第八話 「動き出した闇」

 よりにもよってテレビ局で発生した魔法騎士同士の戦い―。




 意地でも隠してもらわないと、次の仕事に響く。

 だから、税金分は働いてもらった。



 隠せないものを、ものの見事に隠してのける。

 やれなければ官僚ではない。

 それが、官僚クオリティ。




 やってのけたのは理沙だった。


 爆発はテレビ局に何らかの恨みを持つ者が持ち込んだ爆発物が連続して爆発したものであり、10階にて発生した突然の防火シャッターの作動は、テレビ局の棟内管理プログラムにハッキングした者の仕業である。

 これらは同一犯の犯行の可能性が高く、現在、警察が不審者の割り出しに全力をあげており、すでに容疑者を絞り込んでいる。



 警察からの公式発表はそういうものだった。



 人命に関わるような事件での公式発表の第一要件は、いかに大衆を安心させられるか。



 事件へ大衆に不安を感じさせてはならない。例えそれが虚報であっても、大衆へは、まず安心を与えればよい。所詮、大衆は、自分に都合のいいことこそ、真実として受け止めてしまう愚物だから。「大丈夫です」=「真実です」で十分なのだ。


 他にも話題性のある事件は数多い。


 後は、如何に大衆の記憶から事件を忘れさせるかに腐心すればいい。


 理沙がやったことは、その程度のことだ。

 


 情報網がどれほど発達しようとも、大衆はそれに比例できるほどは発達していない。


 大衆に「テレビ局での事件」という“サーカス”と、「安心感」という“パン”を警察は与えただけ。


 ただ、それだけだ。





 その裏で、別な仕事をする者、いわば世間とはことなる「本当の真実」を追いかける―――

 それが今回の水瀬達だった。


 

 事件の後、イリースとその一味を拘束したのは、警察ではなかった。

 というか、警察は、イーリス達は逃げたものと認識しており、よりにもよって拘束されていることすら、知らなかったのである。

 


 

 「催眠誘導による尋問結果、報告書です」

 「本人が気づいている様子は?」

 「まずないですね。ウチのスタッフは優秀ですから」

 「ふむ」

 デスクに置かれた書類を一瞥しただけで、窓の向こうを走り去る車を見送る男。

 「この騒ぎ、最後まで責任をとってもらうとしよう。あのバカ息子め」

 「あら?悠理君、頑張ってますよ。ホント、少しは褒めてさしあげればいいものを」

 「フン」




 1時間後、

 月ヶ瀬神社水瀬宅



 お茶とお茶菓子がのった座卓越しに水瀬をにらみつけているのは、イーリスだった。

 「―――どういうことだ?」

 あからさまに警戒心をむき出しにするイリースに、水瀬は平然と答えた。

 「どうされたい?」

 「―――クッ」

 「お茶、冷めるよ?尋問中、満足に水も飲めなかったでしょ?ご飯、すぐ出来るから」

 「いらん」

 「このお菓子、美味しいんだよ?」

 「いらんといったらいらん!」

 「あっそ」

 

 「お待たせいたしました」

 割烹着姿の女中が運んできた食事を座卓に並べ始める。

 「食べていいよ」

 「いらん」

 そっぽを向くイーリスだったが、鼻孔から入ったなんともいえない香りに思わず

 グゥゥゥゥゥゥッ

 そんな音が部屋に響き、さすがにイリースも赤面した。

 「体力奪う目的とはいえ、満足に食事も与えないっていうのはどうかと思うけどね」

 「十分な食事がとれるなぞ、この国位だ。何日も飲まず食わずなどということは、幾度となく経験済みだ」

 「……ま、食べられるウチに食べたほうがいいよ?」

 「い、いらん」

 「じゃ、僕が」

 水瀬が手を伸ばすが、それより先にイーリスがフォークを掴んでいた。

 「食べろというなら、食べる」

 「じゃ、どうぞ?」

 上手そうな湯気を上げるハンバーグをにらみながら、最後の躊躇をするイーリスに水瀬は言った。

 「変な警戒はするだけ無駄だよ」

 返事の代わりにハンバーグにかぶりつくと、後は遮二無二に食らいつくだけ。

 何となく理沙を思い出しながら、その光景を黙って見つめている水瀬だったが、イーリスの食事が終わってから、口を開いた。

 「食べた?」

 「う、うむ」

 「じゃ、こっちのお願い聞いて」

 「断る」

 「所属している組織への敵対行動に手を貸せとはいわないよ。ただ、君の力が借りたいだけだよ」

 「断るといったら断る」

 「……ガンコぉ」

 「何だと?」

 「あのね?もしかしたら、逆に君は組織に貢献出来るかもしれないんだよ?利害は結構一致すると思うんだけど」

 「?」

 「瀬戸さんの拉致が目的でしょ?だとしたら、拉致対象が殺されたら困るんじゃない?」

 「……瀬戸綾乃の命を狙っている者がいると?」

 「そ。で、君に力を借りたいんだ。使える人手がいなくて」

 「断る。私は組織の人間だ。組織以外の命令に従ういわれはない」

 「……」

 剣呑な目でしばらくイーリスをにらみつけていた水瀬が言った。

 「じゃ、お金払って」

 「何?」

 「ご飯のお金。店屋物だから高かったんだよ?2万4千円、税別」

 「ち、ちょっと待て」

 「払えないの?」

 「わ、私の持ち物全て没収しておいてなんだその言いぐさは!?」

 「無銭飲食で警察へ突き出していい?」

 「ふ、ふざけるな!大体、食べていいといったのはキサマだろうが!」

 「“タダ”だとはいってないもん」

 「き、キサマ!人をだます気か!?」

 「警察経由で帰れるかもよ?無銭飲食で捕まったなんて組織が知ったら、君がどうなるかまでは保証しないけど」

 「……!!!!!!!」

 「協力して」

 一体、私が何をしたというのだ。この国に来てからロクな目に遭わない。

 信心が足りないとでも言うのだろうか……。

 イーリスは天に内心で文句を言った後、諦めたように言った。

 「……な、何をすればいい?」

 「あのね?」

 




 その日の夜のことだ。



 一体、何なんだろう。


 短期間で命を狙われ、誘拐されかけた綾乃は、何もかもまったくわからなくなっていた。

 芸能事務所とて同じ。綾乃の高い人気から仕事は多いが、反面、警備の人間が現場についてくる状況は、取引先との関係上からも好ましくない。

 自然、事務所も綾乃への仕事を敬遠し出していた。

 おかげで学校に行けるのはいいが、綾乃としては内心納得できない。

 問いつめても母からは上手くあしらわれ、頼みの父も「お母さんの言うとおりにしなさい」としか言わない。水瀬君に至っては「うーん。どうなんだろうねぇ」とまるで他人事だ。

 親身になって相談に乗ってくれる人が周りにいない。

 それが、今の綾乃にとって最大の不満だった。

 

 仕事の帰り道のこと。

 綾乃は事務所の用意したタクシーで帰宅しようとしていた。

 「まったく、いい加減にして欲しいわね、あの学校も」

 横で愚痴り続けているのはマネージャーの須藤だ。

 「訓練に協力ったって、長すぎるわよ。おかげでこっちがどんな迷惑を被っているのかわかっているのかしら」

 「まぁまぁ。でもいいじゃないですか。警備の人雇わずに済むんですから」

 「まあ、そりゃそうだけどさ―――」

 

 ガコンッ

 

 車が不意に止まった。

 人気のない公園の中。運転手は無言でハンドルから手を放そうとすらしない。

 「ち、ちょっと!?」須藤が青くなって運転席に身を乗り出す。

 「ちょっと!何やってんのよ!こんな所に止めろなんて……」

 突然、ぐったりした須藤が床に崩れ落ちた。

 「す、須藤さん!?」

 「出ろ」

 「きゃっ!」

 不意にドアが開き、綾乃は車から引きずり降ろされた。

 「なっ、なに――ひっ!」

 声を上げようとした途端、目の前に刀を突きつけられ、綾乃は言葉を失った。

 見ると、数人が自分を取り囲んでいる。

 逃げようとすれば殺されることは明らかだ。

 「瀬戸綾乃だな?」不意に暗闇から男の声が聞こえてきた。

 震えながらも頷く綾乃。

 「母は倉橋由里香、間違いないな?」

 こくん。

 「倉橋の恥部の血、穢れの血、倉橋の名の元に、お前には消えてもらおう」

 「ち、ちょっと待ってください!」

 やっと声が出た。

 「わ、私、何も知りません!いっ、一体、何で私がこんな目に遭うんですか!?」

 「……知らずにいてもいいことだ」

 「……」

 「倉橋家のことは知らんだろう……そうか。やはりな――知らずともよいことだ。倉橋の巫女は一人いれば良い。邪魔者は消す。ただ、それだけだ」

 「わ、私、巫女なんて知りません。修行だって―――」

 そう。綾乃にとって母が巫女だったことを知ったのは、小さい時分、悪さのお仕置きとして祝詞を間違わずに最後まで読まなければ外に出してもらえなかった頃だ。

 綾乃にとって、巫女らしいこととは、お仕置きと同義語だった。

 だから、巫女らしい修行すらしたことがない。

 巫女は修行を積んだ者がなる。

 綾乃はそう勝手に解釈していたからなおさら、自分が巫女の血を持っているというだけで殺されるのは納得が出来ない。

 「この世界は理づめで理解出来はしない。行き場のない思いを胸に、生き続けるのが人だ。恨むならば、この世をこんな風に作り上げた神とやらにでも言うんだな」


 チャカッ


 白刃が振りかざされる。

 

 「もし、生まれ変わる機会があれば、もっとマシな世界に生まれてこい。さらばだ」

 

 綾乃の首目がけて刃が振り下ろされようとした直後―――。


 複数の爆音が綾乃の周囲で炸裂した。

 

 怖くて目をつむる綾乃の耳に聞こえてくるのは、男達の怒声と悲鳴、そして破裂音。

 綾乃の腕を誰かが無造作に掴む。

 目を開けようとして、綾乃の意識は遠のいた。


 


 「――こんなことになるとは聞いていなかったぞ」

 公園の高台でその光景を眺めつつ、綾乃を抱きかかえているのは、イーリスだった。

 「三つ巴の戦いなぞ、こちらから御免被るものを……」

 「う……ん……」

 うっすらと目を開ける綾乃。

 「?」

 「ケガはないはずだ。立てるか?」

 見たことのない金髪の女が自分を見つめている。

 どこからか、香の匂いがするなか、綾乃は恐る恐る女に訊ねた。

 「あ、あの……私」

 「殺される手前で助けた」事務的で素っ気ない返事に、綾乃は先程のことを思い出した。

 「殺される……?」


 あの時、イーリスは、綾乃の立場を語る男達の話を聞き終わった所で綾乃の救助のために魔法攻撃を仕掛けようとした。

 しかし、それより先に男達に銃弾の雨が注がれ、イーリスは事態の主導権を取り損ねた。

 「じ、銃って」

 「NATO制式の5.56mm自動小銃弾。銃声からおそらく米軍のM-16A2。数12。

およそこの国で容易に手に入る代物ではない。銃声と同時にあの男達の倍数の騎士が突入。交戦状態に突入した」

 「そ、それで」

 「私がやったことはたいしたことではない。大がかりな閃光を放って目つぶしを喰らわせた後、お前を抱きかかえてここに逃げた。ただ、それだけだ」

 「……あ、あの人たちは」

 「クラハシ、と名乗っていたな。お前の母方の関係だろう。より詳しくは―――」

 ギラリ。

 イーリスがあのナイフを抜いた。

 「隠れているのはわかっている。出てこい」

 綾乃を庇いつつ、闇にむかって言い放つイーリス。

 闇からはただ、声だけが聞こえてきた。

 「……その娘を渡してもらおう」

 「断る」

 その言葉と同時に、イーリスは、自分達が取り囲まれていることを知った。


 黒装束に身を包んだ男達―――。


 何かのテレビ番組で見た、忍者を彷彿とさせる彼らが、イーリスと綾乃を包囲していた。


 イーリスが驚いたのは、その瞬間まで、イーリス自身が、彼らの存在に全く気づくことが出来なかったことだ。


 戦闘経験豊富なイーリスにとって、それは全く、ありえないことだった。



 「なっ!」

 「きゃっ!」

 包囲網の一部が綾乃を背後から羽交い締めにする。

 「くっ!」

 何とか綾乃を守ろうとしたが、胸に複数の切っ先を突きつけられた状況ではどうしようもない。


 しかも、体が動かない。

 

 「先程の者達と同じと考えるな。我らはむしろ、綾乃様をお守りしたいのだ」

 「―――利害が一致するようだな。ならばこのような扱いはなかろう」

 「利害を判断する立場にお前はない。それは我らが主が決めることだ」

 「ならその者に伝えておけ。こちらも仕事だとな」

 「い、イヤッ!」

 男達は綾乃を包囲網の外に引きずり出す。

 男達が自らを楯に綾乃を守ろうとするからには、どうやら「綾乃様をお守り」云々は本当だろう。



 

 「レディはもっと丁重に扱え」


 旋風と共に聞こえた言葉―。

 

 旋風が過ぎ去った時、男達は力無く大地に転がっていた。

 生きているのか、死んでいるのか、それすらわからない有様だった。

 「……全く、あのバカ息子が」

 暗闇の中から出てきたのは、背の高い男だった。

 おそらく40代。整った知的な顔立ちが印象的だ。

 「倉橋が忍を使っていることなぞ、とうに知った上と思っていたが」

 ブチブチ言い続けるながらも、その場にへたり込んだイーリスと綾乃を助け上げる。

 「大丈夫か?愚息が世話になっているな」

 「あ、あの……」

 親しげに話しかけてくる男。

 どこかで見た気がするが、どうしても思い出せない。

 「名付け親の顔くらい覚えていてほしいものだが」

 「……?」

 少し残念そうな顔をしつつ、男は綾乃の手をとった。

 「悠理の父親だよ。もう、忘れたかな?綾乃ちゃん?」



 

 水瀬の父、由忠だった。








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