第四話 「歌姫の真実 2」

約束された道


 進めと言われ続けた道


 進むしかない道


 だから、進んだ道


 その先に、なにがあるのか、誰にもわからない。


 それでも進んだ。



 道の末に、私を待っていたもの。





 それは、破滅―――

   









 瀬戸(旧姓・倉橋)由里香の回想


 私は、倉橋由里香

 

 ―――違う。



 誰も、ただの由里香なんてモノを、必要としていない。


 倉橋由里香そのものに意味はない。


  

 そう。



 私は、倉橋の巫女―――


 私は、倉橋の巫女だからこそ、生きる意味がある。


 そう、教え込まれてきただけなのか、それとも、私が、そう思い続けていたのか―――。

 今となってはわからない。

 当時の私にとっても、そして、今となっても、どうでもいいことだ。



 自分の生きる意味に、疑問すら持つことさえ許されなかったことだけは確か。


 物心ついた頃には大祓の祝詞を暗唱できたのも、退魔の力を発現し、魔を払う舞を舞うことすら出来たのも、すべて巫女として当然のことだと言われ続けた。

 

 倉橋の巫女なんだから当たり前―――。

 

 

 そう。

 


 そういうものだと思っていた。


 

 「巫女として不要なことは一切するな」といわれ、友達と遊ぶことすら許されず、学校から帰るなり修行の毎日でさえ、私には当たり前だとしか思えなかった。




 私は、他の女の子とは違うのだから。


 


 そんな私が、祖母の死をきっかけとして、倉橋の巫女として最大の儀式、『水月の儀式』を迎えたのは、高校3年の時。

 

 母が中学3年の時、儀式が行われたというから、私は遅かった方だと知った。

 だが、今度の儀式は、実施が一族中に母の口から告げられた時から、実行されるかすら疑わしいという様相を呈していた。


 倉橋家の伝統に従って母と娶された父との間に生まれた私と、父の死の後、倉橋の巫女としては異例の再婚の末に生まれた妹、有里香のどちらが巫女として儀式に参加するか。

 ある者は私を、ある者は有里香を。

 すべては巫女の力に隠れた欲望を巡る争い。

 

 くだらない、一族内の勢力争い。


 決定権のある母が私を巫女に指名したことで、事態は収拾するかと思ったが、決してそうではなかった。

 

 倉橋の巫女


 その力があれば、国内最大級の巫女として中央を相手にしても十分張り合える。

 地方のことだ。

 倉橋の巫女の地位、権力は、下手な地方議員の生殺与奪すら思いのまま。

 倉橋に睨まれてこの地方で生きられる者は存在しない。

 

 

 故に、皆、その力を欲した。



 欲に目のくらんだ者達が選んだ道―――

 

 それが、

 

 血を分けた者同士の殺し合い。




 私を可愛がってくれた大叔父が交通事故で死んだ後、私にとって継父が首のない死体となって近くの川で発見されたのを皮切りに、私が覚えている限り死者・行方不明25名。下の者までいれたらその倍では決してきかないだろう。


 朝、起きて、今朝までに誰が死んだ。で、始まって、

 寝る前に、今日は誰が死んだ。で、終わる。


 そんな、血で血を洗うような日々が、とうとう儀式の日まで続く。



 その間、私は有里香と出会うことはなかった。


 巫女を私が担うことを告げられたあの集いの日を境に。


 まるで親の敵のようににらみつけてきた有里香の目。


 そこにこもった憎悪を、私は確かに感じ取った。

 

 ただ、その時は、それが、その憎悪に燃えた顔が、あろうことか、私が見た有里香の最後の顔になるとは、思いもしなかった。






 秋、満月の日

 

 水月の儀が、始まった。


 大地を祭神とする倉橋神社の御神体である巨石の周りには幕が引かれ、その中で何が行われるのかは、代々の巫女のみに伝えられる口伝。


 いつも禊ぎに使う小川で身を清め、着物を整えた後、先代の巫女ーつまりは母ーと共に神の座へと向かう。


 

 


 焚かれた香の匂い

 

 雅楽の音色


 満月の月明かり



 幕の内で行われるのは、『聖婚』の儀式に近い。


 巫女の体に玉依姫を降ろし、巫女を玉依姫として生まれ変わらせる。


 倉橋の巫女とは、いわば「器」―――。


 「器」が満たされた後、それまでの巫女として生きてきた「女」は消える。

 

 儀式の後、巫女は「神」となる。


 




 神として、神の力の使い手として、生まれ変わり、新たなる巫女を産む。

 




 そのための存在。

 




 だからこそ、巫女には「一人の人間」としての存在意義など、ない。



 それを崇高な使命と思っていた。

 自分という存在が消えることなど、どうとも思っていなかった。

 私に、意味はない。―――と。




 だが、この儀式は何かがおかしかった。



 幕の内で初めて感じたのは、



 違和感。



 同席した先代の「倉橋の巫女」である母にもそれはわかっていたはずだ。


 四方を守護するための守護獣が東西南北バラバラに配置されている。

 このままでは、正の力が負として働きかねない。


 東が西に

 北が南に


 ちらりと母の顔を見たが、母の目は、なぜか儀式の続行を命じていた。

 

 

 教えられた手順に乗っ取り、祝詞をあげ、舞う。

 意識を「より高い次元の存在」へと、魔への防御すら忘れ、無我の局地まで高めた意識を解き放つ。


 祝詞

 香の匂い

 雅楽

 世界の全てから解放されたような、不思議な感覚は、すぐに感じ取れた。

 凄く高い、恐ろしく強い、高次の存在。


 私は、その存在を招く


 そう。

 

 もう少しで、一つになれる。


 私が、玉依姫となり、玉依姫が私となる。


 そして、新たなる倉橋の巫女が生まれる。


 力がお腹――子宮――に入り込むのを、確かに感じとれる。

 

 暖かくて、泣きたくなるほどの幸福感が、私のすべてを包み込む。



 私にはすべてが順調に思えた。

 

 私は幸福感の中で意識を失い、


 そして




 儀式は、





 失敗した。










 私が次に目をさましたのは、儀式から1週間も後のこと。

 儀式が失敗したことを母から告げられたのは、すぐのことだった。


 信じられなかった。


 あの感じでは、すべては順調にいったはずだ。

 なのに―――


 驚く私に、母は冷たく言い放った。


 有里香を推す勢力が、儀式に乱入。

 すべてを破壊した。

 儀式の場は血で汚れ、私はその中で力との融合を果たしたらしい。

 私をかばった一族のある騎士の血を全身に浴びながら―――。


 あらゆる儀式で最大の禁忌

 

 血の穢れ


 穢れの中で儀式をまっとうしたなぞ、あってはならないこと。

 そして、自らがその禁忌に不本意ではあるが、関わってしまったということが、どういう意味を持つのか、私は理解していなかった。

 

 

 ―――なら、もう一度、儀式を再開すればよいではないですか

 ―――だめだ

 ―――なぜです?あの時、私は確かに力と一つになったのを感じ取りました。

 ―――お前は、もう、だめだ。

 ―――え?

 ―――巫女が『水月の儀』に参加できるのは、生涯に一度のみ。あまつさえ、お前は儀式を     汚した。本来ならば死をもって報いてもらうところだが……。

 ―――お母様……それは……まさか。

 ―――お前に二度目はない。まして、穢れた巫女なぞ、倉橋には不要だ。




 ―――出て行け。




 

 一切の嘆願は無視された。

 無様に泣き叫び、助命を請い願う私を、つい少し前まで私に傅いていた使用人達は、迷い込んできた野良犬のよう追い立てた。

 



 ポツリ


 着の身着のままで倉橋の門を出た時、空から落ちてきたのは、雨―――。

 

 「……」



 すべてが、終わった。


 

 このために。と育ってきた私には、もう、何をどうしていいのか。どうやって生きればいいのか。

 何一つ、本当に、何もわからなかった。


 ―――見上げる空


 そこにはいつだって、巫女として見上げる空があった。祀るべき星があった。


 今、見上げる空には何がある?


 頬を流れるのは、雨なのか?それとも涙なのか?

 

 ああ。何もわからない。


 私はただ、翼を失った鳥のように、空を見上げるだけ。


 そんな私に、何の意味がある?


 私に、生きる理由があるのか?



 そんな時、そっ。と、私の肩を抱いてくれた手があった。

 いずれは倉橋の巫女となった私と結ばれるはずだった瀬戸昭博の手。

 彼もまた、私同様、いや、私のために立場を失った身だ。


 そっと涙をぬぐってくれた手は何より温かくて―――。


 心配そうな目で、それでも私を哀れむことなく、彼は言ってくれた。


 「必要なのは過去じゃない。未来だ。過去に絶望しないで、二人で未来を作っていこう」


 考古学の講師の台詞じゃない。と、今では笑うことも出来る。


 ただ、その時の私にあったのは、その言葉だけ。


 私は、その言葉にすがった。


 その言葉だけが、その時の私のすべてだった。


 だから、私はそれにすがった。



 

 すがった結果―――



 それは幸せか

 それとも遠回しな不幸なのか



 それはわからない。



 逃げるように東京へ来た私だったが、体の異変にはすぐに気づいた。



 女として、わかった。




 そして、戦慄した。




 巫女として純潔を守り続けてきた私にとって、それは絶対にあり得ない異変。


 まだ、昭博さんにすら体を許していなかった中での異変。

 

 最初は信じなかった。


 いや、信じたくなかった。

 あり得なかった。

 怖かった。

 

 あの儀式での穢れがどう関係しているのか。


 どうしてそうなったのか。


 何一つわからない中で、「それ」は私の中で育っていく。

 

 ただ、それだけが真実―――。

 



 ―――儀式から3ヶ月





 私は、子を宿していた。



 誰の子なのか


 いや



 ヒトなのかすら、わからない子を―――






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