第7話

「無事か!?」

 運転席に座った頬に大きな傷のある男性が大声を張り上げた。


「無事だけど、ちょっと運転荒いんじゃないかあ? キダっち」

「ふざけた事言ってる場合か! 後ろ見ろ! 連中ロケラン持ち出しやがった!」


 その言葉を受けて、ヒナはわざとらしく手をかざして遠くを見るポーズを取った。


「おー。戦車の装甲に穴空ける最新式のSMAWじゃないか。すごいなーあたしも撃ってみたい」

「関心してる場合か! あんなん食らったら俺達全員仲良くお陀仏だ! アメ舐めてねえで仕事しろ!」

「あいよー。少年、耳塞いでおいた方がいいぞ。あたしのはちょっとばかし耳に響く」


 そう言ってヒナはドラムマガジン式の大型ショットガンを二丁両手に構えて見せた。


「そんなデカイ銃ここで撃つつもりかよ!」

「だってそうしないとあいつらバンバン撃ってくるぞ? ほら」


 SMAWの高速弾頭が迫ってくる。避ける事が不可能と思われたそれをしかし、ヒナはゆったりとした動作で狙いを定めて撃ち落とした。空中で炸薬が破裂し、派手な花火が打ち上がる。


 ヒナはそのまま立ち上がると、次弾を発射しようとしている射手をショットガンで的確に撃ち抜いた。およそ狙撃に向いているとはいえないショットガンで、300メートルは離れた相手を撃ち抜くその技量は並ではない。


「ヒュウ……流石。ウチのエースは伊達じゃねえな」

 キダは愉快そうにそう言った。


「キダっちスピードまだ上げれそー?」

「アクセルベタ踏みだ!」

「クッソー。いくら調整中だからってこんなオンボロ車寄越しやがってえ……帰ったらコバヤシに文句言ってやる。あたしの仕事が増えたじゃないか。ソフィ、荷台に来てあたし支えてくれー」

「了解しました」


 ソフィは荷台と運転席を仕切る窓ガラスを開けて移動してきた。そして、ヒナの両足をがっしりと掴むと両足を広げて荷台の側面に付けて自身をバイポッドとした。


「行くぞー」


 ヒナは両手にショットガンを構えると引き金を引き始めた。ドンドンドンドンと腹に響く轟音が鳴る。その度にユウの頭上に熱々に熱せられたショットガンの空薬莢が落ちてくる。


「アチ! アチチ!」

「我慢しろー、男の子だろ」


 追手を見やると、ヒナの銃撃によって何台かが横転していた。しかし、それでも依然として無数のヘッドライトがこちらに向かって走ってきていた。


「チっ、これじゃ埒が明かない。キダっち小道入って!」

「了解! 掴まれ!」


 キダは急ハンドルを切り、雑居ビルの建ち並ぶ小道へと車体を斜めにしたまま突入した。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 ユウは息も絶え絶えに必死に丸くなって荷台の縁に掴まる。時折衣服が壁と擦れて引っ張られるのが耐え難い恐怖を煽った。対してヒナとソフィはこんな事は日常茶飯事だとでも言わんばかりに堂々と荷台の縁にかがみ込んでいた。流石に片手は縁を掴むのに塞がっているが、ヒナに至っては空いた片手でアメを持って舐めている。


「そんな簡単に人間は死なないもんさ。ソフィ、一応少年を抑えてあげろ」

「わかりました」


 そうして無限にも感じられる地獄の時間を乗り越えた先には、無数の商店が並ぶ通りに出ていた。


「うん。ここなら隠れる場所もいっぱいありそうだな」


 ヒナは荷台から飛び降りてロリポップをぺろぺろと舐めながらそう言った。ユウも息も絶え絶えに荷台から這い降りた。ソフィが側に立ち、油断なく周囲を監視する。


 ようやく人心地つけそうだと思ったのもつかの間、次にキダが放った言葉でユウの感情はバンジージャンプをするかのように急下降した。


「あー、ダメだこりゃ。後輪が完全にパンクしてやがる。代わりの車を探すしかねえな」

「うえ……そうは言ってもドメインの中で動ける車を探すのは骨だぞ。大人しくエスケープポイントまで移動するのを提案する~」


「私もヒナさんに同意です。幸いここからエスケープポイントまではそう距離はありません。歩いても20分程度かと」

「しゃあねえ、そうするか。警戒態勢で行くぞ」

「りょ~か~い」

「了解しました」


 ユウを中心に先頭をヒナとソフィ、後ろをキダが固めた。急に襲ってくるイドに対して警戒しながら進む三人に、ユウはまだまだ聞きたい事があったが、戦闘態勢に入りピリついた雰囲気を出している三人にはとても聞けそうになかった。


 暫く無言で歩いていると、先頭に立っていたヒナとソフィが後ろ手に行く手を遮った。


「ストップだ。敵さんがきたぞー」


 ヒナの背後から前方を覗き見てみると、どこから現れたのか全身の皮をズルズルに溶解させた無数のイドが通せんぼをするように道を塞いでいた。


「キダっち。さっきのカーチェイスで残弾が心もとない。後一回の戦闘に耐えられるかどうかといったところだ。ここは逃げの一手しかない。こいつらと戦ってる内にもう一度三つ花と遭遇したら終わりだ」

「了解。俺が前に出る。ヒナは弾温存しろ」

「頼んだー。ソフィは少年の護衛ね」

「了解しました」

「よし、行くぞ!」


 ハンドガンを構えたキダが行く手を遮るイドの眉間に弾を撃ち込んでいく。一体、また一体と倒れていき、道が出来る。そうして開けた通りを駆ける。


 このままいけば逃げ切れる。そう思ったのもつかの間、一同の目の前に再び三つ花が立ちはだかった。狭い通りに出たのが悪かった。三つ花は生き残った軍用車を壁にして完全に出入り口を封鎖していた。先回りしていたのだ。


「あなた達は完全に包囲されています。大人しく武装解除しなさい」

「定型文みたいな事言いやがって」


 キダはチラリと後ろを確認する。最低限の数だけ倒して来たのが裏目に出た。生き残りのイドが徐々に迫ってきていた。


「もう一度言うわよ。武装解除しなさい。後ろのイドに気付いているでしょう? あまり時間はないわよ」

「くっそう。これじゃどうにもならないな。何か状況を一変させてくれる事でも起こらないかなあ」


 果たしてヒナのその発言が引き金となってか、突如として10階建てのビルを破壊しながら巨大なイドが現れた。


「なっ……! 一級イドですって!? よりによってこんな時に!」

「おー言ってみるもんだなあ。状況が一変したよ。おい三つ花、こんな状況だ、停戦を提案するがどうする」

「くっ……! しょうがないわね、一時的に協力態勢を取りましょう」

「よしきた。足引っ張るなよー?」


 ヒナはドラム式ショットガンを肩に担いで挑戦的な目をカーラに向けた。対するカーラもすでに落ち着きを取り戻したようで、高圧的な視線をヒナに向ける。


「ふん、偉そうな態度の分くらいは仕事してちょうだいね」

「化け物退治は慣れてるからな、任せろ」


 そうして共闘の態勢が整った横では、先程までのものとは一線を画するイドの存在に動けなくなっているユウがいた。

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命尽きるまで私は戦う。P.S魔法少女とのラブコメは大変です。 山城京(yamasiro kei) @yamasiro

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