悪趣味なゲーム1

 静かにクレープを食べていると睨まれるような鋭い殺気と同時にスマホが鳴る。電話でもない、メールでもない通知だ。



 コメント1件

 ナナシ@―――

『クレープ食べてるなんて可愛いね』



 名前を非公開にしているのか“名無し”と出るも違う気がする。初めはリブかと思った。


 ナナシ@―――

『返信しないの知ってる。だから、勝手に書き込ませてもらうよ』



 リブじゃない。彼なら書かず直接口答で言ってくる。食べるのを止め、周囲を軽く警戒。怪しげな人はいない。監視カメラも見つめるが左右に首を振っている。乗っ取られてはいない。また通知。



 ナナシ@―――

『初めまして……なんて嘘だけど。俺は君が殺したいほど大好きなんだ。だから、一つ提案があるんだよ。アプリで新システムが追加されてね。個人で投稿していたけど募集かけたり、票を入れて競ったり出来るようになったんだ。だから、そのシステムを使ってゲームをしよう。ね、やろう!!』



 嫌気がさしコメントを無断で削除。ついでにブロック。だが、通知が止まない。しかも、わざとしつこく区切って送り付けてくる。



 ナナシ@―――

『酷いな』



 ナナシ@―――

『俺のこと嫌い?』



 ナナシ@―――

『俺は大好き』 



 ナナシ@―――

『隙があったら殺して飾りたいもん』



 ナナシ@―――

『じゃあ、この写真あげる』



 ナナシ@―――

『きっと、ヤらずにはいられなくなるよ』



 届いたのは見知らぬ空メール。アドレスも暗号のように複雑で読めたものじゃない。文はないが添付されたファイルが一件。軽くタップすると、傷だらけのリブの姿。コメントの主に暴行されたのか唇が切れ血を流した状態で倒れていた。



 ナナシ@―――

『どう、やる? やるっていってよ』



 ナナシ@―――

『ネェネェネェネェ』



 呪文のように同じ言葉を送ってくる。煽るような強制的なメッセージ。何処の誰かさんとやり方が似ているが自作自演だとは思えない。別と誰かが成り済ましているのか、彼のことが好きすぎて嫉妬して悪ふざけか。目や言葉、態度で人を見抜くイーブルにとってネットの会話が苦痛で仕方がなかった。返す言葉が恐ろしいほど見つからない。



 ナナシ@―――

『 evilってば!!』



 ナナシ@―――

『liveと仲良いんでしょ。お願いだからヤってよ』



 ナナシ@―――

『ヤらないと殺しちゃうよ。イイノ? イイノ? 大切なんじゃないの? ずっと一緒にいるじゃん、楽しそうにしてんじゃん』



 プライベートの侵害だ、と言ってやりたいが挑発に乗りそうで聞けない。



 ナナシ@―――

『じゃあ、大体の内容教えるから考えておいて。まぁ、拒否権ないんだけど。

 まず、対象はアプリ登録者全員。写真投稿はそれなりに人気の奴等……って言ったらつまんないからさ。投稿か評価。好きな方を選ぶ。闇アプリだから遊びだと思って気軽にやる人多そうじゃん。だから、その思考を使うんだよ。俺は傍観者だから指示するだけ、後は参加者次第。

 不定期でお題を出すからそれに合わせて写真を撮る。投稿した人のいいね! が少ない人が次の殺される対象者。別にソイツじゃなくてもいいんだよ。好きなときに殺して期間内に撮ってくれればいいから。でも、気に入らないモノがあると優先的に殺してもらうかもね』



 長すぎる文に頭を抱える。クレープも不味くなり、フルーツとクリームで可愛らしいものが皮膚と臓器、血で成り立ったおぞましいものに見える。思考が殺害の方に切り替わり、吐き気に襲われ見るもの全てが気持ち悪い。



 ナナシ@―――

『あれれ、もしかしてスイッチ入った? ごめんね、クレープ食べてるのに? 何、思い付いたの? 今度投稿してよ!! 待ってるからさ』



 我慢の限界になりコメント送ってやろうとメールを送信するがエラーの文字。今度はアプリで送ってみるもブロック、または削除されているのか送れない。



 ナナシ@―――

『残念。時間切れ、またね!』



 それを最後にコメントが一切来なくなった。

 食べかけのクレープをじっと眺め、先程の胸くそ悪い会話を消そうとスマホを開くと相手に先読みされたのかすべて削除。

 嫌々ながら少しずつクレープを口にするとドンッと肩を叩かれ、ペチャッと鼻と口にクリームが……。


「ったく、探したんだぞ。何処行ってた?」


 聞き覚えのある声に目を向けると「えっ」と大きく目を見開く。そこには傷一つないリブの姿。


「なんだよ、驚いた顔して。てか、お前がクレープって。しかも、クリームついてる!!」


 腹を押さえバカ笑いするリブの腹を力一杯殴る。しかし、簡単に軽々受け止められ、気が済まなかったイーブルは足を踏みつけた。


「イテッお前なぁ!!」


 軽く頭を叩かれながらイーブルは舌を器用に使い唇のクリームは取れたが、流石に鼻は届かず。代わりにペロッとリブが舐め取る。


「どーよ」


「気持ち悪い」


「はぁ!? 食えないから食おうか?」


 ボーッとしているイーブルのクレープを奪い、うんともすんとも言わず完食。楽しみが奪われたような気がして少し悔しかった。



         *



 イーブルはリブに妙なコメントについて聞こうとしたが、普段の監視と盗聴のことを考え言えず。何もなかった様にいつもと変わらないよう振る舞う。



『イーブルさん、瞬間ランキング1位おめでとうございます!!』



 男か女かも分からないコメント。投稿してから鳴り止まない通知。頭が狂いそうなほど鬱陶しい。仕方なく収まるまで通知をオフ。大体の二週間ほどだろうか。それぐらい経てば静かになるだろう。だが「通知消すなよ」とリブに覗かれ叱られ、仕方なく通知をオンに。

 人の少ない先頭車両の電車。満員ではないのに壁に凭れているとリブが手を置いた。前から思っていたが、リブの顔が光が掛かったように上手く見えない時がある。他の人も同じ。他人に興味がないからか、それとも過去の出来事のトラウマか。


「イーブル。いや、片山」


 優しく声をかけられ顔を上げると「俺はお前を殺したいほど好きだよ」と聞き覚えのある言葉にハッと目を丸くすると、殺気に満ちたリブの目付きに「ん、あ、なんか言ったか? 悪いな……疲れてるらしい」と誤魔化しているのか手を退ける。隣に凭れ「アプリ新機能追加されたんだってな。交流専門の俺にしたら嬉しいが、お前には嫌なものか」と早速コミュニティでトピックを立てたのか、チラチラッとスマホを見せてはリンクつきコメントが届く。



 live

『キラー交流会。皆で話そうぜ!!』



 それは、情報を得るためのトピック。あの妙なゲームではなかった。


「たまには他の奴と話してみろ。刺激受けるかもよ」


「……別にいい」


「あっそう、んじゃ別の奴と組もうかな」


「……好きにすれば」


 冷たい言葉に白ける空間。ガタンガタンと走行音がいつもより大きく感じる。ムスッと不機嫌そうなリブの顔に「ごめん……なさい」もボソボソと謝ると「なんてな、ジョーダンだよ」と髪の毛をグシャグシャにされた。

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