ギャップ2

 翌日。

 大学に行く支度をしながら無意識にテレビを点ける。すると『悪乗りで事故か』と大きな見出しとモザイクのかかった映像。それは、昨日二人が殺ったあの現場だった。


『いやー困りましたね。だから若い人は――』


 コメンテーターが呆れ顔で『罰が当たったんですよ』とコメント。司会者も『皆様、工事現場は――』と注意喚起。警察は事故と見なし『現場のコードが不運にも当たり、切断で即死』という決断。

 イーブルは仕事部屋に籠りSDカードに保存していた写真をスマホへ。クラシックカメラはネガフィルムを取り出し、真っ暗な部屋で特殊な薬品を使って自らの現像。名が広まる前は知り合いに頼んでいたがバレたくないため独学で現像を学び、今では頼まなくても出来るまでに上達。

 部屋に吊るされた紐。洗濯ばさみで写真を干すとイーブルはリビングで蟹股開いているリブを起こす。無表情で手加減しの脇腹に向けて足蹴り一発。ゴッと鈍い音が鳴り、ごもった声を微かに出すと機嫌悪そうに起床。


「おはようございます」


「何が『おはようございます』だ。普通に起こせ。

ふ・つ・うに!!」


 服を脱ぎ捨て自室から服を引っ張り出しては下着のまま部屋を歩き回る。そんなリブをイーブル目で追い掛け、引き戸に凭れるじっと天井を見つめた。目を閉じると、昨日の出来事がフラッシュバックのように甦り脳裏に焼き付く。嫌でもなく、むしろ――綺麗だな――と後悔も罪悪感もない。コンクリートに染みた血痕、ドス黒い色ながらも光りに照らされ、宝石のように輝くあの色は『新鮮』だからこそ出せる。


「フフッ」


 思い出し嗤い。肩を震わせクスクスと俯きながら手で顔を覆う。日常はつまらなくてスリルがない。でも、殺しなら罪だとしても快楽を得る方が強い。それに『アレ』がなかったら、こんな自分はいないだろう。楽しみもない、居場所もない……狭くて苦しいこの場所に。


「おい」


 嗤っていたのがバレたのか、食パンを口にくわえリブが顔を覗き込む。


「朝から興奮してんのか? 気持ち悪いな、って俺もだけどさ」


 パンを食べながら向かい合い、昨日のことを語り始める。実はあの後、イーブルは何をしたのか記憶にない。頭を使いすぎたのか寝てしまったらしく、目を覚ましたら朝。だが、リブがリビングで転がっていることを考えると、何処かに連れ回された可能性もある。

 例えばダーツやバーに行き、知り合いの仲間に報告。どちらにせよ、リブ以外に現実で会ったことはない。



         *



 大学に向かう途中。

 昨日の写真を少し加工し、厳選の結果一眼レフの写真を投稿することになった。イーブル自身はシックな印象のネガフィルムがお気に入りだが現像に時間が掛かるためスマホが壊れたときに備えて保存することに。



【タイトル 噴水】

『ピアノ線で切断したら綺麗なの撮れた。照らされた血って宝石みたいで綺麗。あと、透けてるの好き。皆の噴水は綺麗かな?』



 ――と思ったことを軽く書き投稿ボタンを押す。すると、一秒で観覧数が増え、いいね! が一気に跳ね上がる。通勤・出勤と忙しいはずなのに流れ込むコメント。中には『保存しましたーw』と保存する者まで。



 名無し@ナシナシ

『やばっグロくね?』



 名無し@5824

『かっこいい!! これ、テレビでやってる奴ですよね!! 殺しを事故に見立てるなんて流石です!!』



 な無し@8639

『血って綺麗なんだな……ってイーブルさん悪www』



 live

『イーブルお疲れ。立場からして何人かと手を組むがやっぱりお前が好き。なんか褒美あげないとな。俺も投稿したから見てくれ』



 知らぬうちにリブからコメントが届き、プロフィールに飛んで見ると――いつの間に撮ったのだろう。ピアノ線を避けようとバイクを倒し、スライドしているリブの姿と切断したとき、カメラのシャッターを切りながら嗤っている自分の姿。無意識に指が唇に触れる。滅多にない自分の写真。こう見えてるんだ――と逆に勉強になる。

 リブは主に手を組んだキルグラマーとの写真を投稿するためグロいモノは少ない。だが、ストレス爆発させたような過激な写真が稀にある。

 例えば息をしている人にチェーンソーを刺し、切断。それはイーブル以上に残酷。または、人脈が広いせいかダックを組むことも多く、リブが誰をどう思っているかは――リアルで同居してても分からない。リブの心と感情、表情はこちらにバレよう隠すのが誰よりも上手いのだ。



          *



 隣からリブが突然姿を消し、仕方なく一人で講義を終える。廊下でリアルの友達か。楽しそうに話しているリブの姿がそこにあった。キラーモードはOFFですか、と軽く見つめながら横を通ると「アイツ陰キャラだよな」と陰口が聞こえ振り返る。

 すると、大人数で廊下を塞ぐように歩く団体。中学から一緒で名前も知らぬクラスメイト。


「よう、陰キャラ!! お前の『映えスタ』酷評じゃん」


 この言葉を聞く限り『ただのクラスメイト』ではない。イーブルはずっと彼らにイジメられている。


「だから、なに」


 からかわれても動じない。部屋の隅で本と見つめ合い、スマホばかりしている静かなイーブルが気に入らないらしい。何も手も出していないはずなのに『人間とは面白い』と時々イーブルは思う。勝手な思い込みと勝手な嫉妬。追加で気に入らないからと自分勝手な生き物だ。


「な、立場分かってんのか!!」


 男の言葉に何故かチラッと視線をリブに向ける。何故だろう、『立場』と聞いたらリブが頭から離れない。返すのが面倒になり、言葉が思い付かぬまま「……なにそれ、美味しいの?」と背を向け歩き出すお「なぁ、コイツ頭ヤバイ?」とバカ笑いする声。胸くそ悪いその声を掻き消そうと、ヘッドフォンを耳当て曲を流す。


 日常は嫌いだ。非日常がいい。


 足早に大学を出て、電車に乗る前に駅近くのクレープ屋さんに立ち寄る。ほんのり漂う甘い香り、生地の焼ける焦げた匂い。あまり甘いのは好きではないが、通る度気になっていた。

 クレープなんて女性や子供だ食べるもの。そう勝手に思い込んでいたが、楽しそうに受け取り口で話し込んでいるカップルが目に入り、男でも食べるんだな、と興味を持つ。メニュー表の前で立ち止まり、目に止まったバナナチョコクレープを頼んでみることに。


「いっらっしゃいませ」


 若い女性が満面の笑みで話しかけてくる。人見知りの彼は視線を逸らし、トントンッとメニューを指差した。


「あ、バナナチョコクレープですね。四百円になります」


 無言でスマホを見せ、ピピッと電子マネーでお買い上げ。買い物するといつもこんな感じ。話したくない。優しすぎたり、正義感の強い人と。


 受け取り口でじーっと生地を焼き上げる所から盛り付けまで食い入る様に見つめる。そんな彼にクスッ笑う店員。恥ずかしくなり髪の毛を弄り、パーカーのポケットに手を突っ込む。落ち着かないのかボリュームを上げると「はい」と出来立てホヤホヤのクレープが出て来る。音楽のせいで声は聞こえないが、読唇術で言葉を読み取り「お待たせしました。また来てね!」と可愛らしい笑顔に照れながら、「……え、あぁ。どうも」とぎこちなく礼を口にした。

 駅内の店の死角に身を潜め、壁に凭れながらモグモグとクレープを頬張る。少し甘ったるいが嫌ではない。むしろ、こんな無言過ぎる自分に優しく接してくれたことが少し嬉しく感じた。曖昧だか事件で両親を失い、祖父祖母と疎遠のため孤児院暮らしだったイーブルにとって出来上がったものを食べるとは特別だった。バナナの甘さとクリームとチョコの甘さ。喧嘩せず一つ一つ伝わる味は、昨日のご褒美だと言える。

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