第6話

 急発進した軽トラックはその後もスピードを落とす事なく軽快に走り続けていた。


「ここまで来ればもう安全かなー?」


 ダルそうな、それでいてどこか生意気な感覚を抱かせる声だった。不思議と嫌悪感は抱かなかった。むしろ、どこか懐かしい。ユウは記憶の隅に引っかかるものを感じながらも、ドラムマガジンに弾を装填している少女に声をかける。


「いい加減どういう事か説明してくれ。振り回されるのも限界だ」

「んー?」


 そう言って振り返った少女の容姿を見たユウは、今日何度目かわからない胸の高鳴りを感じた。


 少女は灰色のロングヘアをウルフカットにしていて、青い瞳の下にはアイシャドウでも入れているのか隈のようなものがガッツリと入っていた。


 目鼻立ちのしっかりとした西洋人っぽい見た目相応の双丘は、ピッチリと身体のラインに張り付く黒いアンダーシャツで押さえつけられていた。その上に羽織ったブカブカの白いパーカーがどこかアンバランスな印象を抱かせたが、それすらもファッションであると思わせるほどの魅力が彼女にはあった。


 左側につけられた星型の可愛らしいヘアピンは彼女なりのオシャレなのだろうか。真意はともかく見た目の大人らしさに反してどういう訳かとても似合っていた。


 とんでもない状況に置かれているというのに、美少女を見てしまうと気勢をそがれてしまう自らのだらしなさを恥じながらも、ユウは少女の目を見て返事を待った。


「ヒナだ」

「は?」

「あたしの名前」

「いや、今は名前よりも状況を説明してほしいんだけど」

「もっと会話を楽しもうぜ、少年。糖分が足りないから結論を急ぐんだ。食べるか?」


 そう言ってヒナはパーカーのポケットからロリポップを取り出した。しかし、ユウはそれを断った。ヒナは「美味しいのに」と言ってロリポップの包み紙を取って口に咥えると、再び腰のポーチから取り出した弾をドラムマガジンに装填する作業を始めた。


「待てよ! 頼むからなんでこんな事になったのか説明してくれ!」

「んー? ソフィから聞いてないのかあー?」

「なんにも聞いてない! 頼むから説明してくれ」

「ふむ。灰色のオリンピックについてはどれだけ『覚えてる?』話はそこからだ」

「東京が無くなって浮島が現れたって事くらいしか……」

「アンドロイドについては?」

「ああ、なんか浮島の中にいたんだろ?」


 ヒナはユウの言葉を聞いて神妙な顔をした。そして「なるほど」と一人頷くとこう続けた。


「それで? 少年はあたしに何が聞きたいんだ?」

「今の状況全部だよ! 人がいなくなって、気がついたら銃で撃たれて逃げてる。何がどうなったらこんな事になるんだよ! 挙げ句俺の首には賞金が懸けられていてコールドスリープされてて今日目が覚めた? 訳がわからないにも程がある!」


「どうどう。落ち着け少年。しょうがないから一から説明してやる。まずはさっきの連中だが、あれは三つ花といって月華グループお抱えのバウンティハンターの集団だな。いちおー警備会社って事になってるみたいだけど」

「バウンティハンター?」


「そうだ。イドを狩る事を生業としている人間だ」

「そのイドってのはなんなんだ?」

「んーまあ、簡単に言えば誰から見ても共通の敵? みたいな奴らだ。月光花に適合し損なった人間の成れの果てだ」


「よくわかんないけど、とりあえず敵だっていう事はわかった。それで、どうして俺の首に賞金が懸けられているんだ?」

「いろいろと込み入った理由があるとだけ言っておこう。とにかく今は、少年は特別な人間で少年を手に入れると得だから狙われてると考えてくれ」


「……さっきのアンドロイド、保護とか言ってたけど、ようはあんた達も自分が得するために俺をさらってるだけなんじゃないのか?」

「んにゃ、そうとも限らんぞお?」


 ユウが疑惑の目を向け続けていると、ヒナは観念したとばかりに肩をすくめて前の座席に座っているソフィを呼び出し「少年に未来の事を話してやってくれ」と言った。


「わかりました。何から話しましょうか」

「未来で少年が何やってるかでいいんじゃない?」

「おいおい、未来の話だって? 冗談だろ?」

「いえ、冗談ではありません。ナツメさんは未来世界で抵抗軍のリーダーとして機械軍と戦っています」


 ユウは先程から次々に与えられる情報という名の暴力に遂に白旗を上げそうになった。


 ただの一般人として過ごしてきたユウにとってドンパチなど対岸の火事を超えてファンタジー世界のものだった。それに加えて今度はファンタジーそのものの未来の話が出てきた。脳が処理性能の限界を超えてヒートアップしそうだった。


 これが夢の中の出来事であればどれだけよかった事か。しかし現実は残酷だった。どれだけ頬を捻ってみても夢から覚める事はなく、ただ自身の頬が痛むだけだった。


「オッケーわかった。これが現実だと認めるよ。未来世界って事はタイムマシンか何かが実はすでに開発されてたっていうのか?」

「いえ、この現代にはタイムマシンは存在しないはずです」

「じゃあ、その未来世界ってのはどういう事なんだ?」

「簡単な話だよ、少年。ソフィは未来の世界から来たアンドロイドなんだ」


 ユウは思わず天を仰いだ。人間は自身の許容量を超える事態に遭遇すると二つの行動パターンに分かれるという。一つは思考の停止。そしてもう一つが火事場の馬鹿力に代表されるように本来のパフォーマンスを大きく超える人間だ。不幸な事にユウは後者のパターンに分類されるらしく、ユウは人生史上最も頭を回転させて話を理解しようとしていた。


「まさか、月光島にいたアンドロイドって――」

「そのまさかだよ、少年。それだけじゃない。月光島そのものが未来の世界から『転移』してきたものなのさ」

「マジかよ、いつから現実はファンタジーになっちまったんだ……」

「少年が眠っていた間に世界は大きく変わったのさ。ドメインから戻ったらきっとびっくりするぞ」


「信じらんねえ……いや、嘆いてる場合じゃないか。さっきもチラっと聞いたんだけどそのドメインってのはなんなんだ? 早いところ脱出出来ないのか?」

「それが出来ない理由があるから今こうしてるんだろー? 少年のせいなんだぞ?」

「俺のせい? どういう――」


 続く言葉は軽トラックがいきなり急ハンドルを切った事で消えてしまった。

予期せぬ衝撃に荷台から身を投げ出されそうになったユウをヒナが引っ張って荷台に戻した。何事か問いかけようとした瞬間、開けた口に爆発の衝撃が入ってきた。見れば、路肩に停めてあった車が炎上している。

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