美奈子ちゃんの憂鬱 呪われた姫神

綿屋伊織

第一話 プロローグ

 ハーバーアリーナ

 ステージ付近


 明光学園騎士養成コースと、同芸能コースの関係は、ボディガード「する側」と「される側」とも言える。騎士達は、芸能コースの生徒のコンサート会場の警備の一部を、校外実習として担うからだ。

 

 『峰村どこ向いてやがる!殴られたいのか!総員へ警告!一応は実戦だぞ!マジメにやれ!』

 無線機越しに担当教員の殺気だった声が響き渡る。


 「―――ったく、クソ役立たず共め」

 「江住先生、そりゃ無理ナイっすよ。こいつらだって初仕事ですからねぇ」


 そう。一年生で構成される騎士達も、訓練は積んではいるが、何しろ今回が初仕事。

 コンサート会場に足を運んだのが生まれて初めてという者も少なくないのだ


 とはいえ、コンサートをただで聴けると喜ぶ者は誰もいない。

 

 警備に失敗した時の罰則である相互修正(教官の許しがあるまで互いに力の限り殴り合う)の恐怖を先輩達から聞いているため、決して気を抜くことができないからだ。


 そういう意味で、彼らはむしろ胃が痛いほど緊張していた。


 全員、スタンブレードを腰に下げ、防刃チョッキにヘルメット−一部は防弾シールドまで装備−というものものしい装備で各所に立っている姿はまるで機動隊員だが、観客達の熱気を前にした騎士達には、それすら心許なく感じられた。

 この日、任務に参加した騎士の一人は言っている。

 「戦車が欲しかった」と−。



 『入場者は約3万!各自警戒を厳に!コンサート開始まであと10分!』


 

 (すごいなぁ)

 ステージの袖に配置されている水瀬は、その雰囲気に正直驚いていた。

 コンサート開始まであと数分。ファンの熱気は凄まじい。

 教官達がひっきりなしに警告を続けているのは、水瀬にもわかる。

 この人々が暴れ出したら、自分でも止められる自信はないし、考えたくない。

 『第四分隊!』無線に指示が入る。

 『対象が袖に入る。入ると同時に結界展開!』

 「復唱、第四分隊、対象が袖に入り次第、結界展開、了解」


 何人もの人々を引き連れて、対象はやってきた。

 「水瀬君」

 親しげに手を振って来るのは、綾乃だ。

 「瀬戸さん。調子は?」

 「ばっちり、かな?」

 袖から観客席をチラリと見た水瀬は、感心したように綾乃に言った。

 「こんなたくさんの人の前でよく歌えるね?僕なら無理」

 「ふふっ。慣れ、かもね?でも」

 「でも?」

 「今回は少ない方なのよ?」

 「うぞっ」

 

 −まぁ、頑張って

 −水瀬君もね


 そういってすれ違う二人。

 

 ステージの幕が上がり、ファンの歓声が沸き上がる。

 「天使の歌声」と絶賛される歌姫・綾乃の声が水瀬の耳にも心地よい。

 警戒を怠ることなく、水瀬はコンサートの経緯を見守っていた。

  

 『教師達が陣取る司令部に水瀬から通信が入ったのは終盤の頃。

 『ステージ上に不審者2、うち1がライトの設置された柱を通り、第7通気口へ逃走!おそらく男性、騎士です!』

 「了解、おい、各員へ警戒−」

 教員の一人が無線を担当する生徒に指示を出そうとした途端、


 ズダンッ!

 

 何かが壊れる音が連続しておこり、ファンの歓声が一瞬にして止まる。


 コンサート会場とは思えない静寂さが数瞬、あたりを支配した後、会場はパニックに陥った。

 「状況は!?各員状況を報告せよ!―――ええいっ!緊急事態発令!パターンS、第一・第四以外の各員は警備員のサポート!観客の安全確保最優先!」


 ―――なにが起きたんだろう?

 

 いままで歌っていたはずなのに、なんで水瀬君に抱きしめられているんだろう。

 

 綾乃も状況が理解できずにいた。


 「いたたたたっ」


 水瀬のいた袖と反対の袖にいた人々は、マイクを持ったまま固まっている綾乃と、彼女を抱きしめる水瀬が突然現れたようにしか思えなかった。

 綾乃を抱きかかえた水瀬が、そのまま反対側の袖に飛び込んだからだ。

 「―――司令部、対象を確保、対象は無事!繰り返します、対象は無事!」

  

 「―――水瀬、君?」 

 「大丈夫?」

 「何か、起きたの?」

 「―――あれ」

 水瀬が示す先はステージ。さっき自分が歌っていた場所。

 

 変わり果てたその場所に綾乃は声を失った。

 自分の立ち位置付近が、何かの残骸で埋められている。

 照明の残骸だ。

 あのまま立っていたら、死んでいたはずだ。


 「司令部、ステージに照明数個が落下!このまま対象の保護を継続します!」

 水瀬の珍しく緊張した声に、綾乃は我に返った。


 「犯人の目的は対象の殺傷!繰り返します!犯人の目的は対象の殺傷です!指示を!」

 

 ―――私を、殺す?  


 カランッ

 水瀬が床に放り投げたものが、何かを理解した途端、綾乃は息が止まった。


 独特な形をした棒手裏剣−。


 綾乃は、それに心当たりがあった。



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