17●追記3 …細部に神は宿る。終幕に捧げられた美しい言葉。

17●追記3 …細部に神は宿る。終幕に捧げられた美しい言葉。




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 余談ですが、ひょっとして『アメリカン・グラフィティ』に影響を与えたかもしれない、ポンポさんみたいな映画好きの方なら絶対必見の傑作があります。

 『プレイタイム』(1967 仏)

 フランスのジャック・タチ監督・主演による超大作で、ピカピカの近未来高層ビル街をまるまるセットで再現し、一年がかりで撮影されたのは……

 街を訪れた老若男女の人々の、なにげない日常のふるまい。

 ちょっとした勘違いや親切心や忖度やおせっかいが招く、ささやかなハプニングが次々と重なっていって、一夜のパーティが盛り上がり、そして夜明けが近づいて人々がそれぞれの生活へと去ってゆく……

 と、それだけの物語。

 それだけなんですね、あくまで、それだけであって、登場人物のセリフもほとんどなく、身体の動きと表情だけ、ある種のパントマイムの組み合わせでひとつひとつの場面が形作られていきます。

 それはもう、退屈極まりない……と思いきや。


 絶対退屈するはずなのに、全然退屈しない。


 “映画の魔法”って、これのことじゃないか? と気づかせてくれる、本当に凄い作品なのです。

 この不思議さは文字では説明困難、とにかくご覧になるしかないでしょう。

 この作品にも“等身大の臨場感”が備わっていると思います。

 登場する紳士淑女の方々と一緒に、その街を歩いていると錯覚しそうなほどに。

 描かれているのは、ほぼ一昼夜。人々の出会いと別れとすれ違い。

 『アメリカン・グラフィティ』(1973)に、どこか共通するテイストを感じます。

 もしかして、ルーカス監督は『プレイタイム』をご覧になっていたのでは?


 ジャック・タチ(Jacques Tati, 1907 - 1982)監督はパントマイムの巨匠であり、映画監督でありながら脚本・主演もこなされるという天才マルチプレイヤー。監督が脚本も主演も兼ねてコメディ映画を撮る、というスタイルは、戦前のチャーリー・チャップリン氏と同じですね。

 ただしタチ監督の作品はいずれも、クスッと笑みが漏れる上品なコメディといった感じで、チャップリン的なドタバタはほぼ見られません。ヨーロッパ的な洗練を極めた、エレガントでチョイとシニカルな作風が特徴ではないかと。

 第二次世界大戦を境に、鏡に映すかのように、戦前はチャーリー・チャップリン、戦後はジャック・タチといった位置づけになるのかもしれませんね。


 ジャック・タチ監督が没後に残された脚本を元にしたアニメ映画『イリュージョニスト』(2010)も必見アイテム。ホロリと泣けます。この作品の監督は『ベルヴィル・ランデブー』(2002)を手掛けられたシルヴァン・ショメ氏その人です。



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 さて、『ヴイナス戦記』の物語のラスト近くで気にかかったのは、主人公のヒロと、インディペンデント社の特派員スゥの人間的な関係です。

 ハウンドを除隊したヒロが三輪バイクを走らせていると、リムジンバスに乗ろうとするスゥを見かけます。

 このときヒロは自分から声を掛けず、なぜか黙ってスゥを見つめます。

 あ、そうか、と思い至りますね。

 ヒロはスゥに怒鳴られたまま、関係を修復していないのです。

 ヒロからみて、スゥは戦争の見物に来た、よそ者の地球人。

 スゥからみて、ヒロはウィルみたいに戦う気力のない、意気地なし。

 スゥはヒロに罵詈雑言を浴びせ、そののちハウンド隊から出奔してしまいました。

 だからヒロは、自分から声を掛けるのを遠慮していたのですね。今もスゥに嫌われたままではないかと危惧して。

 そこで逆に、スゥの方からヒロの視線に気づいて、声を掛けてきます。

「街でキャシーに会ったの、マギーのことを聞いたわ、彼女に会いたいんでしょ!」

 あ、そうか、と納得します。スゥがマギーと会ったのは、ウィルの車に一回同乗しただけで、あとは全く面識がありません。

 だから、イオの街でまずキャシーに会い、そこでヒロとマギーの相思相愛の関係を聞いて、マギーの消息を知った……ということが、これだけの短いセリフで察せられます。

 そして同時にこのとき、ヒロとスゥ、ぎすぎすしていた二人の関係が綺麗に修復されたことがわかります。

 スゥはマギーの滞在先をヒロに教えることで、ヒロに「カッとなって怒鳴りつけた、あの時はごめんね」と謝っているんですね。

 なにげない、小さな出会いと別れの場面ですが、その意味合いは重要です。

 二人は互いを許し合い、晴れて“友達”になれたということですから。

 スゥの最後のセリフ「(ヴイナスには)友達がいるの」の“友達”の中には、間違いなくヒロが含まれているということです。


 そのように、登場人物の細やかな感情の動きを、『ヴイナス戦記』は的確に表現しています。

 細部に神が宿るような、緻密な構成。

 何度観ても飽きることのない、作品の魅力がここにもありそうです。


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 スゥが滞在している難民キャンプは、英語字幕では「Bellevue refugee camp」と記述されています。

 ベルビュー(Bellevue)は、フランス語で「美しい景色/美しい眺め(Beautiful View)」のこと。

 ここにも作品の“細部に神が宿る”緻密さを感じます。


 それは、地名としての“美しい眺め”だけでなく、そこに集う人々の、「心の風景もそうあってほしい」ことも指しているのでしょう。

 ヒロとマギー、二人の心の風景。

 そしてヴイナスに青春を共有したスーザン・ソマーズ嬢とウィル、そしてミランダと三人の男の子たち、それぞれの心の風景に「美しくあれ」と呼び掛けているかのように……。


 『ヴイナス戦記』の終幕に捧げられた、すばらしい言葉です。




     【終わり】




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『ヴイナス戦記』の謎を解く。 秋山完 @akiyamakan

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