ギャップ1

 深夜回る頃。

 イーブルは深くフードを被り、黒いマスクで口元を隠してはリブと共にマンションを出る。もちろん、監視カメラの死角を歩き映らないよう、そっと。イーブルは先に建設途中の街外れにある静寂に包まれた建物へ。マンションかと思ったが立体駐車場。走り屋には持って来いの場所。

 時々、使えるんじゃないかと日中足を運んでは、警備員に話を聞いて構造や建物を地道に把握しており、まさかこれで使うはめになるとは、とイーブルも思ってなかった。


 人が立ち入らぬよう張られたバリケード。固くチェーンと南京錠で閉められていたが、そんなの朝飯前。簡単にカチャカチャとピッキングで解除。ガラガラと音を殺しながら入っては、真っ暗の中に微かに聴こえる監視カメラの機械音を耳で辿る。

 スマホで照らしながら中に入ると完成間近。多少コードや配線、設置してない照明と細かい過程に入っているらしく、片付けるのが面倒なのか道具や機材が転がっていた。

 やや埃臭く、コンクリートの妙な臭い。新品の臭いだろうが、体に合わないのか噎せそうになる。


『おい、イーブル。定位置についたらさっさと準備しろ』


 耳に付けていた骨伝導イヤフォンからリブの急かす声。静かに「分かった」と返すと散らかっている三階の駐車エリアに狙いを定め、ピアノ線と電気の配線、三脚、カメラと頭に浮かんだ構成で頼りに設置。カーブしてすぐ直線の道。光もそんなになく薄暗いか、監視カメラの死角にはなっている。だが、念のことを入れ管理室に忍び込む。持っていたノートパソコンでウイルスと共に侵入しては監視カメラを含むを全てをシャットダウン。いや、一時的に無力化したが正解か。


「五分以内に誘導して、さもなくばアウト」


 そうリブに無線で報告するとバイクに乗っているのだろう。ノイズとエンジン音が糞が付くほど煩い。


『了解。っかもう行ってる』


 骨伝導イヤフォンで音を聴き分け、右で外から聴こえる音に集中。風を切るような乱れることからしてよっぽど飛ばしているのだろう。背後から聴こえるエンジン音は挑発して誘った――と考えるべきか。音はそれほど遠くない


『着くぞ』


 この言葉を合図に、駐車内に響く音に耳を凝らす。勝手に頭の中で計算式を書いてはスマホとレフをタイマー設定。クラシックカメラを首に下げる。


 近づき、唸るバイクのエンジン音。


 想像していた速度より速い。速度違反並みの数値をだいぶ越えているだろう。真っ暗な駐車場に点るバイクのライト。音と共に近くなり、急カーブからの直進。リブの姿を目にしたとき、不思議とそれがスローモーションに見えた。

 乱した服と髪。ニカッと不適に笑うリブ。その表情は恐ろしく楽しそうに感じ目があった瞬間ウィンクされ――ブォンッ!! と爆音を発て目の前を通過。

 イーブルが被っているフードが飛ばされ、前髪が乱れる。ライブが調子に乗り、イーブルが仕掛人た罠に掛かりそうになるとピアノ線とコードが絡み合った線が微かにライトに照らされ、咄嗟に気付き「うぉ!?」と声をあげながらバイクを水平に倒す。ガリガリとボディーを削り、火花を散らしながら線をギリギリ潜り、ブレーキをかけ体勢を立て直す。「スゲーだろ」と自慢か。自分で拍手し全く反省の色なし。


「罠に掛かりそうになったくせに。偉そうに」


 先程の速度を基準に数式でシャッタータイムを計算。話しながらの頭の中で計算は、図形を展開しているようで好きじゃない。


「なんだよ。ちゃんと避けたぜ?」


 バイクを停め、イーブルに近付こうと一瞬動くが、誘った獲物の音がし凭れる。


「死ねばよかったのに」


「え、なんだって?」


 騒ぎを起こすな――と言いたげなイーブル。本来なら痕跡を一切残したくないかった。それを知ってか知らずか、リブはいつも行き過ぎたことをする。そして、計画が狂うのも当たり前。

 リブを追ってきたバイクの音に耳を傾け、イーブルはタイマーを再セットすると「そこから離れたほうがいいんじゃない」と嫌々な声。


「ん、俺が滑ったのを計算して“奴等も滑る”。バイクと死体飛んで来るから離れろと。それは怖いなぁ。でも、俺は好きだよ。もっと派手に行こうか」


 リブは嗤いながらバイクに股がり、グリップを握りわざとふかす。誘った獲物の姿が見えると「おいおい、おせーよ」と挑発。注目を自分に向け、チラッとイーブルを見てはニヤッ――。それを合図にリブは改め走り出し、同時にイーブルがシャッターを押した。

 横一列に並んだ三台のバイク。人により前屈みの度が違うこともあり、ピアノ線が首や口にと別々の部位に当たる。ピンッと張った糸に食い込み、素早く一点に力が集中。シュッと風を切る音が聞こえ――薄暗い空間が鉄臭くなる。バイクが横転し、火花を散らしながらガンッと激しくコンクリートの壁に当たって停止。ゴロッと力なく倒れる死体からドクドクと血が流れる。


「殺ったな」


 バイクでゆっくり一周し、リブさイーブルの背後に停め背中から手を回す。抱き付くように身を寄せ「映えた?」と断りもなく三脚に取り付けたスマホと一眼レフを手に取り確認。

 フラッシュで血が光り、首や頭部から噴水のように噴き出す真っ赤な美しい血。肉片や骨の破片と細かいモノまでハッキリと見え、線で跳ねた首が此方を向き、痛みなのか驚きなのかおぞましい表情。または、笑っている表情のまま――。


「いいじゃん、これ見ろよ」


 クラシックカメラを見つめているイーブルの顔をリブは覗くと良いモノが撮れたのかイーブルが嗤う。


「良さげ?」


 顔を見られたのが嫌で背けカメラを鞄にしまう。三脚もスマホも――もちろん柱に巻き付けていたピアノ線も。殺人ではなく事故に見せられるようにモノを散らかし、自らの痕跡を全て消す。しかし、ふかした時に出来たタイヤ痕がイーブルは気になり、体を向けるが「行くぞ」と掴まれ、リブのバイクの後ろに乗る。


「待って。タイヤ痕――」


 確認したさに体を乗り出すが「は? そんなに気にしなくて良いだろ。だって、同じメーカーのバイクだし」と意外な言葉。


「え?」


「ん?」


 顔を合わせる二人。数秒静寂に包まれ、ポタッポタッと壁や天井についた血の滴る音が耳に入る。『考えなしの脳筋』と心の奥では思っていたが、計画性があるのか真面目めな発言に返す言葉が見つからず。迷ったあげく「いや……」とイーブルが折れると「所詮は道具。使ったら捨てる。それが俺のやり方。どうせ、見つかりはしないさ」と、リブはグリップを握る。前輪を上げると凄まじい速さで爆走。吹き飛ばされそうになりイーブルは思わずリブの腰にしがみつく。


「お前も俺も……ほら、帰るぞ」


 近所迷惑になりそうなエンジン音を唸らせ、二人は駐車場から姿を消した。

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