第三話 「歌姫の真実1」

トップアイドル誘拐未遂事件


 高い話題性が確実なだけに、事件を報道したがるマスコミへの対応に、ただでさえ大わらわになっていた所に、さらに、手先を自爆させるその手口から、第二種事件(テロ)の可能性ありとして、国家公安委員会が介入して来るに及んで、捜査は完全に混乱していた。

 いや、現場すら警察と公安の思惑が入り乱れ、捜査は混乱どころか、実質的には停止状態に陥っていた。


 綾乃もまた、表向き「過労による体調不良により」、本当は「警察方面からの、もっといえば近衛の圧力で」仕事を休んでいられるのも、実はそういう事情による所が強い。


 「綾乃、体は大丈夫?」

 「うん。ありがとうお母さん。もう大丈夫」

 学校にもあれから2日間、行っていない。「学校に行く」といったら水瀬君からまで反対された。

 お友達とあえないのは、寂しい。

 「丁度、ゆっくり休めるいい機会じゃない」

 部屋に入ってきた母親がテーブルにココアを置きながら言った。

 「ずっとお仕事だったから、休めって神様が言ってるのよ。きっと」

 「うん―――」


 そうだ。


 「お母さん」

 綾乃はずっと心の中に留めていたことを、思い切って聞いてみることにした。

 「こういうナイフみたいなの、知ってる?」

 綾乃が机の上から取り出したスケッチブックを母親に見せる。

 そこには、綾乃が記憶を頼りにスケッチしたあの手裏剣が描かれていた。


 「え?あら、棒手裏剣かしら?あなた。むかしから絵が下手だからよくわかんないけど」

 「知ってる?」

 「ええ。忍者の使ってたアレでしょ?それがどうしたの?」

 「同じの、お母さんも持っているわよね?」

 目をパチクリさせ、じっと綾乃を見つめると、母親は笑いながら言った。

 「やだ綾乃ったら、お母さんがそんなもの持って―――」

 「子供の頃、お母さんの部屋で見つけて遊んでて、ひどく怒られたから覚えているの。お母さん、この手裏剣って、何?お母さんとどういう関係なの?」

 「さ、さぁ、ねぇ。お母さん、よくわかんないわ」

 とぼける母親に、綾乃は言った。


 「―――コンサート会場で、私めがけて飛んできたっていっても?」

 

 母親の表情が凍り付いた。


 「綾乃、それってどういう―――」


 「だから、コンサート会場で私に投げられたの!この手裏剣が!水瀬君がいなかったら死んでいたわ!」

 綾乃の母、由里香は、まるで自分に言い聞かせるように、娘に言った。

 「綾乃、あなたが何を勘違いしているかは知らない。けどね?警察に任せておけば大丈夫だから。変に想像して思い詰めないで」

 「お母さん―――」

 「あなたは私の子。大丈夫。お母さん、悪運は強いのよ?だから、あなただって、ね?」

 

 


 サァッ―――


 いつの間にか雨になっていた。

 雨の午後

 

 あの時もそうだった。

 

 ―――生まれ育った倉橋の家を追われたのも。


 由里香はリビングの窓から空を眺めながら想う。

 



 物心ついてから、修行ばかりの毎日。

 それに疑問を持つことすら許されなかった毎日。

 自由なんてなかった。

 でも、それでもよかった。


 すべては「儀式」のため。


 「儀式」を執り行って、家を継ぐため。


 家を継ぐことは、私の命より大切なこと。


 継げなかったら死ね。


 母からそう言い聞かされてきたことに、何の疑問も持たなかった。


 水月の儀(みなつきのぎ)―――


 あれから、何年経ったろう。

 私が倉橋の家を追われた、あの儀式から―――。


 


 ピンポーン



 チャイムの音で現実に引き戻された由里香が玄関を開ける。

 「こんにちわ。水瀬と言います。瀬戸綾乃さんの授業のプリントを持ってきました」

 ドアの向こうで礼儀正しく挨拶してくるのは、背の低い女の子、じゃなくて、水瀬だった。

 

 「あ、お構いなく」

 応接に通された水瀬の前に紅茶が出される。

 「いいのよ。悠理君、本当に大きく―――」

 チラリとアタマのてっぺんからつま先まで見た後、由里香は続けた。

 「なるわよ。心配しなくても」

 「はぁ……どうも」

 「ごめんなさいね。綾乃、さっき眠ったばかりだから」

 「大丈夫です。僕もプリントを届けにきただけですから」

 「本当、残念がるわよ?あの子、いっつも悠理君悠理君だから」

 クスクス笑う由里香に、頬を赤くする水瀬。

 「この前の件で、あれだけのことした子だから、嫌われてるって言うか、迷惑視されてるんじゃないかって心配だったの」



 「家は、おかげさまで建て直しましたから―――」

 「今回のことは親として感謝しています。二度も綾乃を助けていただいて」

 「騎士として当然のことです―――ただ」

 「?」

 「あの、失礼かもしれませんが」

 水瀬は考えがまとまらないようで、何度も思案した後で、由里香に訊ねた。

 「教えてもらいたいことがいくつか」

 「あら?何?」

 世間話程度に考えていた由里香の耳に聞こえてきた、水瀬の質問は、意外なものだった。

 


 「綾乃ちゃんって―――何者ですか?」

 

 ガチャッ

 

 由里香の手からティーカップが落ちた。



 「な、何者って、悠理君、なんか、変なこと聞くのね?綾乃はタダの女の子よ?」


 テーブルにこぼれた紅茶を慌ててふきとる由里香に、水瀬は冷静に言った。


 「僕も気づいたのはつい最近です。それに、母親としてそうお考えになりたいのは、何となくでもわかります。でも―――」


 「……」


 「……えっと、僕、魔法騎士です。で、ある種の存在を見分けることが出来るんです。今回は例外的に気づかなかったのか、僕自身、事実から目を背けていたのか、わかりません。とにかく、わかるんです。例えば、1000人の人間の中に」

 チラリと由里香を見た後、水瀬は続けた。


 「―――\\"人間以外"が混じっていても」

 

 「―――悠理君、何が言いたいの?」

 普段、穏やかな由里香の声が固くなった。


 「ご理解いただいている通りかと」


 「綾乃は私の子です!」


 「―――」

 血相を変えて椅子から立ち上がる由里香を、水瀬はただ、冷静に見つめていた。


 「私がお腹を痛めて産んだ子です!私が人間なら、あの子だって人間です!そうでしょ!?一体、何を―――!」

 「そう、ですね。―――わかりました。水月の儀は綾乃ちゃんの出生とは関係ない、ということですね?」

 「!!」

 由里香は目の前が真っ暗になった。


 「……」


 「―――どこまで、掴んでいるの?」


 「お聞かせいただければ」


 「……」

 「誓います。このことは僕の胸の内へ秘めるだけにすることを」


 「でも―――」


 「このままでは、何か原因で綾乃ちゃんが狙われているのか、見当も付きません。綾乃ちゃんを守るためにも。教えてください。何があったのか」


 由里香は席を立って、窓ごしに空を見つめた。

 由里香は想う。

 あの時の空は、今、この空につながっているのかしら―――


 数分、由里香には絶望的に長い時間の後、由里香は言った。

 「―――悠理君」

 「はい?」

 「少し、おばさんの思い出話につきあってくれる?」



 由里香は語り出した。

 

 過去を

 

 あの、封印したはずの記憶を


 あの悪夢の儀式を

  



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る