16●追記2 …金星の『アメリカン・グラフィティ』

16●追記2 …金星の『アメリカン・グラフィティ』




 『ヴイナス戦記』の本質は、SFではなく、“青春グラフィティ”であると述べてきました。

 しかもタイトルで“戦記”を標榜しながら、この作品の主人公たちは戦争で活躍しようとはしません。


 ヤマトやガンダムでは、主人公は戦争に深く関与し、しのぎを削って敵に勝つことで味方の勝利に貢献します。好むと好まざるとに関わらず、“戦士”としての役割を果たし、物語も戦争の趨勢すうせいが決まることでフィナーレを迎えます。


 しかし『ヴイナス戦記』は、勝負バトルを中心としたそれらのアニメ作品とは明らかに異なり、主人公たち少年少女の“青春の煌きとその終わり”を描くことに軸足を置いているようです。


 ヤマトやガンダムの主人公は軍人として戦果を上げ、組織の中における存在感を示すのですが、『ヴイナス戦記』の人々はむしろ軍隊の束縛を拒否し、組織の外に自由な青春を求めます。


 実際、兵士として奮闘したのはウィル一人だけであり、ヒロは戦争に参加しつつも「ゲームライダーのヒロだ!」と、兵士のナンバーで呼ばれることを否定します。


 まるで、ヤマトやガンダムにアンチテーゼを突き付け、反戦を主張して青春を貫く若者の矜持を示すかのように。


 だから、『ヴイナス戦記』の真の姿は“青春グラフィティ”であると捉えてもよいでしょう。


       *


 ところで、映像作品における「グラフィティ」なる概念のルーツはどこにあるかというと……

 『アメリカン・グラフィティ』(1973 米)ですね。

 あのジョージ・ルーカス監督が自らの思い出に重ねて、1962年の夏、高校を卒業して大学や社会に旅立つ若者たちの一夜を描いた青春群像ストーリー。1977年公開の『スター・ウォーズ』で大ブレイクする前の、無名時代のハリソン・フォード氏が登場していることにも注目、テンガロンハットを被ってクルマをブッ飛ばしてブッ壊し、その脱線ぶりはまんまハン・ソロしてましたね。

 とはいえこの作品のヒットによって、「〇〇グラフィティ」という表現が70年代以降の日本に浸透したと考えて差し支えないでしょう。“幕末青春グラフィティ”とか。



 低予算ながら世界的にヒットしてルーカス監督の株を上げた『アメ・グラ』でしたが、作品の評価は分かれたそうです。なんといっても、これといったストーリーのない、“落書き集”グラフィティなのですから。青春真っただ中の若者たち数人が出会い、別れながら、ナンパしてバカやって事故って終わるだけの、たった一夜の出来事をダラダラとスケッチしたにすぎない……と言われればそれまででしょう。


 しかし不思議です。

 描かれている内容は、とりたてて重要なテーマやメッセージ性を感じない、どこにでもいそうな若者の、ごく普通の日常的な行動やささやかなハプニングの連続でしかないのに、いったん観始めると退屈することなく、最後まで見入ってしまうのです。

 これはやはり、傑作なのでしょう。ポンポさんみたいな映画好きなら絶対必見のマストタイトル。まるで魔法にかかったかのように作品の魅力に憑りつかれ、何か月か何年か、しばらく時間を置くと、ふともう一度観たくなる、そんな、クセになる一本なのです。

 その魅力の中心核は何だろう? と考えますに……


 “等身大の臨場感”というものではないか、と思います。


 映画を観るだけで、登場人物と同じ視点でその世界の中に立つことができ、そのたびに、まるで昔からの友達に再会するかのように、懐かしく、そして親しい気持ちになれる。

 そこにいるのは、極端な善人でも極端な悪人でもなく、正義でもなく悪でもない、青春の若者たちと、そしてもう一人の自分自身。


 そうですね、『ヴイナス戦記』のラストシーン、マンハッタンのインディペンデント社を歩み出るスゥ(スーザン・ソマーズ)が振り返って「友達がいるの」と告げる、あのヴイナスのように。

 懐かしい青春の友達に、もう一度出会える、銀幕の中のもうひとつの世界。


 『ヴイナス戦記』は、やはり、『アメリカン・グラフィティ』に似ています。

 “等身大の臨場感”が、そこにあるのです。

 何度観ても飽きることのない、不思議な魔法のような空気感が、『ヴイナス戦記』にも漂っている、そう思われませんか?


 その証拠に……

 『アメリカン・グラフィティ』の冒頭近くからラストまで、白い車体のサンダーバードに乗ってチラチラと意味ありげに登場し、リチャード・ドレイファス演じる主人公をすっかり恋の虜にしてしまう、ミステリアスな美女がおられましたね。

 エンドロールには「サンダーバードのブロンド女性」と表記され、固有の名前すら与えられていない彼女ですが、主人公の青春に甘酸っぱく切ない断章グラフィティを残してゆく、魅力的なキャラクターです。


 この女性を演じた俳優さんの名前が、エンドロールでは……


 Suzanne Somers

     :スザンヌ・ソマーズ、(スーザン・サマーズとも表記されるらしい)


 『ヴイナス戦記』の冒頭からラストまでを演じ切る女性記者スゥ……スーザン・ソマーズ嬢は、おそらく『アメリカン・グラフィティ』へのリスペクトを込めて作品中にそっと置かれた暗号ではないかと、そう思います。あるいは単なる偶然の一致かもしれませんが……



 つまり『ヴイナス戦記』は金星の『アメリカン・グラフィティ』でもあるのです。





    【次章へ続きます】


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る