、彼女たちは輪の中心で皆から無事だったことを喜ばれていた。


 「沙友里ちゃんが、奴らを撃退しちゃったのよ!」


 「「「「「スゲー!」」」」」

 「「「「「すごーい! ヒーローみたい!」」」」」


 ずっと隠れていただけだった連中の中にいた女の子が、ここぞとばかりに皆の前に出ると、俺の活躍を省いて自慢げに話し出した。

 すると、皆からは驚きの声が上がり、沙友里という子に感心していた。


 「もう、ほんと、凄かったんだから! あいつらをブンブン蹴りまくって、バッタバッタと倒していったんだから!」


 「ひえー。俺、武岡たけおかには逆らわないことにする」


 「「「「「俺も!」」」」」


 沙友里という子は、武岡という苗字なのか。


 「ということで、今日のMVPは沙友里ちゃんだから、沙友里ちゃんと怖い目にあった彩矢ちゃんの会費は、皆で出してあげようよ」


 「「「「「賛成!!!」」」」」


 俺も功労者だと思うんだが、皆は俺はいなかったような扱いで盛り上がっていった。

 まあ、二人も何事もなく無事だったことだし、終わり良ければ総て良しということで、ここは大人らしく黙ったままでいよう。

 そんな俺の肩が優しく叩かれる。

 振り返ると、遠崎と道案内をしてくれた女の子が俺に笑顔を向けていた。


 「野山君、ご苦労様」


 「ご苦労様。二人を助けてくれてありがとう」


 二人からのねぎらいの言葉をもらった俺は、それだけで嬉しさが込み上げてくる。

 ヒーローにはなり損ねたが、俺の活躍を認めてくれる人が二人もいることに、俺は満足していた。

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