第二話 「魔の手」

 コンサート会場駐車場


 「根性いれてやれ!このゲス共!」

 「わかりましたぁ!!」

 一部の騎士達が、一列に並ばされた後、罰則としての腕立て伏せをやらされていた。

 相互修正でなくてよかった。

 ほとんどの生徒がそれだけが唯一の救いだと安堵しながら腕立てにいそしむのは、綾乃の最も近くにいて、彼女を守る任務についていた第一分隊の騎士達だった。

 「初仕事とはいえ、指一本動かせなかっただと!?この役立たず共!明光の面汚しめ!帰ったら再訓練だ!わかったか!」

 「はいっ!わかりましたぁ!」

 

 「で、君はああいうこと、しなくていいの?」

 「お姉さん、僕は仕事に成功しているの」

 その近くで話し込んでいるのは、理沙と水瀬だった。

 「そ。詳しいこと聞きたいから、こっち来て」

 「減棒、あと何ヶ月だっけ?」

 「よけいなお世話よ!」


 水瀬が警察に話したことをまとめると、以下のようになる。

 ・誰かが照明の上を横切ってすぐに照明が落下した。

 ・横切った人物の身体的特徴は以下の通り

  ・身長175センチ前後

  ・右利き

  ・ただし、全体としての気配は二人分存在。おそらく、一人が照明を落下させ、もう一人が瀬戸綾乃を狙ったものと考えられる。


 「というと、君は事故ではないと、そういいたいのか?」

 「はい。瀬戸綾乃の殺傷を事故と偽装するためです」

 「確かに、照明がつるしている柱ごと落下するなんて、普通は考えられないが、しかし、支えていたボルトの劣化などによる事故の可能性も否定できない」

 「落下のほんの少し前に魔力の反応を感じましたし、それに」

 そういって、水瀬はハンカチの包みをポケットから取りだした。

 「これが決め手です」

 ハンカチの中から出てきたのは、さっきの手裏剣。

 「照明の落下とほとんど同じタイミングで彼女めがけて飛んできました。狙いは間違いなく頭部です」

 「しかし君、変だとは思わないか?君はさっき、「事故にみせかけた」といっていたね?だとしたら−」

 手裏剣を素手で掴もうとした刑事の手を水瀬は止めながら言った。

 「全体に皮膚毒が塗ってありますからさわると死にます。それと、この手裏剣には魔法がかけられています。目標へ命中した途端、粉々に爆発するタイプです。鑑識は近衛へ依頼されることを勧めます」

 「手の込んだことだが」

 刑事はチラリと水瀬を見ながら言った。

 「心当たりは?」

 「新たな動きがあるものと考えます。今回の件で済むとは考えられません」

 

 

 水瀬からの取り調べが終わった岩田警部は、コーヒーを飲みながら、感心したように言った。

 「かなりのやり手だな。あのボウズ」

 「そうですか?」

 「ああ。よく訓練された人間の答え方だ。無駄がないし的確だ。―――本庁は?」

 「第一種事件としての捜査指示が来てます」

 ―――目標の頭部を破壊するほぼ同じタイミングで照明を落下させる。頭部はもとから破壊されているが、他人からは照明によって破壊されたとしか考えられない。

 というあのボウズの筋書き通りなら、間違いなく、「事故を偽装した殺人未遂事件」ということになるか。

 「警部」部屋に入ってきた刑事が報告する。

 「ボルトに細工された跡がありました」

 「決まりだな」

 岩田はコーヒーを飲み干して席を立った。

 「―――近衛の力を借りることになりそうだな」

 

 

 『トップアイドルの災難!』

 『瀬戸綾乃危機一髪!』

 『手抜き工事が原因か!?』

 そんな大見出しが翌日のスポーツ新聞を飾り、朝のニュース番組もほぼ全ての番組で事故が取り上げられていた。

 各メディア統一して言えることは


 あくまで事故―――。

 

 そういう扱いだった。

 

 綾乃にも、簡単にそういう説明がされただけだった。



 だが―――。


 綾乃は知っていた。


 あの手裏剣の意味を―――。



 あれは、事故じゃない。


 水瀬君も言っていた。


 私は、殺されるところだったんだ。




 事故から3日後

 放課後


 綾乃は帰宅路を急いでいた。

 

 私服の刑事達が数名、尾行を続ける中のこと。

 そう。警察は、犯人を誘き出すため、あえて綾乃を泳がせることにしたのだ。


 そうとは知らない綾乃は思う。


 夕闇が迫るまでに家に着きたい。


 いつ、どこからどんなことになるかわからない。

 事故の後だからって心配してくれたクラスの何人もの人たちが、護衛を申し出てくれたけど、私は断った。


 もしもの時、誰も、巻き込みたくないから。


 大丈夫。


 お家だってそこの角を曲がれば―――。


 綾乃の意識はそこで途絶えた。


 尾行する刑事達が角にさしかかろうとした時、角の向こう側からセダンが急発進し、あやうく刑事の一人をひき殺す所だった。


 刑事達のカンが警告した。

 怪しい―――と。


 「おい、ナンバー押さえろ!」

 「こちら吉村、本部、本部どうぞ!」

 

 刑事の一人が無線に叫んだ途端、

 ドンッ。

 という鈍い音がして、車のボンネットが吹き飛び、刑事達の目の前で、車は力尽きたように停車した。

 「な、なんだ!?」

 「あ、あいつ!」


 前席から飛び出してきた二人を瞬時にたたきのめし、後席からぐったりしている綾乃を助け出しているのは、水瀬だった。


 「警察だ!」警察手帳を手に刑事達が近づいてくる。


 刑事達の目の前で、水瀬が犯人の一人の胸ぐらを掴んでいた。

 「起きているね?さ。どこの手のものか吐いて」

 「……」

 口から血をにじませながらも、水瀬をにらみつけているのは、40代位の中年の女。

 どこかで血の匂いがする、そんな女だった。

 首に変な首輪をしているが、今はそんなことにかまっている状況ではない。

 「アタマから無理矢理情報引きずり出してもいいんだよ?廃人になるけど」

 「ふっ、ふははははははっ!!」

 「?」

 刑事に女を引き渡しつつも、女が高笑いを続ける理由が、水瀬にはわからなかった。

 「まるで任務に成功したって顔だね」

 「ああそうさ!私はミロード様の命を実行した!これで私は天国に―――」


  バンッ

 


 女の首が吹き飛び、あたりに鮮血が飛び散る。


 ゴトリ


 鈍い音を立て、頭部が道路に落ちるのとほぼ同時に、糸が切れた人形のように女の体が崩れ落ちた。

 「ばっ、ばかな……こんな、こんなことが」

 全身に血を浴び、出来ることと言えばただ、呆然と道路に転がった死体を見つめるしかない刑事達の横で、水瀬はポツリと呟いた。


 「この人―――」


 「知っているのか!?」

 

 ―――フルフル

 ただ、無言で首を横に振った水瀬は続けた。





 「この人、自殺兵だ」

 

 

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